路地裏を吹き抜ける夜風の音だけが耳に残る。
ステラは抵抗をやめたまま動かなかった。
背後の男も何も言わない。
嫌な沈黙が落ちる。
(まだ。大丈夫。ここで大人しく従わなくていい。――まだだ。私はまだ一度もステラだと認めていない)
まずは『シェリー』の仮面をつける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!さっきから何の話をしてるんですか!?」
怯えた一般人のフリでわざと声を張り上げ、大げさに身体を震わせてみる。
「ステラって誰なんですか!? わたしはシェリーですよぅ!人違いですぅ!」
「そうかもしれないね」
(―――いやに冷静な反応)
「ステラちゃん…?ってゆう子を探してるなら、協力しますからぁ!」
「わたしじゃありませんよぅ!」
「わたしには、シャロン・スコットってゆう戸籍がありますし!」
「仕事だってちゃんとしてます!」
「税金だって払ってるんですよ?」
ちゃんと偽装した戸籍があるし、税金だって払っているのは本当だ。でも――
「そうだね。もちろん君の戸籍は完璧だったよ」
「だが、君がステラである事は確信しているんだ」
「随分と丁寧に、偽装してあったけどね」
(……何を掴んだ?)
(何故そこまで言い切れる?)
(背後の人物も無反応。微塵もぶれない)
「…っだから!違うって言ってるじゃないですか!」
「証拠でもあるんですか!?」
(焦るな、冷静になれ。思考を―――)
「証拠?」
「必要あるのかい?」
(……最悪)
内心舌打ちしたくなる。
最初から議論をする気なんて無かったのか。
変わらぬ平坦な声を前に、次の言葉が出てこない。
「……続けてくれて構わないんだよ?」
男は淡々と続けた。
「観察対象がどのような防衛行動を取るのかは興味深い」
それだけだった。
怒りもしない。
言い返しもしない。
信じもしない。
ただ、私の行動を観察している。
『シェリー』の仮面は―――無意味だ。
深く息を吐く。
「……随分と…調べたんだな」
シェリーの柔らかな声音は―――もう残っていなかった。
一度だけふんっと鼻を鳴らす。
「……いい気にならないことだな。」
「―――ほう?」
初めて男の反応がわずかに変わった。
動揺じゃない。
むしろ――
(……楽しんでる?)
何を言っても余裕そうな男たちの態度が癪に障る。
能力対策をするくらいだ――私の事はある程度バレていると仮定しよう。
「私を捕えてタダで済むと思ってるなら、甘い考えだと言わざるを得ないね」
「私がいなくなれば"同胞たち"が黙ってない。」
「夜明けまでに私が戻らなければ―――」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「―――お前たちの大切な人間も、お前たち自身も、いつまでも同じ日常を過ごせると思うなよ」
「後悔することになるぞ」
一瞬の沈黙。
「……なるほど」
「それは実に―――」
(明らかに反応が変わった。でも――)
「実に理にかなった、エレガントな脅迫だ。」
(もっと愉しんでいる…?)
思っていた反応と違った。
楽しませようと思ったわけじゃない……!
「だが、ステラ。」
「誰も助けには来ない―――そうだろう?」
時が止まった気がした。
本当にこの男は何を…?
どこまで…?
「心配はいらないさ」
「少し調べさせてもらっただけだよ」
目の前の男は続ける。
「君たちのような存在には、共通していることがあるね」
「人間に見つからないこと」
淡々と。
事実を積み上げるように。
「擬態し、溶け込み、決して痕跡は残さない」
嫌な予感がした。
「生き残るためには目立たない方が合理的だ」
(そんな…ことまで……っ?!)
「君一人のために?」
「軍や警察を敵に回して?」
「コミュニティを危険に晒してまで?」
随分と愉しそうに、男が喉の奥を鳴らして笑う。
「そんな彼らが」
「ただ一人、君のために?」
その、一言、一言が。
私に刺さった。
助けが来ないことくらい、分かっていたさ。
私が脅したはずだった。
なのに、いつの間にか追い詰められていたのは――私。
脅しが成立しないことなんて。
(最初から…知られていたんだ…)
正直、
図星だった。
同胞たちは助けに来ない。
来られない。
私が仲間内でどんな地位にいたとしても。
どんなに可愛がられていても。
どんなに親しくとも。
"人間を刺激せず、見つからず、生きる事"
絶対に覆せない我らの掟。
脅しをかけたつもりが、逆に彼の情報収集力を思い知らされる結果になるとは。
無意識に奥歯が軋む。
「そうだろう?―――ステラ。」
「……」
「――チッ」
今度こそ舌打ちがもれる。
(詰みか…)
私が何を言っても。
目の前の男はこちらを愉しそうに観察してくる。
後ろの男は未だ、反応すらしない。
背筋を冷たいものが這い上がる。
(面倒な奴ら…)
同時に、思考はさらに冷えていった。
感情的になるな。
挑発に乗るな。
一言で情報を抜かれる。
この男との会話は、すべて尋問だ。
一手間違えれば、こちらの情報だけが奪われると思え。
方法を変えよう。捕まった事実は変えられない。でも生きてる。まだ終わってない。
なら―――逃げる機会はいくらでも作れる。
数日前に戻った!!!
ゼノが!!!!
見てる!!!!
だけ!!!!
の、はずだった。
予約投稿ミスってました。
20日に一瞬投稿したものの上げなおしです。