洗脳系TS魔法少女   作:悪魔的逆数提示

3 / 4
003

 硝子の砕けるような甲高い音が響く。瞬間、突風が商店街の奥から吹き抜け、砂埃と共に、巨大なタコが地面を割った。

 

「なによ、これ……!」

 

 リリスが絶句したような声をあげる。

 

「なんで海洋系の魔物がこんな内陸部にいるのよ!」

 

 彼女の悲鳴も尤もな意見だろう。目の前に現れた触手の化物は、私も以前に見たことがある。

 

「東京湾を落とした奴だ」

「東京湾ってどういうことよ! あそこはもう10年も前に閉鎖されたじゃない!」

 

 もはや激昂することでしか冷静さを維持することが出来ないのか、リリスは半ば自暴自棄なほどに怒鳴り散らしていた。

 

「機構のアーカイブ見たことないの? かつて駿河湾と東京湾に出現して、そのどちらも壊滅させた上に、打ち漏らして逃走してた個体だよ」

「は!? じゃあどうするのよ! 勝てるわけないじゃない!!」

「いや、勝てるよ。私なら何とかできる。出来るけど、問題はそこじゃない」

 

 内心で歯噛みする。

 海洋系魔物が内陸部いることは問題ではない。本来であれば海にいるはずの彼らが陸にいるのは、人間が海の中で戦闘するような物だ。

 魔物本来の戦闘能力を発揮できない場所での戦闘など、いくらレベル5と言えども、そのレベルは4程度に落ちるだろう。

 

 だが。

 

「問題は、さっきリリスが言ったように、何故彼が陸にいるかだよ」

「何故って、海には人がいないからじゃないの?」

「それなら、駿河湾然り、沿岸地域を襲えばいい」

「それは」

 

 つまり考えられるのは、海で何かがあったという事だ。海中で何かがあり、陸地でも何かがあった。

 追い詰められて空腹になり、限界に達したため人を襲った後、レベル4の狼を団地に送り込んで、私たちを誘い込む罠を張った。魔物からすれば、非戦闘員の弱い魔法少女など、ついでに魔力も補給できる良い栄養食品なのだ。

 

 だがそれは、そこまでしなければならない程に追い詰められていたと、言い換えることが出来る。

 

「——ヴォオオオオオオッ!」

 

 リリスの言葉を遮るように、タコが低い雄叫びをあげた。

 空気が震え、その振動が肌に伝わるほどの衝撃を帯びた声。

 

 もう、悠長に話している時間はなさそうだ。

 

「ねぇ、蒼依」

 

 一頻り騒いで冷静になったのか、泣きつかれた子供のような声でリリスが言う。

 

「あれの足止めを頼めるかしら。私たちはその隙に逃げる」

 

 姿が見えている以上、逃げた別分隊を追う事は出来ない、と判断したのだろう。

 懸命な判断だった。ここにいる15人の魔法少女の内、あれとまともにやり合えるのは恐らく私だけだ。

 

 非戦闘員の魔法少女がほぼ全員を占め、列強末席であるリリスは、少し走っただけでも息切れするようなお飾り魔法少女。さらに水瀬は研修を終えたばかりの新人と来ている。

 

 足手まといを複数連れるより、私一人で対処した方が効率がよさそうだった。

 

 それに、洗脳(ディザレクション)は先ほどの狼に使ってしまっている。既に洗脳を使い無力化させるという選択肢が存在しない以上、この場における私の戦い方は、手駒による物量勝負の他にない。

 

「わか――」

「待ってください!」

 

 了承しようとした瞬間、水瀬が割り込んできた。

 

「私も、残ります……!」

「は? ダメに決まってるでしょ! まともに実戦できてないアンタが残っても、一瞬で食い殺されるだけよ!」

「それは、わかってるけど、! けど、彼女を一人で残すのはもっとダメです!!」

 

 凄まじい正義感だな、とどこか他人事のように感心した。

 

「お願いします、私に、戦わせてください……!」

 

 水瀬が深々と頭を下げる。リリスはしばらく唸った後、私の方に視線を送った。

 

「……いいよ、彼女は私が何とかする」

「——やった!」

 

 最悪、死にかける前に洗脳を掛けて戦線離脱させればいいのだから、実質一人みたいな物だ。特に問題はない。

 あるいは、水瀬が類まれな才能を持っている可能性だってある。

 

「……わかったわ。みんなを逃がしたらすぐに戻るから、それまで待っていなさい。死んじゃだめよ、ネメシア」

「わかってます、リリスさん」

 

 リリスにとって、水瀬は一応、直属の後輩となる。いくら横暴で怠惰なリリスにしても、流石に後輩を手放しに殺すのは躊躇われるらしい。

 

「彼女を任せたわ、蒼依」

「リリス、一応聞いておくんだけど」

「何よ」

 

 一呼吸、少しの間を開けてから続ける。

 

「——別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「は、はぁ? ……構わないわ、好きにしなさい」

 

 そう言うと、リリスはその場にいる全員に、良く通る声で撤退を告げ、踵を返した。

 流石に列強末席というだけあってか、指示の通りはよい。

 彼女の背を見送りながら、一回言って見たかったんだよなぁ、これ。と内心ではしゃいだ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 肩から指先へ、魔力を操作していく。血管を巡る血液を想像するように、徐々に。

 禍々しい影色の魔力が迸り、それと同時に私の体を包んでいく。軈てそれらは掌へと集まり、一つのステッキの形に変形する。

 

『彼女を守りながら、あれと戦うんですね……?』

 

 虚空からステッキを取り出すのと同時に、蠅が出現して肩に止まった。

 

『絶対、死なないでくださいね』

 

 使い魔は、所有者である魔法少女が死ぬと、その存在が消えてしまう。元が高知能の魔物である彼ら使い魔を使役するにあたって、機構はそういった契約を結んだらしい。

 

 正直、いくら海棲の魔物だとしても、レベル5は単騎で戦っていい相手ではない。彼らは当たり前に強者だ。人同様に知能が高く、特にタコともなれば、その良さは計り知れない。

 

「知ってるでしょ、ただ一人の魔物相手に私が負ける事は、万に一つだってない」

 

 だが、私が死ぬことは決してない。

 

『……そうでしたね。言い換えます、絶対に彼女を、殺さないでください』

 

 ハエがしみじみと呟く。

 

「シェーレさん……!」

 

 後ろから水瀬が駆けてくる。

 手で彼女を制し、「下がってて」と言い放つ。

 

「これは新人研修の一環だ。私はリリスじゃないから、新人にレベル4の相手も、レベル5の相手もさせない」

 

 言いながら魔力を集める。魔物の発する瘴気にも似た、歪んだ影が放たれ、それらは徐々に、地面に無数の影を形成した。

 

「君はただ見てればいい。参考になるかはわからないけど」

 

 そこからゆっくりと、獣が這い出してくる。黒い毛並みに、鋭い牙。体の至る所に傷の残る、痛々しい体躯。

 

 

「ズヴォオオオオン!」

 

 あまりに大量の獲物が現れたからか、タコが歓喜の声をあげた。

 だが、あのタコは知らない。知るわけがないのだ。

 

 この蛇が、()()()6()()()()()()、災厄の獣だった事を。

 

「よく見てて、ネメシア。これが私の、本物の()()の戦いだ」

 

 言いながら、地面からさらに無数の狼や狐といった獣を呼び出す。その数は既に30を超え、ちょうどあのタコが捕食した人間の数と同程度となっていた。

 

 タコはその数に狼狽えている。しきりに触手をぬるりと動かし続け、どこか落ち着かない様子で、空中に鎮座し己を睨む獣たちを見詰めていた。

 

 不思議でならないのだろう。何故魔物が、こちらに向かって牙を剥けているのか。何故先ほどまで狩る側だった自分が、一転して狩られる側になっているのか。

 

 軟体動物であるあのタコには、打撃の類の効果が薄い。滑りのある表面を滑るだけでなく、その分厚い皮膚によって、ありとあらゆる攻撃は無効化されてしまうだろう。

 

 じゃあどう対処するのか? 簡単だ。その分厚い皮膚を突き破ってしまえばいいのだ。

 あるいは、一息に呑み込んでしまえばいい。

 

「シェーレさんが一人でいるのって、こういう理由だったんですね」

 

 後ろの方で、水瀬がそう呟いた。

 

 その通りだ。周囲に他の魔法少女が複数人いる状況では、使役は使えない。洗脳もまた、機構上層部の人間や、代替わりしたリリス以外の列強に知られれば、安全な後方勤務というこの甘い仕事が終わりを迎え、前線での危険な仕事を任されることになってしまう。

 

 私にはまだ足りない。手駒が、圧倒的に足りないのだ。

 まだ前線に行くわけにはいかない。絶対に。いずれ来る大攻勢を前に、戦力を増強しなければ、命が危ないのだ。

 

『列強二位。決して姿を現さない、虚構の魔法少女』

 

 敵を以て敵を挫く。一般攻撃魔法を持たない私にある唯一の攻撃手段は、これだけだ。

 そのためには、今よりもっと手駒がいる。いくら殺されようとも尽きぬ無限の駒が。私には。

 

「獣たちよ、蹂躙するのだ!!」

 

 掛け声に合わせて、30の魔物たちが一斉に進軍を開始した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。