洗脳系TS魔法少女 作:悪魔的逆数提示
列強二位。使役の魔法少女、シェーレ。
*
「——蹂躙せよ!!」
私の掛け声に合わせ、魔物たちが一斉に走り出す。獲物は眼前の海棲魔物。タコに似た姿形だが、触手の先端は鋭く、吸盤に見える物は全て捕食器官だ。
この場で一度あの魔物に襲われたとみられる遺体を見るに、恐らくは、触れた瞬間に体を持っていかれるのだろう。
何かと捕食に適した器官を持つ魔物の中でも、ここまで捕食するためにのみ存在する器官を有する個体はなかなか見ることが出来ない。
もしここが海の中で、相対する敵としてあれが現れたらと思うとぞっとする。
軟体動物らしく、水圧による抵抗を限りなく減らしたフォルムから発せられる、触手を駆使した推進力。それによる加速で一気に距離を詰められれば、後は触手にからめとられて即座に食い殺されるだろう。
「あれがレベル5なんて嘘だろ」
海の中なら、間違いなく6は下らない。あるいは、これまであれが出現したのが陸地か海岸だけだったから、5に数えられているのかもしれない。
本来であれば、強力な手駒となりうる存在だが、一度洗脳を使ってしまった以上、魔力が回復するまでは、そんなことをしている余裕などなかった。
『相変わらず、酷い戦い方ですねぇ』
「私にはこれしかできないんだよ」
『魔法少女らしくない。どちらかというと魔物側ですよ、これは』
戦場を駆け、あらゆる魔法を駆使して敵を翻弄する。魔法少女らしい戦い方とはそういう物だ。
「魔法少女なんて全員魔物みたいなものだ」
魔法少女は、その体内に埋め込まれた魔物の臓器、魔石《ジェム》の持つ魔力を引き出して戦う。
火や水、あるいは土や草。五大元素と呼ばれるこれら五つの属性の内、魔法少女が扱う事が出来るのは、魔石に対応した物だけだ。
『人の形をした魔物、ですか』
度々立てられる匿名掲示板のスレッドに、よくこの表現が使われる。
匿名性は人の悪意を隠すことなく露出させてしまう。人々が魔法少女に抱いている感情は、助けてくれることへの感謝でも、畏敬でもない。
いつか、魔物と同じように自分たちを襲うのではないか、という恐怖だ。
人と同じ形をし、正体を隠して人の社会で生き続けている魔法少女達は、一般人からすれば、身近に存在するバケモノに他ならない。
「……そろそろか」
小さく呟く。
私の掌には、依然として濃い影がまとわりついている。それはつまり、術式を起動しっぱなしという事だ。
その間にもタコは、周囲を囲む獣たちを処理し続けていた。捕食器官と化した巨大な触手を持って、幾度となく獣たちを薙ぎ払う。獣はその度に宙を舞い、地面に叩きつけられては無惨にも食いちぎられていく。
残りは10体。全て処理されるのも時間の問題だ。必要なのは、早急に術式を完成させること。それ以外は考えない。
魔力の使い過ぎか、頭痛が激しくなった。視界が揺れ、ぼやけていく。私の体を取り囲むように湧き出る影が、徐々に濃くなっていく。
「——シェーレさん! 敵が!」
「離れてて、もうすぐだから、」
こめかみの辺りが脈打っている。血管が収縮している事がわかるほどに頭が重く冷たい。冷や汗が吹き出してくる。それでも、あと少しなのだ。
「——ヴォルァア!」
タコが一気に距離を詰めてくる。獣ではない。生身の肉体を持った人間を前に、魔物に理性などという物はない。私を喰らわんと加速し、その距離はおそよ30メートルを切っている。
私を、餌だと思っているのだ。彼らは餌を前にして、自制することなど決してできない。脳髄を支配する終わりなき飢餓だけが、獲物を眼前にした彼らに残された、唯一の知性だ。
タコが再度、鼓膜を裂くような雄叫びを上げ、間髪入れずに、強靭な触手で地面を蹴る。
足蹴にされたコンクリートが蜘蛛の巣状に罅割れて崩れた。砂埃が辺りに舞い上がり、その中からタコの体が飛び出してくる。
『ちょ、ちょっと! 毎回ギリギリがすぎますって、蒼——』
そして、逃げ場のない私を追い詰めんと、僅か10メートルと言った距離で肉薄し。
「——呑め、異鯨……!」
瞬間、タコの足元から、周囲の陽光をすべて吸い込むような、深い影が出現し、一瞬にして地面を覆い尽す。
瓦礫も、獣も、その全てを飲み込む、真昼の深淵だ。
それは、異様な光景だった。午後三時の白昼の中、遮蔽の存在しない昼間の真中にぽっかりと暗闇が空く。
そして、その影の中から、
――
音もなく現れ、その巨大で光のない暗闇を持って、周囲に散らばる瓦礫ともども、タコを一息に飲みこんだ。
*
「——アンタ、なんでそんなに悠長に寛いでるのよ」
小走りでこちらに駆け寄ってきたリリスが、呆れ声で言った。
適当に瓦礫を見繕い運んで作った簡易的な椅子に座りながら振り返る。
「……構わないとは言ったけど、まさかほんとに倒したの?」
「もちろん」
「また洗脳を使ったわけじゃないでしょうね?」
「あれはそう易々と連続で使える物じゃない、今回はちゃんと殺した」
「連続って、じゃあ今日一回は使ったってことじゃない!」
きーきーと喚いている。
仮にも魔物を一体単騎で駆逐して見せたのだ。褒められるか労われるなら理解できるが、責められる筋合いはない。
「ネメシアは無事だった? どこも怪我はないかしら」
「あ、私は大丈夫、です」
水瀬が口ごもりながら答える。事前に口止めしておいたのを守ってくれているらしい。
洗脳も使役も、リリスはもちろん、上層部には当たり前に知られている事だが、実際に現場を動かしているのは列強やその他上位の魔法少女達だ。彼女らに知られるのだけは避けたかった。
「そう、ならよかったわ。にしても、酷い有様ね……」
瓦礫の山と化した商店街を見詰めながら呟く。
「アンタにしては辛勝だったってことかしら。流石にレベル5はきつかった?」
「……いや、圧勝でした」
横から水瀬が答える。
「これは魔物じゃなくて、シェーレさんが、」
「は?」
「勝利に犠牲は付き物ってことだよ。リリス、君の仕事はお喋りじゃなくて、あの瓦礫の下に埋もれた遺体の捜索だと思うけど」
「いや、待って。一応聞くんだけど、アンタ、何使ったの」
その中、一部だけが綺麗に何もない砂地になっている空白を見遣って、低い声で問う。
「異鯨《タイタン》」
異様な光景だろう。周囲は以前の面影なく、市街戦後の町並みの如く荒れ果てているというのに、その一部だけ――半径10メートル程度だけ、何もない砂と泥の地面が露出しているのだ。
「異鯨……?」
「そう」
「異鯨って、千葉襲撃の?」
「そう」
適当に頷くと、リリスが大きくため息を吐き、歩き出して私の前で立ち止まる。
「アンタね、これまでの暴虐が嘘みたいに突然いなくなったと思ったからまさかとは思ってたけど、なんて物使役してくれてるのよ!」
「しょうがないでしょ、戦力が必要だったの」
「そんなことはわかってるわ!! アンタが何を目的にしてるかくらい、私には手に取るようにわかる! けど、だとしても! 報告くらいしなさいって、何度も言ったじゃない!!」
ブチギレである。上気した頬が怒りに歪んでいる。勝ったというのに、というか、レベル5の魔物が市街地に解き放たれるという大災害を阻止したというのに、酷い言われようだ。
「君はもう私の上司じゃないんだけど。報告の義務とかなくない?」
「関係ないでしょ! つーか、私にじゃなくて機構によ!! 一体どれだけの魔法少女が捜索のために千葉に向かったと思ってんのよ! 居ない居ないと思ってたらアンタの影の中ですやすや寝てましたって、無駄骨にもほどがあるわ!」
私の隣で水瀬が「あ、あは」と愛想笑いを浮かべている。
「そんな怒らなくてもいいじゃん」
「怒るわよ!! この私が! この私までもが千葉まで借り出されたのよ!? この私が!!」
「八つ当たりじゃん」
「どこをどう解釈したらそうなんのよ!!」
列強13位。付いた二つ名は【最も怠惰な魔法少女】。その名の伊達ではないなーと思う。
一度キレ始めたリリスを止めれる者は存在しない。暴れ馬か、あるいは赤い布めがけて突進を繰り返すどっかの国の闘牛並みに知能が無い。面倒臭いから適当にあしらってすぐに家に帰ろう。
そう思っていると、近づいてくる二つの足音が聞こえた。
「相変わらず騒がしいね、二人とも」
聞こえてきた声に、今日の夕飯に馳せていた思いが霧散する。
「様子を見るに、僕らが来たのは無駄足だった、のかな」
「……え? どうしてここにいるんですか!? エレナさん!」
水瀬が嬉々とした声をあげる。対称的に、私の額に冷や汗が伝うのを感じた。
エレナと呼ばれた少女の後ろには、ひょこひょこと小柄な、小学校の高学年程度に見える女の子が引っ付いている。
「わたしもいるよ、水瀬ちゃん」
「わぁ、アイリスさんも一緒なんだ!」
「おひさー。リリスちゃんに呼ばれたから来てみたんだけど、もう終わっちゃった? って待って、蒼依ちゃんだ! うわー久しぶりに見た!! ねね、元気にしてた! ご飯食べてる? またいつもみたいに梅のおかゆしか食べてないとかじゃないよね?」
私を見かけた途端に駆けだし、しゃがみ込んで上目遣いでこちらを見上げる。
長く伸ばされた黒髪と、丁寧に伸ばされた目上の前髪。それから、異様に整った端正な顔立ちと、絹のように透き通った、凡そ魔法少女とは思えない程綺麗な肌。
それらを隠すように目深に掛けられた帽子と、瞳の色を決して露出させないサングラス。
「久しぶり、アイリス。それからエレナも。最近は気を遣って、オムライスとかも食べてるよ」
「へぇ! それは凄い成長だ! ちゃんと食べないとだめだよ? 倒れちゃうからね?」
「わかってるよ、マジで、絶対大丈夫だから本当に」
「ならよし! 元気そうでよかった」
列強5位の魔法少女にして、5人組ガールズバンドのボーカル。
最近では、テレビにインターネットと騒がしく活動の幅を広げている新進気鋭の歌うま美少女兼、バーサーカーの異名を持つ血に飢えた悪鬼だ。
「その辺にしな、アイリス。見るからにダルそうにしてるじゃないか」
こっちは同じく列強7位の魔法少女。バンドではベースと、たまに作詞を担当しているらしい。アイリスとは対称的に背が高く、すらっとしている。確か年齢は17とかそこらだった気がする。
バーサーカーのロリに比べて理知的で、例え武器を手にしようが魔物を前に使用が、常に冷静で賢い少女。
失念していた。彼女らは今公演中で、ちょうどこの街に滞在しているんだった。
「えー、でも二年ぶりなんだよ?」
「わかるけど、積もる話は帰ってからしよう」
「
思わず聞き返す。
「そうよ、蒼依。観念しなさい、アンタを連れ帰れるようにってのも考えて、わざわざ二人に来てもらったんだから」
「そうそう。リリスが『シェーレもいるから絶対来て!』なんて言うから、それなら行くしかないかってアイリスも連れて来たんだ」
にこにこしながらアイリスの話を聞いている水瀬を横目に俯く。
しまった、私としたことが、ハメられてしまったらしい。
『陽動っていうのは脳を持つものを簡単にだますことができる』
これがそのまま自分に帰ってくるとは情けない。
「だからほら、行こう、蒼依。君が逃げ回れるのも今日で終わりなんだから、最後の晩餐に何か奢ってあげるよ。甘いものでいい? 甘いものがいいよね」
「え! エレナ、甘いの奢ってくれるの? わたしもいく!」
「もちろん、私の財布は緩いからね、リリス以外の全員に奢ってあげるさ。水瀬くんもいくかい?」
「いいんですか? 是非ご一緒させてください!」
「ちょっと、なんで私だけ数に入ってないのよ!」
もう何度目かもわからない溜息を吐く。
「ってことなんだけど、来てくれるよね」
正直なところ、煙幕でも使って逃げてやろうかと思った。が、そんなことをしては、ただでさえ不審がられている行方不明の魔法少女だというのに、いよいよ機構の敵になってしまうだろう。
「外堀を埋めるのが上手いね、相変わらず」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
「ああ、褒めてるよ、心から」
「ならよかった、決まりだね。行きつけの喫茶店があるんだ。そこで適当に食べた後、機構本部に向かおう」
リリスが最後まで、「なんであたしには奢らないわけ!?」とキレ続けているのを、アイリスがにやにやしながら煽っていた。その二人の背中を見ながら、エレナが楽しそうに笑う。
本当に久しぶりに見る光景だった。
気分は最悪だったが、見ていて不快な物ではない。時期が、悪いだけだ。
ふと隣を見ると、水瀬が頻りに指を弄んでいた。暗いとも明るいとも言えない表情で、とぼとぼと歩いている。
どうしたんだろうなとは思いながらも、特に話しかけることなく。エレナの案内に従って、私たちは店に入った。
ブックマーク、誤字報告等ありがとうございます。
序章はここまでになります。
次話から第一章、つまり本編になります。
洗脳系魔法少女2では、より多くの魔法少女が登場。