「えぇー! なんでヴェラ来ないのー!」
ヨークシンのホテルの1室。ノストラードファミリーの一人娘、ネオンの声が響く。
「9/1〜3はお休みって言ったじゃん。文句ならお父さんに言って」
「だってオークションだよ、オークション! わたしが楽しみにしてたの、知ってるでしょ!?」
「うん。でも契約外」
ごめんね、と軽く謝罪するがネオンは納得しない。
「私じゃなくてもいいでしょ?」
「ヴェラと一緒がいいの!」
キングサイズのベッドの上で暴れるネオン。それを固唾を飲みながら見守るダルツォルネたち。そして表情筋が死んでいる女がいた。
「ダメなものはダメ。私だって人間だよ。休みくらい必要」
ネオンの背中をさすりながら慰めるも、
「嫌だ、ヴェラがいい!」
本格的に暴れ始めたネオン。
「……」
女は諦めてネオンを無視して部屋から出る。
「付きっきりの子守はキツいな」
ネオンが嫌いなわけではない。嫌いではないが、休日を潰してまで付き合うほど好きでもない。
■
朝になる。護衛用に用意された部屋で目を覚ましていつものスーツを着こなす。今日のネクタイはワインレッド。理由はなく、目についたから。
エレベーターに乗り、1階についたところでポケットの中でバイブレーション。ネオンの父親だった。
「もしもし」
『ヴェラ、頼むからネオンの側にいてやってくれ!』
耳からケータイを離す。
「今日はオフって契約ですよね」
『わかっている! わかってはいるが……』
どうせネオンの機嫌が悪いんだろう、と思う。
「今から映画見るので切りますね。明日の仕事は留守番に入れて下さい。じゃ」
ツーツー──通話が一方的に切られた。
「お、おい! ヴェラ!」
その一部始終を、クラピカは傍から見ていた。
ヴェラ=グレイ。ノストラードファミリーに雇われている女だ。黒いスーツと白いシャツはいつも同じ。違うのはネクタイだけだった。
ダルツォルネから聞いた情報では、かなり頭がキレる人物でありながら戦闘能力もかなり高いとのこと。そして、ノストラードファミリーの護衛陣で唯一ネオンを呼び捨てできてタメ口で話す女だ。
戦闘力の高さそのものは初めて顔を見た瞬間に感じ取れた。歴戦の猛者、その一言が似合っていた。
『ダル、そいつらが新参者?』
『あぁ。オークションが終わるまでボスの護衛を担当する』
『ふーん。どうでもいいや……そういえば。ネオンをホテルに連れていった後、3日間は仕事オフだから』
『はぁ!? おまえ、ボスはそれ知って──』
『知ってるよ。納得してないけど』
左手の親指でコインを弾き続けていたが、そう言い終わると部屋から去っていった。
■
ヴェラは飲み物だけ買って映画を見ていた。興味のない映画ではあったが、時間を潰すにはちょうど良かった。
──恋、ね……。
恋愛映画だった。シアターには抱き合っている男女の姿。前の座席の女が横の男の手を握ったのが見えた。横の男が握り返した。それを見てヴェラは思った。
──映画館じゃなくてもいいだろ。
再び画面を見ると、今度は唇を合わせていた。キスだった。完全に興味を失ったヴェラは離席して劇場から立ち去る。
一応、午後の上映スケジュールを確認する。しかしながら先程の恋愛映画と巷で話題のアクション映画ぐらいしかなかった。アクション映画は初日に鑑賞済みでヴェラの評価はそこそこだった。
どうしようかな、そう考えながら目に入った喫茶店に入る。
「えと、ホットコーヒーのブラックと……この特製サンドイッチ下さい」
注文して地図を開くが、
「少しいいか?」
声をかけられ顔を上げると、右手に鎖を装備した男──クラピカがいた。
「どうしてここが?」
「リーダーに言われた。喫茶店か映画館、どちらかにいる可能性が高いと」
おおかた、いつまで経っても連絡が取れないヴェラに痺れを切らしたノストラードが命令したのだろう。
「ダルは?」
「リーダーはボスの相手をしている」
おお、ダルツォルネよ。君の犠牲は忘れない、心の中でヴェラは呟いた。
「私は今日からオフなんだよ」
「知っている。だがボスがどうしても、と」
ネオンはいつまでグズっているのだ──内心憤る。
おまたせしました、店員がコーヒーとサンドイッチを運んできた。
「この子にアイスティーを一つ、追加注文でお願いします」
クラピカを席に座らせる。
「はぁ……えと、クラピカ君だよね」
「そうだ」
「聞いてるかもしれないけど、私はまず契約を決める。その分の仕事はキチンとこなす。そしてたまの休息日に羽を休めるんだ。ここまではオーケー?」
コーヒーを飲みながらクラピカに質問する。
「ああ、ボスからも聞いている」
「そう。ならやっぱ今日は無理だ。サンドイッチ、ちょっと食べる?」
「不要だ。先程朝食を取ったばかりだ」
そりゃざんねん、そう言いながらサンドイッチを口に押し込む。野菜の新鮮な甘味が口に広がる。しかし彼女に舌づつみを打つ習慣はなかった。
「しかし、雇い主を守ることはボディーガードの最優先事項ではないのか?」
クラピカは運ばれてきたアイスティーを口に含む。
ごもっともな指摘に面食らうヴェラ。
「……はぁ。まあ、追加料金要求すればいっか」
ため息をつきながらケータイを操作して耳に当てる。
「もしもし。ネオン?」
『ヴェラ! そうよ、わたし!』
「夜までなら買い物に付き合ってもいいよ」
『ホントに!? やったー!!』
ベッドの軋む音が聞こえた。ベッドの上で飛び跳ねるなよ──内心呟く。
「お父さんと話ししたいから、変わってもらえる?」
元気よく返事をもらったあと、ノストラード本人が電話に出た。
『ヴェラ、恩に着るよ。本当に助かる』
「御託はいい。追加料金だよ」
『あぁ、わかっているとも! だから早くネオンの側に来てあげてくれ』
金額指定するから、と言い残し電話を切る。
「……コーヒー、飲み終わってから帰るよ」
「構わない。こちらもアイスティーが残っている」
■
「ヴェラ! 待ってた!」
ホテルに入るなり身体にまとわりつかれる。
「暑い」
ヴェラはネオンの額を手のひらで押さえ、そのまま引き剥がした。
「この金額、いつもの口座にお願い」
ノストラードに紙切れを渡し、それを見たノストラードが苦い顔をする。
「……わかった。約束は守る」
「じゃあネオン、行こうか」
そう言ってネオンとヴェラは部屋から出ていく。
「ねぇ。ふたりだけでいいの?」
センリツがダルツォルネに聞くが、
「ああ。ボスはヴェラのことを強く気に入っている。組織に忠誠の欠片もない女だが、アレでもウチの最高戦力だ。何かあってもボスを守れるだけの力はあるさ」
ダルツォルネからの全幅の信頼がそこには存在した。ノストラードもそこには同感のようで、
「あれが使えない女なら、とっくに首にしている。だが、あれは使える。ネオンの護衛だけじゃない。事務仕事から営業、取引相手との交渉まで。あの女は大抵のことを高い水準でこなす」
だから高い金を払って雇っている、とノストラードは金を送金しながら説明した。
「にしても、高すぎるだろう」
ノストラードは完全に足下を見られていた。
■
一応はマフィアなので、メンツのために高級車に乗っていた。
「わたし、屋根がない車に乗ってみたい!」
「スポーツカーとか?」
「そう、それ!」
「無理だね。マフィアの大切な一人娘だもん」
正論をぶつけるヴェラにネオンが駄々をこねる。
「ダメなものはダメ。それよりも、どこに向かえばいいの?」
交通事故を起こさないように前だけ見ながら質問する。
「あそこ行ってみたい! ヨークシンで1番おっきいデパート!」
「結構時間かかるけど、いいの?」
「うん! ドライブでしょ?」
明るい笑顔をバックミラー越しに確認できた。
「じゃあ、ドライブスルーで飲み物買おっか。何頼むか決めといて」
「はーい! ちなみにヴェラは何を頼むの?」
「んーと……エスプレッソのフラペチーノ。甘さ控えめなんだ」
「わたしもそれにする!」
そうこうしているうちにドライブスルーで飲み物を注文して受け取る。
「いつも奢ってくれてありがと、ヴェラ!」
「どうせ経費で落ちる」
身も蓋もない言葉で端的に返す。
「ん! 結構美味しいね」
「そうでしょ。これしか頼まないから」
それはそれでどうなの、とネオンが心配する。
「いっつも同じスーツとシャツだし。ネクタイだけ変わるよね」
「服を選ぶのがめんどくさい。ネクタイは目についたやつを、気分で」
「勿体ないよ? せっかく美人さんなのに」
「興味ない。清潔感さえあれば仕事に問題は支障はない」
ネオンは改めてヴェラを見る。首元にかかる黒髪、少し高めの身長、化粧は最低限だが、顔立ちは整っている。
美人なのは間違いない。ただ、本人がそれを全く気にしていない。
傾国の美女とは程遠いが、それでも世間一般では美女に間違いない。
「そうだ! ヴェラの服買おうよ!」
「嫌だよ。どうせ着ないし」
「えぇー?」
■
デパートに到着する。車を慣れた手つきで駐車してネオンを車から下ろす。
「まずは服屋?」
「言い方……アパレルに行って気に入ったものは全部買うの!それから靴も見て……あっ! 本屋さんもいいわね!」
ネオンの後ろに続く。どの店に入るかはネオンしだい。着せ替え人形になるつもりはないが、ネオン自身の服だけを買うなら話しは別だ。
「ネオンは可愛い系だからなんでも似合うよね」
「ありがと! でも、ヴェラもなんでも似合うじゃん」
ヴェラの顔をまじまじと見る。最低限の化粧に寝癖が少し跳ねたままの髪だった。
「……ほんと、オシャレに無頓着だよね」
「必要最低限の洒落はしてるよ。ほら、このネクタイ」
ヴェラは自分の首元を指す。
「期間限定のワインレッド」
「そこなの!?」
そんなんじゃだめ──すぐ横にあったアパレル店に入る。
「ええと……これと、これ。どっちがネオンの好み?」
左右それぞれ別の服を持つ。右は青を基調とした綺麗なワンピース。左は白がメインのきれいめカジュアルの服装。
「左」
即答だった。
「……理由は」
「そっちの方がまだ動きやすそう」
頭を抱えるネオン。理解ができないヴェラ。困惑する店員。ここに歪な3角関係が生まれてしまった。
■
気に入った服を買い占めて本屋にふたりは入る。
「そういえば新刊が……」
「新刊?」
「うん。好きなSF小説家の新刊」
SF小説なんて読んでたんだ、意外──ネオンが失礼なことを口にする。
「作家さんの発想力には毎度驚かされる。凄いよ、ホント」
「そんなに?」
「前の本は凄かったよ。羽が生えた熊とエイリアンが殺し合ってた」
「SFじゃないよね!?」
「あ、あったあった」
ネオンの言葉を無視して新刊に手を伸ばす。
しかし同時に手を伸ばしていた先客がいた。
「あ、ごめんなさい」
手を引っ込めて謝る。
「こっちこそ悪かった」
そう言いながらその子は新刊を手に取った。ピンク色の珍しい髪色をしていた。
「その服装、ジャポンの?」
「ん? ああ、気に入ってるんだよ。動きやすいし」
まさかのヴェラと同類だった。一瞬立ちくらむが、すぐに体制を取り戻す。
「君もその作家さんの本、好きなの?」
「私じゃなくて、知り合いのヤツが好きなんだ。買い物ついでに新刊買ってきこいって言われて」
「結構マイナーな人なんだけどね。エイリアンをクマに食べさせたりする人の本だよ」
「……まじ?」
露骨に顔をしかめる女の子。ネオンはその反応を見て安堵する。同時に、ヴェラと女の子の友人の趣向が不安になった。
「んじゃ、私たちはこれで。また縁があったら」
「さよなら」
ぶっきらぼうに言う彼女を置いて、会計に向かった。
「団長、なんでこの本読みたがるんだよ…」
クマにエイリアンを食わす作者の作品。その情報だけでマチがクロロを心配するのには十分だった。
■
「さっきの子、珍しい髪色だったわね」
「いや。それよりも重要なことがあった」
「なに?」
「彼女の友人の趣味が私と似通ってる可能性がある」
「──ほんと、どうでもいい……」
ゲテモノ本を読む2人のことなど、ネオンには興味が湧くはずもなかった。
──あの子、相当な手練だったな。
ヴェラは誰にも聞こえない小声で呟き、車にエンジンを入れる。2人はそのまま帰路についた。
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