すやすや寝てしまっていたネオンを抱っこしてホテルのエレベーターに乗る。購入した物品は台車にまとめてネオンと一緒に運んでいる。
目的の階に到着するとファミリーの構成員が部屋の側に立っていた。
「お疲れさま。何かあった?」
「いえ、特には。今は部屋でリーダーたちがオークションの話をしています」
「そう、ありがとう」
ネオンの部屋に入りベッドに寝かせる。
「荷物はここに置いておくから後はお願い。ちょっとダルとボスに話をしてくる」
ネオンの侍女に世話を任して部屋を出る。
「ボス。ちょっといいか?」
「ああ、なんだ?」
「ネオンの子守は終了した。ここからは予定通りに羽休めに入る」
「わかった。急な呼び付けに駆けつけて来てくれて感謝する」
ボスとは話がついたので次はダルツォルネのところまで向かう。
「ダル。少しだけいいか?」
「見ての通りミーティング中だ。手短にしてくれ」
「今から予定通り休暇になる。本当に緊急事態が起こったらこのナンバーに連絡してくれ」
電話番号を書かれた紙をダルツォルネに渡す。
「お嬢様がまたおまえを──」
「その程度はそっちで対応してよ。ネオンは君らが担当でしょ」
──あ、電話に出なかったら留守電入れといて。
ダルツォルネの言葉を遮って要求を押し通す。文句を言われる前に部屋を出てエレベーターに向かう。
「おい! ちょっと待て、まだ話は終わってないぞ!」
「オークションかんばって~」
いつの間にかウオークマンをつけて音楽を聴き始めていた。ダルツォルネはヴェラがまともに取り合わないので諦めた。
■
ホテルから出たヴェラだったが、すでにこれから何をするかは決めていた。だから夜までと条件付きでネオンの買い物に付き合った。
「いい品あるかなぁ」
骨董品のマーケットである。さすがに昼に比べると人数は少ないが、それでも何か良いものはないかと物色する。
やはり昼のうちに売り切れてしまったのか、ヴェラの目を引くような商品がない。目利きでもないヴェラはデザインや造形に惹かれて皿やコップを購入する。つまり好きなデザインのものがなかったのだ。
「明日来ようかなぁ……ん? なんか人が大勢いる……」
出直そうとしたところ、大勢の人が何かを取り囲んでいた。
「ネーちゃんいけるぞ!」
「いけー! そのまま倒しちまえ!」
人混みをかき分けて見ると、男の子と女の子が腕相撲をしていた。様子を見るに接戦だ。男の子の方は汗をかいている。どうしてこうなっているのか、状況が分からないので隣にいた男に、
「すみません、これ何やってるんですか?」
すると男は、
「坊主に腕相撲で勝ったらダイヤをもらえるんだとよ! 大の大人が何人も挑んでやがるのにまだ──ああ! あのネーちゃんも負けちまった」
言われたところを見ると、女の子が負けてしまっていた。だが男の子は汗をかいて息も切れているのに、女の子は疲れた様子が微塵もなかった。
「くぅ〜! ネーちゃんに賭けてたんだがなぁ……そうだ、アンタもやってみねぇか?」
「遠慮しとく。ダイヤの形が好きじゃない」
そう言って人混みから抜け出す。もうここには用がなくなったと言わんばかりに足早に去っていく。
途中、腹が減ったので飲食店を探すことにした。味わってモノを食べる習慣がないくせに、店はキチンと選びたがる。結果として、ステーキハウスを訪ねることにした。理由はガッツリと食べたかったから。
「サーロインステーキの500gでお願いします」
目の前で焼いてくれるタイプのお店だった。死んだ目で焼かれる肉を見ながら提供を待つ。
ヴェラ本人も死んだ顔で申し訳なさを感じていた。
──匂いはいいんだけど、肉が燃えてるところ見てるだけなんだよな。
花火が打ち上がっても炎色反応ガーとしか思わない女。それがヴェラ・グレイだった。
提供された肉をお行儀良く食べながら映画館のハシゴを計画する。午前中の映画館とは別のところだ。映画を見たあと地図を頼りに道草を食いながらハシゴする予定だ。
──結構美味しかったな。接待に使える。
満足したヴェラは軽やかな足取りで店を出る。幻影旅団が競売を襲っていることなんて知らないまま。
■
ヴェラがその連絡に気がついたのは日付を跨いだ頃だった。
「留守電じゃん」
ダルツォルネからの留守電が入っていた。内容を聞き取るために耳を近づける。
『ヴェラ、オレだ! 地下競売が賊に襲撃された!! 競売に行ったトチーノ達と連絡が取れてない。オレたちは今から賊を追うから、おまえはセーフルームに向かってくれ。そこで落ち合おう』
──マジの緊急事態じゃん。
ヴェラは組の存続やマフィアンコミュニティ絡みの緊急事態には駆けつける契約をしていた。留守電を聞き終えたすぐ後にノストラードに電話をかける。
「ボス、賊が競売を襲撃したことは知ってる?」
『無論だ。ダルツォルネから既に報告は受けている』
「なら話が早い。ダルツォルネからの指示で私はセーフルームで待機する。ネオンの護衛はできそうにない」
『分かっている。これは賊からのマフィアンコミュニティに対する宣戦布告──組の名を挙げるにはうってつけのチャンスだ』
「……そう。生憎、私はそういうのには興味がない。根回しの方は自分でやって。じゃあね」
電話を切ってセーフルームに向かう。まとっていた雰囲気が変わる。休暇から緊急案件への対応、貰った金の分は仕事をこなす──仕事モードのヴェラとなった。
■
セーフルームに入るなりダルツォルネからの連絡が来る
「私だ。ダルか?」
『オレだ。賊の一人を捕獲した』
「捕獲? コミュニティは賊への報復のためにいったんだろ?」
『ああ……だがコミュニティの報復は失敗した。全滅だ』
「全滅? 全員武装して、バズーカ持ってるヤツも行ったって聞いたぞ」
『文字通り全滅だ。陰獣も4人がかりでソイツと戦ったが、戦いにすらなってなかった……遊んでいただけだ』
陰獣が皆殺し──頭の中の警戒音が最大級に達する。
「ソイツ? まるで一人で殺したような言い草だが?」
『一人で皆殺しにしていたのだ。腰辺りに蜘蛛の刺青──』
「──幻影旅団か」
つまるところ、ダルツォルネは旅団の一人を捉えたと言ったのだ。
「今すぐ殺して捨ててこい。ここまで連れてくるな」
『気持ちはわかる。だがボスの意向も組んでやれ。そちらに着いたら情報を吐かせてコミュニティに引き渡す』
「私は組を守るために雇われてる。旅団を招き入れるためじゃない!」
『もう遅い、ヤツはクラピカが拘束している』
「ならクラピカに変われ!!」
『別の車で運転している。オレに言っても無駄だ』
──クソッ!! 声を荒げながら電話を切る。
なにがボスの意向だよ、アレは田舎で慎ましくそこそこの商売を続けているべき男だ、全てを束ねる男の器ではない……なんでそこまで見抜けないんだよ!
再度声を荒げて壁を思い切り蹴る。壁には軽く穴が空いたが、それでも頭に上った血は下がらなかった。
■
エレベーターがセーフルームの階に到達したことを伝える。
ダルツォルネたちがやってきた。しかし、直前でしこたまガスを吸わされたのか、ベッドに貼り付けになった見知らぬ大男もそこにはいた。
「捨ててこいって言ったよな」
「遅いと言ったはずだ」
ダルツォルネとヴェラの間で火花が散る。
「クラピカ、おまえがコイツを捕獲したと聞いた。本当か?」
「事実だ」
「なぜ殺さなかった。捕獲できたなら途中で殺すこともできただろ」
「──こいつから旅団の情報を聞き出す。そうすれば旅団を壊せる」
クラピカのいつになく感情的な目に違和感を覚える。深い復讐の色をした目つきだが、それを指摘する気はなかった。
「……とりあえず、空いてる部屋に縛り付けてこい」
スクワラにいかにも強化系な大男の拘束を命じる。暴れられる可能性を考慮してまずは拘束を優先する。
「クラピカ、君のその鎖でヤツを捕獲したのか?」
「そうだが、何か?」
ヴェラの目つきが鋭くなったことに気づいた。
「……その鎖で、ヤツは絞め殺せるか?」
「可能だ、今のヤツならば容易い。だがヤツの中の毒がなくなれば、おそらくは鎖が壊されるだろう」
ヴェラは目を閉じて考える。数十秒経った後の目を開き、
「なら拷問には使うな。旅団がここに来た時に必要になる」
最悪のケースを想定して指示を出す。
「旅団がここに来る場合、目的は男の奪還か報復……もしくはその両方だ。そしてここまで来るならば奪還の方に重きを置くのだろう」
「なぜ言い切れる」
「奪還以外の報復が目的なら既に暴れることがメインになる。暴れるならここじゃなくてもいい……ここに来る意味がないんだ」
──少なくとも仲間を助けに来る目的なら、どちらかといえば静かにことを済ませようとするハズ……だよな?
幻影旅団の内部事情はわからないが、ここに来るのならば暴れたりはしないハズ。仲間の命を最優先にするだろ──
「ダル、コミュニティに引き渡すって言ったな?」
そこまで考え最悪のケースに到達する。
「確かに言ったが、急にどうしたんだ」
「まだ引き取りに来いって言ってないよな?」
ヴェラの顔には冷や汗が一筋。
「旅団のことだ。もしかすると、引き取りにくる連中も操作されている可能性もあり得る」
というか外部の人間に知られた時点でセーフルームはセーフルームではなくなる──クラピカとダルツォルネは理解した様子を見せる。
「ダル、連中には私たちが撤退してからここに来させろ。ソイツらが操られていないと言い切れる根拠がない。少なくとも、まだこのセーフルームは他のどの組にも知られていないはずだ! 連絡するのは私たちがホテルに戻る途中でもいい」
「……操作された人間で回収する可能性。いや、この場所が知られたら直接乗り込んでくる可能性もある」
ヴェラの目にクラピカのオーラが変わったように見えた。それを指摘する前に指示を出す。
「ダル、すぐに拷問を始めろ。せめてノストラードとのつながりを抹消──いや、できないッ」
頭の回転速度が上昇する。
「ホテルもノストラード系列……情報収集が得意な旅団員がいれば、ここまで辿られるのは時間の問題だ」
おそらくはボスたちの宿泊先も──ヴェラが苦虫を噛み潰した顔をする。
「クラピカ、ボスに連絡しろ! 今すぐ別名義で違う階の別室を借りて全員その部屋に移動するよう伝えろ!! 残りの護衛団は仮眠室か!?」
仮眠室のドアを蹴破り待機時間の終わりを告げる。
「総員、拷問が終了した時点でホテルに戻れ! 別々の車で異なる道筋を走れ」
■
ダルツォルネがマフィアンコミュニティ引き取りに来いと連絡したのはすでに皆がホテルに帰還が完了していた頃であった。
「ここからの話になるが、ボスたちの新しい部屋に護衛団用の部屋を1室借りることができた。私以外はその部屋に移れ」
納得する者ばかりであった。荒野での虐殺──あれだけで自身の殺される姿を容易に想像することができた。いや、一人を拉致したのだ。楽に殺されるハズがない。皆、無言で反論する者はいなかった……一人を除いて。
「先輩、なぜあなたは一人で元の部屋へ戻る」
「……最悪のケースPart2の話になる。マフィアンコミュニティの連絡役が殺されていた場合だ。そいつらを殺す前に情報を抜き取られていたら?」
「……セーフルームとは別の、この宿泊先ホテルの情報か」
セーフルームを捨てて一命を取り留めた。だが宿泊先がバレてしまえば話しはふりだしに戻る……命の危機Part2である。
「別名義で別室に移動したところはまだ把握されていないはず。だから誰かがここにいないと、部屋を移動させたことがバレてしまう」
「……質問を変えよう。なぜあなたが戻るんだ」
「──正気か? 相手は幻影旅団……戦っても何も得るものはない」
「私にとっては違う──むしろ……待ちわびていた」
その言葉に、ヴェラは黙る。
「先輩が強いのは分かる。だが、ヤツは私の獲物だ。元の部屋にはわたしが残る。先輩はボスたちの護衛をしていてくれ」
クラピカの瞳に宿ったものが明らかに異なっていた。ほんの一瞬だが、ヴェラは見逃さなかった。
──コイツは、クモへの復讐の炎だけで生きているんだ。
ヴェラはクラピカの覚悟を受け取り、雇い主の護衛のために別室の階に向かった。
クラピカは元の部屋へと向かい、幻影旅団への復讐を開始するためにウボォーギンを待った。
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