洗脳系TS魔法少女 作:悪魔的逆数提示
列強は、魔法少女の純粋な戦闘能力で測られた順位だ。そう考えると、リリスのようなお飾りが末席にいるのはおかしいと思うかもしれないが、全くの同意見だ。正直なところ、どういう決まりで制定されているのかはわからない。
聞いた話では、一位の魔法少女が趣味で決めているという噂だが、生憎もう三年は会っていないせいで、その真偽は未だ不明のままだった。
会議室を出ると、入り口で水瀬が立っていた。
議題が決まるまでの時間も相当だったが、話終わってから適当にお菓子を食べながら雑談していた時間の方もかなり長かったせいで、1時間以上はあの薄暗くて狭い空間にいただろうか。
私が帰ると言い出してからも、他の奴らは残った。お菓子を食べ終えるまで帰れませんをやるつもりらしい。アイリスが爆食いしていたにも拘わらず、私が出る頃には二袋目に手を付け始めたばかりだった。
一体いつ解散するのか、検討もつかない。
会議室から漏れてくるぎゃーぎゃー騒ぐ声を耳に入れながら、水瀬の横に立つ。
「待ってたんだ」
「……すぐ終わると思ったので」
それは申し訳ないことをしたなと、彼女の睫毛を見ながら思う。
「何の話をしてたんですか? なんか楽しそうですけど」
「好きなお菓子について。ニナが両手にレジ袋を抱えて来たでしょ」
「あぁ、買い出しに付き合ってって言われて連れてかれたけど、そういう事だったんですね……」
伏し目がちに呟く。カフェに向かうときもそうだったが、彼女は時折暗い顔をする。魔法少女なんて、と括るのは好かないが、適合手術を受け入れてここに立っている以上は、一見明るく見える彼女にもなにか事情があるのかもしれない。
「水瀬って何歳?」
「え、どうしてですか、急に」
「いや、気になっただけ」
「そうですか」
まるで遊ぶ約束をした日に土砂降りの雨が降り始めた小学生みたいな憂い顔だ。
「さっきからずっと浮かない顔をしてたから気になって。いきなり本題に入るより、クッションを挟んだ方が話しやすいかなと思って年齢から聞いたんだけど」
会話如きで謀略を忍ばせるのが面倒になり、直接聞くことにした。言い終わると、水瀬は、何か奇妙な物を見るような目で私の事を見た後、くすくすと笑った。
「器用なのか不器用なのかわからないですね」
「人付き合いが得意な方ではないから」
「知ってますよ、そのくらい。みればわかるもん」
そう言って微笑みを浮かべる彼女は、おかしな話だがまるで年相応の少女だった。あるいは私も、両親が死に魔法少女にならなければ、学校に通って普通の学生として暮らすことが出来たのだろうか。
「なんか不思議な感覚がするんです。最初にレベル4の魔物のところに向かった時も、その後のレベル5も。シェーレさんがいなかったら、私死んでたんだなって。私だけじゃない、多分あの場にいた全員、リリスさんもみんな、生きて帰れなかったんだよなって思って」
確かに、それはそうかもしれない。
もう長い事前線に立っていないリリスと、彼女のような研修を終えたばかりの新人。それから、治癒や現場検証と言った後方支援のために呼ばれた魔法少女。
彼女たちだけであのタコを駆逐するのは無理だった。
偶然近くにアイリスやエレナがいたのは幸いだったかもしれないが、誰が呼びに行き、誰が残るのか。帰ってくるまでに突破されれば市街地に侵入され被害が拡大し、突破されないにしても、犠牲は避けられない。
恐らく、殿を務めたのはリリスで、水瀬は二人を呼び行く役目を担っただろう。だが、彼女が帰ってきたとき、既にリリスは死んでいる。他の残った魔法少女も全員、食い散らかされるまでにさほど時間はかからない相手だった。
「蒼依でいいよ。歳、多分同じくらいでしょ」
気が裂けそうな空気に耐えかねてそう空白を埋めた。
水瀬は目を丸くしながら「そんな、恐れ多いですよ」と言った。
「仮にも恩人に向かって呼び捨てなんて、私にはできないです」
「リリスはしてるよ。なんなら、たまに毒を吐いてくる」
「あの人はいい意味で化物だから」
「そうなんだ」
リリスを化物と呼ぶなんて、意外と見る目があるじゃないか。
「でも、蒼依って名前かわいいですね。とても似合ってる」
「そう?」
「うん、中性的な名前だから。先輩っぽいですよ」
「それはどうも」
中性っぽいとははじめて言われた。確かに元は男だが、女として生きていても違和感はないし、むしろこっちの方がしっくりくるのだが。
「私の名前は、誰がどう見ても女の子っぽいんです。まるで女として生きることを強制されてるようで好きじゃない」
「女として生きたくないってこと?」
「そういうわけじゃないけど、でも、ふとした時に名前や見た目に相応しい表情をできているのかなって考えちゃう時があって」
「ああ」
繊細なんだなと思う。
生まれついてそういう気質の子達はたくさんいる。人の顔色を窺ってしまったり、言葉の意味を深く考えすぎてしまったり。
「なら、あまり人に名前を教えない方がいいかもね。魔法少女なら、自分で名前を付けれるでしょ。リリスは普通に本名だけど、アイリスやエレナは偽名だから」
「リリスさんって本名なんだ。意外にかわいい名前してるんですね」
眩しい笑顔だった。自分が失った物を見せつけられているようで、思わず目を逸らす。
*
「ということで、わたしたちも残ることにしたの!」
とアイリスに言われたのは、あれから二週間が過ぎた頃だった。
ここのところ魔物の出現の報はなく、束の間の安寧を享受する街の只中で、例に漏れず私も、ベッドで横になりながら買ってきた小説のページを捲る日々を過ごしていた。
「……なんで?」
家に押しかけてきた三人を玄関先で睨み付ける。正面にアイリス。後ろに、リリスと水瀬が立っている。アイリスは満面の笑みで、リリスは腕を組みツンとしながら私を見下ろし、水瀬はいつも通りバツが悪そうな表情で手を頻りに弄ぶ。
「だって、何があるかわからないでしょ? 使える駒は多ければ多い方がいいと思うの」
「それはわかるけど、別に私一人でも」
「だめだよ。確かに駆逐数だけで見たら強そうに見えるけど、腕も細いし色も白いじゃん。どうせ引き籠ってるんでしょ」
「そんなことはないけど」
決めつけるように言うアイリスに言い返すと、すぼめられた半眼を向けられる。
「現にアポなしでインターホン叩いてもすぐでるし、着てる服なんかパジャマじゃん。もう二時なのに」
反論の余地もない。肯定の代わりに沈黙する。
「わざわざ説教するためにきたの? それとも何か用でも?」
「用はあったよ。さっき伝えたからもうないけど! 一番は君の部屋を見たかっただけだし。ねね、上がっていい?」
「は? あちょっと待って」
返答する間もなくアイリスが玄関に上がっていく。ついで後ろに控えていたリリスも「失礼するわ」と言いながら靴を脱ぎ始めた。
水瀬が小さくお邪魔しますというのを聞いて、追い返せそうにないなと溜息を吐く。
「わぁ! 意外ときれいなんだ!」
リビングルームに入るなり、アイリスが感嘆の声をあげた。部屋のあちこちを見回しながら嘆息する。
本棚が二つと、ソファ。それから机と、寝室にベッド。テレビはなく、代わりにデスクトップPCとモニターが二枚置いてある。一人暮らし用に借りたマンションの一室で、部屋数もさほど多くない。あまり物を増やしすぎると窮屈になるので、必要最低限のもの以外置いていなかった。
「このソファ滅多に座らないでしょ」
端の方にどさっと荷物を投げ捨て、アイリスがソファに座る。白い皮のソファで、1.5メートルほどの物だろうか。
座るためというより、帰ってきてすぐ寝れるようにと買ったのだが、実際はパソコンの前にしかいないせいで、確かにほとんど座った記憶がない。
「勿体ないな、わたしにくれない?」
「10万でゆずるよ」
私ら魔法少女は、完全歩合制で報酬が支払われる傭兵のような職業だ。魔物の出現が無ければ駆逐数が伸びず、駆逐数が伸びなければ給料は入らない。
10万とは人によっては大金であり、またある人によっては端金になるが。
「そんなんでいいの? もっと吹っ掛けた方がいいんじゃない?」
狂戦士などと呼ばれるほどの駆逐数を誇る彼女にとって、10万など端金に過ぎないらしい。ましてや、メディア露出であったりサブスクでもかなりの額を稼いでいる。
「二人も座れば?」
突っ立ったままアイリスを見下ろすリリスと、物珍しそうに周囲を見回している水瀬に声を掛ける。
「……いいんですか?」と尋ねる水瀬に、アイリスが「いいよー」と間延びした声で返答した。もうすでに貰った気になっているらしい。
適当な紅茶を注いで、三人の前に並べる。
湯気の立つカップを眺めながら、魔物を目の前にしてる時より面倒くさいなと思う。
「私たちもってことは、エレナも残るってこと?」
「そうだよ。蒼依ちゃん一人に押し付けるのは違うと思って」
アイリスがない胸を張る。
「リリスちゃんは役に立たないし、あとは一部を除いて全員新人と治癒魔術師でしょ?」
目の前で役に立たないと言われたにも拘わらず、リリスは紅茶を啜ってほっと息を吐いていた。
「蒼依ちゃんが使える駒なのは知ってるけど、また二年前と同じことをさせるのは、わたし的には嫌だなーって」
「二年前?」
水瀬が訪ねる。
「そう。二年前の千葉襲撃の時、5人いた魔法少女の内4人が死んじゃって、蒼依ちゃんが一人で残りを相手にしたんだー。その時に魔物を率いてた親がちょっと手ごわかったみたいで。今は行方不明なんだけどね」
リリスが気まずそう机に置かれたカップの位置を直す。
異鯨だ。あの時、私の使える手駒は一桁に満たなかった。200を超える魔物が次々と海から上がり始め、陸地からも空からも、あらゆる種の魔物が迫ってくる中で、私に取れる最善は、襲撃の親を使役し、共食いさせることだったのだ。
「その時の事があるから、最悪一人でもいいなんて言ったのかもしれないけど、あれはイレギュラーだったし、そもそも五人で相手させること自体が間違ってた」
実情だけで言えば、私には特に不自由がなかった。だが、異鯨を使役するにあたって、ある程度の準備が必要だった。あの四人には、その準備のために死んでもらった。
使える手駒の少なかったあの時の私にとっては、それが最善だったのだ。
「だから残る。わたしとエレナがいれば、少なくとも誰かが死ぬなんてことにはならないでしょ? それと、ニナもね」
押し黙る水瀬を横目に続ける。
ニナも残るらしい。列強が五人、攻勢を見越してこの地に留まる。という事は、地方の防備がその分疎かになるという事だが。
「アンタらって、一緒に掃討戦に参加したことあったの?」
横からリリスが口を挟んだ。
「ないと思うよ」
「……あっそ」
機構は防衛と政府に内申するための戦果を重んじる。魔法少女がこれだけ役に立ったと示すことで、団体を認めさせているのだ。
だが内情は、魔法少女によって守られなかった人々も多くいる。それ以上に、魔法少女に訝しむ目を向けている人も少なくはない。
私の使役の魔法は、対少数ではなく対多数に向いた物だ。多勢に多勢をぶつけることで戦力を相殺して、あるいは一方的に蹂躙する。これが私の魔法であり、私が取れる唯一の戦い方だ。
しかしそれは同時に、少数であろうとも優位に働くことを意味する。上層部には詳細を知られているが、アイリスを含めた多くの魔法少女にこれを知られると、私はこの一件が片付いたあと、どこかの防衛に遣わされるだろう。
そうなれば手駒を増やすことが出来なくなり、千葉の時のように、少を犠牲としながら多を取るような、捨て身の戦い方を取らざるを得なくなる。
私が避けなければならないのはその未来であり、大攻勢そのものは、大した問題ではない。
かといって、ここに残ることにした彼女らの意思を私が挫くこともまたできなかった。
「そういえば、お昼は食べたの?」
「? まだだけど」
顔をあげて訊ねたアイリスにそう返すと、彼女が突然立ち上がり言った。
「じゃあなんか作ってあげる! みんなの分も!」
言いながら、アイリスは勝手に冷蔵庫を開けた。もしかして、ソファだけじゃなく、冷蔵庫も買い取ったつもりなのだろうか。