洗脳系TS魔法少女 作:悪魔的逆数提示
005
円卓に並べられた5つのコーヒーカップを見詰めながら、私は頬杖を突いた。湯気が立ち上っているというのに、誰も珈琲には手を付けようとしない。
時折誰かが膝を組み替えた時に、からんという音を立ててカップが揺れるだけの静寂。
はっきり言えば、気まずい空間だった。
「いい加減、誰か喋ったらどうなのよ」
最初に空白を裂いたのはリリスだった。薄暗い室内だからか、赤髪がいつもに増してどす黒い色合いに見えてならないが、実際のところ、彼女はこの中の誰よりも、血という物を嫌っている平和な人間だ。
「喋れと言われても、喋ることなんかないんじゃない?」
私のすぐ横で、金髪ツインテのゴスロリ服——というよりもメイド服——を着た、少女が、同じく頬杖を突きながら退屈そうに言う。
「じゃあなんで集まってんのよ」
リリスが唇を尖らせる。これには私も同意見だ。だが、私に口を挟む資格はない。
何故なら。
「シェーレがいるから」
この無意味な集会が開かれた理由が、私にあるからだ。
「ならアンタが何か話しなさいよ」
「いや、私も呼ばれた側なんだけど」
リリスがアイリスとエレナを連れて来たことによって、私はカフェに行って小休憩を挟んだ後、機構の支部に連行された。リリスが図ったというよりは、どうやら最初からこうなる定めだったらしい。
裏で報酬目当てに画策していたハエの功績によるところが大きいだろう。ハエは、エレナが見えた時点で支部に向かい、円卓会議の準備を進めていたらしい。
だが肝心の議題はない。強いてなにか上げるのであれば、私に対する文句を言い合う会にでもなるだろうか。
「せめて何話すか決めてから開きなさいよ」
リリスがため息交じりに言う。これにも同感だ。ただでさえ公演中で時間がないであろうアイリスとエレナまでもが来ているのだ。
ふざけるのも大概にしてほしい。
と思いつつ周囲を見回すが、ガルバンの二人はともかく、金髪ツインテの気怠げなメイドは、私に半眼を向けている。
「え、私のせい……?」
「当たり前でしょ」
恐る恐る尋ねたら、リリスにそう返された。
「僕らも何が何だかわからないけれど、君をここに連れてきたら『会議の準備が整っておりますので』とか君の使い魔に言われてね」
「そうそう、わたしもよくわからないけどお菓子が食べれるって聞いたから来てみた」
と、浮かない顔をされる。
「……二人とリリスはわかったんだけど、なんでニナもいるの」
「『会議には議長役が必要です』って、あなたのハエに」
「……」
つまり状況を整理すると、ハエが余計な事をしたらしい。
ちなみにハエは、『私はこれから樹液を啜る会がありますので~』とか言って、同じ使い魔のお友達とお話しに行った。あの感じだと、三時間ほどは戻らないだろう。
使い魔は魔法少女の補佐をするための物なのだが、一体何の意味があってこの会議を根回ししたのか、ハエの小さい脳で考える事を人間の私が理解するのは難しいらしい。
「……好きなお菓子の話でもしよっか」
「わー! 賛成!! ついでに持ってきてもらえると嬉しいかも?」
「らしいよ、議長。給仕は議長の仕事なんでしょ、持ってきてあげて」
「は? なんで私がそんなことしないといけないの。こういうのは言い出したあなたがするのが筋ってものでしょう?」
「私は議題を提示しただけで、お菓子を欲しがってるアイリスとは関係ない」
言うと、ニナが嫌そうに立ち上がる。
「持ってくるのは構わないけど、列強が五人集まってする話が好きなお菓子って、それ本気で言ってる?」
「じゃあなに、ニナは他にしたい話でもあるの?」
「それは、」
言い淀んだと思ったら、続きは話さず席を離れた。
なかったのだろう。当たり前だ。あるわけがない。
「蒼依の反応を見る限り、ハエにしてやられたって感じかな」
エレナが可笑しそうに言う。
「あれは普段から、機会があれば私を陥れようと画策してるから」
「使い魔っていうよりフレネミーだね、それは」
「フレネミー? フレンドになった覚えなんかないんだけど」
使い魔は、魔法少女にとって有益な補佐を務めると、その報酬として餌を与えられる。対象の魔法少女は、契約を交わした魔法少女でなくても良い。
ハエにとってこの会議を開くことは、一度に五人の魔法少女を補佐したという実績集め兼、私への嫌がらせだ。
「おかしまだー?」とアイリスが机に突っ伏しながらばたばたと足を動かした。
「ペットは飼い主に似るって言うじゃない。アンタの教育が悪いのよ」
「教育が必要な程質の低いバカな使い魔を寄越してくる機構が悪い、って結論にはならないんだ」
「機構が悪いのはいつもじゃない」
その通りなので特に反論はしない。
「というか、私には度々招集が掛けられてたはずだけど、来てみたらこの対応ってなに? 何のために呼ばれてたの、私は」
「それは呼んだ人に直接聞いてみた方がいいと思うよ。君の事が大好きな魔法少女が一人いるじゃないか」
「……それは誰なんだよ」
大好きってなんだよ、と言いたいのを押さえながら問う。
「あの金髪よ、ニナがずっとアンタを探してたの。会うたびにアンタの名前を出してたわ。『蒼依は? 今日も来てないの?』って」
そんな素振り見せてなかっただろと口の中で毒づく。それ以上に、ニナが読んでいたとなると、また話が変わってくる。
はっきりと言うなら、私は彼女が好きではない。
「彼女、君の事が大好きだからね」
「ねぇ、お菓子まだ?」
「ちょっと待ってなアイリス。今ニナが持ってきてくれるから」
エレナの声に合わせて、扉の軋む音がする。
「——持ってきた。なにがいいかわからなかったから適当にあるだけ持ってきたけど、こんなので良かった?」
声の方に視線を送ると、七円で売られているコンビニ袋三つ分を満杯にしてぶら下げているニナがいた。
「多すぎだろ」
思わずツッコむ。五人で消費しきれる量ではない。ホームパーティー中のアメリカの大家族が用意しててもおかしくはないほどの大量のお菓子。
「大は小を兼ねるっていうでしょ」
「兼ねすぎだろ」
「なら持ち帰るといいわ、私の奢りだから、貸一つってことで。菓子だけに」
「うまくねぇよ」
どうやら、わざわざ下の売店に行って買ってきたらしい。
気が利くのかおせっかいなのかわからない微妙なラインだ。
「そんなことより、ニナが私を探してたって聞いたんだけど」
お菓子の袋にくぎ付けになっているアイリスを眺めながら言う。
「探してた?」
「そう、何か話があったんじゃないの」
「ないけど。ただ会いたかっただけよ、あなたに」
「……それはどうして?」
「どうしてって、好きな人に会いたいのに理由なんているの?」
ニナが目を輝かせる。どこのラブコメ漫画だよマジで。という内心は捨て置いて、代わりに半眼を向ける。
脈なしだ。圧倒的に。
「入れる本題がないと会話に苦労するのね。なにか話題があればいいんだけれど、お菓子以外に」
「解散するってのも案に入れてほしい」
「いやだ。今解散したらお菓子買ってきた意味がないじゃない」
「じゃあ何か議題出してよ」
「えぇ、そうね……」
私たちの会話を聞きながら、アイリスはキノコの形をしたチョコ菓子の袋を開けていた。どうやら二袋目らしく、すぐそばには空になったたけのこを象ったチョコ菓子が捨てられている。
「なら、
「大攻勢?」
エレナが喰いつく。
「申し訳ないけど、それは二年前にほぼ全ての魔物を駆逐したことで、今後10年は起きないって言われてるんじゃないのかい?」
大攻勢は、およそ2年周期で起きている魔物による同時多発的な襲撃の事だ。10年前から数えて現在まで4回程起きていて、それら全て、都市や海沿いの町に甚大な被害をもたらしている。
「それはあくまで予想でしょ? 魔物の全体数とか、海の中がどうなってるのかとか、東北の山や森でどんな生態系を作られているのかとか、何も分かってないんだから、そんな予想眉唾に等しいの」
この世界の日本は、魔物によって国土の半分を失っている。首都がおかれている東京は、張られた結界によって魔物の侵入を防げてはいるが、それ以外の地方都市においては、かなり頻繁に魔物が侵入している。
特に、東京から離れている東北や四国、九州は酷い物で、その中でも東北は、既に陥落し、人より魔物の方が多く住んでいる、文字通り手の付けられない地域となっていた。
「だとして大攻勢はあり得ないよ。前回の大攻勢で、少なくとも200体は駆逐されたんだ」
「だとしても、その兆候が見られている以上は、大攻勢は近い物として考えた方がいいと思う。心当たりはあるでしょ」
大攻勢が起きるメカニズムは、大きく二つに分けられている。
一つは海洋に潜む魔物の生態系の乱れ。もう一つは、東北などの内陸に住む魔物の生態系の乱れ。
「前回は海棲の魔物による大攻勢だった。だから次は陸地から来るって言いたいの?」
リリスが不思議そうに言う。
だが、残念ながらそれは違う。
「海から、でしょ」
私が返すと、ニナは少し驚いたように目を開いて、すぐに口の端を吊り上げた。
「さすが、見る目が違うね、リリスと違って」
「な、私を比較対象にする必要はないじゃない!」
タコは、何かから逃げ回った末に、この街にやってきていた。それはつまり、海で何かが起きているという事だ。
それだけじゃない。タコ以前にも、レベル5とまではいかないにしろ、3から4の海棲魔物が、度々陸地に上がってきていた。
「決まりね。議題は大攻勢について、ってことにしましょう」
ニナが意気揚々と宣言する。
これは好機だ。ここでうまくアピールできれば、私の魔法の詳細を知られようとも、都市や海岸の防衛に向かう必要は無くなる。
「海からって事は、この辺は問題ないってことよね」
「いや、むしろこの辺が中心地になると思う」
気の抜けた顔をするリリスに横から説明する。
「この辺りは北に山脈を抱える平地。相模湾から上ってくる魔物たちが最初に到達するのはこの街だ」
それに、山脈がある以上は、北から魔物が来る心配はない。なにより、あのタコは東京湾を襲った魔物。つまり、関東近郊あたりを住処としている。
「ご明察。蒼依の言う通りで、この辺りでは最近、レベル4の魔物が頻繁に海から上がってきてるの。それはつまり、海で何かが起きてるってことで、」
「……さっき私たちが倒した魔物も、海から来たレベル5だったわよね」
「そう。レベル5のネームドが逃げてくるくらい、生態系の変化が起きてる。これは、大攻勢の予兆に一致するの」
ニナが淡々と説明する。流石に列強三位ともなれば、知っている情報も、見えている範囲も段違いに広いのだろう。ちなみに一位の魔法少女は、絶縁状態にあるために互いに音信不通だ。
「前回から丁度二年って考えれば、特に不思議な事でもないと思うよ」
全く面倒な事ではあるが、私はそのために、この二年間必死に準備を進めてきた。低級の魔物の多くを、駆逐ではなく使役という手段で討伐し、副作用の頭痛や吐き気に苛まれながらも、何とか今日まで生き残ってきた。
「問題は、誰が対処に当たるかってことなんだけど」
ニナが申し訳なさそうに私の方を見た。
「私が何とかするよ。そのために、招集に応じずここに残ってるんだから」
嘘ではない。全て本当の事だ。大攻勢が近いという事は、しばらく前から予想していた。呼ばれればここではないどこかで列強や上位の魔法少女達と防衛に当たらされ、手駒を増やすことが出来なくなる。
「私が適任だよ。最悪、一人でも構わない」
それを避けるために、私はここに残っている。もちろん、ただ面倒くさいというのもあるが。
「いつも思ってたんだけどさ」
ニナの目が一転して凄惨な光を帯びた。
「蒼依の魔法ってなんなの? 新人の癖に大攻勢を一人で生き残ったと思ったら全滅させて帰って来たり、今度は自分一人で構わないとか言い出したり、少しは手の内を明かしてほしいんだけど」
「確かに、それには僕も同意見かな。もう付き合い自体は長いけど、一向に自分の事は話してくれないんだ。少しは信頼してくれてもいいと思うんだけどね」
エレナが同調する。流れ的にアイリスもかと思い目を遣ると、ポテトチップスの袋を開けたところだった。
「彼女の魔法は、人に知られてると使いにくいのよ。同じ戦場に行くわけでもないんだから、手の内なんか明かす必要なんかないわ」
どう答えようか迷っていると、助け船を出したのはリリスだった。この中で私の魔法やコアの事を知っているのは、新人だった私の教育者を務め、かつこのコアの所有者であった魔物の討伐に当たったリリスだけだ。
「それに、秘密を抱えていた方が魅力的でしょ?」
「私としては、もう少し仲良くしたいところだけど」
「それを決めるのは蒼依本人よ。アンタは大好きかもしれないけど、蒼依はそんなことないみたいだから」
一体なぜ自分が好かれているのか、皆目見当もつかない。人に好かれる様な言動を取ったことも、それを態度に出したことも、私の知る限りでは一度だってないはずだ。
「いつか知る時が来るわよ。それこそ、私たちが死ぬかもしれないくらいの事が起きたら必然的にね」
リリスはそう言って、私に目配せした。本当に助けたつもりだったのだろう。
彼女の事だから、他意はない。純粋に助けたいと思っての行動なはず。
「ならいいけど。じゃあ、蒼依はそこの二人みたいに東京に行くつもりはないってことでいいの?」
「リリスに任せたらこの街は半年で魔物の街になっちゃうから」
「へー、仲がいいのね」
ニナが半眼を向ける。
「私は彼女の教育者だったんだから、他の魔法少女より仲がいいのは当然でしょ?」
自慢げに胸を張るリリスを横目に、ニナがため息交じりに「私も仲良くなりたいんだけどなー」と呟いた。
そんな日は来ねぇよと、私は口の中でいい返した。
作者はfateが好きです。特にイリヤ。