BARを後にし、ゼノは人通りの絶えた大通りを歩いていた。
通話の向こうから返ってきた幼馴染の声は、いささか不機嫌そうだった。
『……どうだったよ』
「少し面白いことが分かってね」
「彼女の演奏前後で、本人と客の双方に一定の変化が出ている」
『変化?』
「客は落ち着く。彼女は逆に活動性が上がるんだ」
「それが何度も繰り返されている」
『……ヘェ』
「それと、通常の食事をしているところを、僕はまだ見ていない」
「仮説だが――彼女は恐らく、何らかのエネルギーを客たちから得ている」
『…つまり?』
「まず僕が考えたのはエナジー・パラサイティズム。わかりやすく言うならエネルギー寄生だ。しかし彼女は接触していない。既存の生物学ではまだ説明できない部分がある。次に考えたのは伝承上の存在だ。もちろん伝承をそのまま事実として扱うつもりはないが、同様の現象を目撃した人間が過去に居て、そうした伝承が残った可能性も――」
『オーケーわかった 結論は?』
「…まだわからない事も多いが、ヴァンパイア…いや」
「現象としては、サキュバスに近いと思ったよ」
『ヴァンパイアならわかっけど…サキュバス?』
「サキュバスとはヨーロッパ系の伝承、悪魔学で――」
『簡潔に』
「…男を誘惑し、性的な接触などを通して活力や生命力を奪うとされる女悪魔だよ」
『ヘェ…誘惑、ね』
わずかな間が落ちた。
「今回の現象では接触すら必要としていないようだけれどね」
その後も話は続いた。
ゼノは今夜の観測結果と照らし合わせるように、一年前の出来事をいくつか確認していく。
それは、これまでにも何度となく二人の間で交わされた話だった。
情報の擦り合わせがひと通り終わったところで、スタンがふいに切り出した。
『んで…ゼノ』
「どうしたんだい?」
(まだ何か、共有していない情報でもあったか?)
『――今日 アイツ誰と話してたよ』
「今日?」
『店にいたヤツ。どんなヤツと、どんくらい話してたん』
「……ふむ?」
(特に必要な情報だとは…あぁ、)
「――スタン、先ほど挙げた誘惑に関して言っているのか?」
「伝承上の重要な特徴の一つとして挙げただけだよ。彼女については確認できていない」
『念のためな。邪魔入る可能性あっかんね』
「そうだな…大丈夫だとは思うが…」
「確保の時は慎重に動くことにしようか」
採血。
隔離観察。
長期測定。
BARでは確かめられないことが、いくつもある。
必要な環境についてもスタンと確認し、通話を終えた。
(さて…何がわかるかな)
そう考えながら、ゼノは夜の大通りを歩き続けた。
街の騒音など一切届かず、周囲は静寂に包まれている。
ここは郊外に位置する、かつて閉鎖された民間研究施設だ。
スタンリーは灰皿に煙草を押し付け、ゆっくりと顔を上げた。
ここ数日、この施設には必要な設備を追加で運び入れていた。
元々の防音性は十分だった。
その点に改めて手を入れる必要はない。
研究施設のとある一室。
天井の隅には半球状のカメラが二つ。扉の上にも一つ。
電子錠と開閉センサーも新たに導入した。
廊下にも監視カメラを追加している。
室内音声を記録するためのマイクも取り付け、すべての記録を端末へ残せるようにしてある。
別の一室には、用途の異なる複数の拘束具も運び込まれていた。
スタンリーは電子ロックの作動状況と監視システムの表示を一つずつ確認していく。
すべての施錠は完了し、システムは正常。
何一つ不備はなかった。
ふと部屋の中央へ視線を戻す。
当然、そこにはまだ誰もいない。
ただ空気が停滞しているだけの、空白の空間。
それでも。
追加された設備によって、その部屋はもう、そこに『誰か』を置くための場所へと変わっていた。
スタンリーは、部屋の中央に鎮座する空の拘束椅子を見つめ、ゆっくりとその両目を細めた。
この数日間、あいつは毎晩、あの店で笑っていた。
何も知らずに。
スタンリーは視線を伏せる。
危険対象の確保。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう整理しても、最後に残るのはいつも同じだった。
あの夜―――
自分を見下ろしていた瞳。
全身の自由を奪われた感覚。
理解不能な力。
何が起きたのか分からないまま終わった、わずかな時間。
耳に残った一言。
『……最悪』
そして――
ドロリと熟れたプラム色の―――
端末が短く震えた。
《観察環境の準備は?》
スタンリーは端末を一瞥する。
《完了》
数秒後。
《Elegant》
静まり返った部屋を見渡す。
電子ロックは正常。
監視システムも正常。
想定した逃走経路は、すべて潰してある。
逃がさないための準備は、すでに整っていた。
残る工程は、ただ一つ。
そして静かに部屋の照明を落とす。
まるで、誰かの到着を待つように。
……なんか様子おかしくない?
どおしてこうなった?
この話でpixiv版の構成変更は終わりです。
ここから先の話は現在の徒弟では構成を変えるつもりはありません。
pixivもハーメルンも、最終的に読者様が知ることになる情報量が一緒なのに、
読む順番が少し違うだけで認識に差が生まれてそうだということが分かりました。
どうしてわかったのか?
ちゃっぴー君に…その…初見読者反応もらいました…
違うんです、反応が欲しくてちゃっぴー君に相談した寂しい奴では決して…!
両者の違いを比較してごにょごにょ