洗脳系TS魔法少女 作:悪魔的逆数提示
アイリスの料理は美味い。これは紛れもない事実だ。まるで小学生のような背丈と幼子のような発言からは想像もできないほど、店顔負けの料理を作る。
しかし一つだけ難点がある。それは、相性という物を考えない事だ。過去に一度何かで彼女の手料理を振舞われた時は、確かオムライスとビーフストロガノフと角煮が並んでいた。
角煮とビーフストロガノフに関しては主菜だし、オムライスに至っては米。つまりメインである。
オムライスはオムライスだけで食べる物という私たちの常識を超えた、次世代の食卓。
彼女はそんな、完成度だけは高い近未来な料理を作る。
しばらく水瀬とリリスの談笑を聞き流しながら待っていると、香ばしいスパイスの匂いが漂ってきた。できたよーと彼女が持ってきたのは、カレーと、そしてオムライス。紛うことなき主菜と主菜である。
またかよ、と机の前に立つ彼女を見上げると、「どう?」と自慢げに胸を張られた。
「まあ、見た目は悪くないんじゃない」
実際その通りだから褒めると、「でしょー!」と満面の笑みで台所に消えていった。
「ねえ、食器は? スプーンとかないの?」
机に並んだカレー(ルーだけ)と、卵が程よくとろとろしてる無駄に美味そうなオムライスを眺めながら、リリスが唇を尖らせた。
「一つしかなかった」
奥の方でアイリスが答える。
当たり前だ。この家は私が一人で住んでいるのだから、一人分しかないに決まってる。皿とコップはいくつかあるが、箸やスプーン、それからフォークは一組しかない。
「は? どうやって食べんのよ」
「というと思って、買ってきといたの!」
投げ捨ててあったやけに高そうな皮のバッグから三人分の食器を取り出す。
「……相変わらず用意がいいのね」
リリスがため息を吐いた。
「これ、くれるんですか……?」
「もちろん! 研修明けって聞いたからプレゼント。他にもあるよー。リリスちゃんはお金はらって」
「だから、なんでアンタらいつも私だけ奢りの輪から外すのよ!」
*
一体どこにそんな量の食材があったのか。次々に料理を運んでくるアイリスの背を眺める。
全て食べ終えた頃には三時を回り、おやつの時間だと言い始め、アップルパイを作り始める。結局、それらを食べ終えて落ち着けたのは五時過ぎだった。
六月末は、日が落ちるのが遅い。五時過ぎといっても辺りはまだ明るく、昼間と大差なかった。
魔物の襲撃が無く暇な時、魔法少女の多くはこうして集まって時間を潰すものらしい。随分と前にハエがそう言っていた。リリス以外にこれといって話せる友人のいなかった私にとって、空いた時間のほとんどは漫画を読むか小説を読むかアニメを見るか、あるいはソシャゲをするかで浪費していた。
部屋の端に置かれているPC――今はアイリスが勝手に使っている――も、そうした暇な時間を解消するために買ったものだ。といっても、PCがあるからといって、アイリスたちみたく副業に何かをしようなどという気は全くない。
「ねえ、これどうやって使うの?」
「二回クリックするのよ、一回じゃ選択にしかならないわ」
「へー。リリスちゃん、そういうの詳しいんだね」
傍に立ち説明してあげたリリスに対して、アイリスが感謝するでもなく苦笑い気味で答えた。
いつかに腐るほど聞いたセリフに思わず身震いする。
私はというと、彼女らが余計な事をしないように気を配りつつ、ソファで小説の続きを読んでいた。内容が全く入ってこないが、それは後から読み直せばいい。とりあえず少しでもマルチタスクをしていないと、心が落ち着かないのだ。
「それ、何読んでるんですか?」
横に座っていた水瀬が身を乗り出して訊ねる。
一度本を畳み、その表紙を彼女に向けた後、本自体を手渡した。
「にゅーくりあえいじ?」
慣れない口調でそのタイトルを読み上げた。
「そう。少し古い小説だけど」
この本を、私は一度読んだことがある。何かの帰りに立ち寄った伽藍洞の書店で、たまたま既視感のあるタイトルが目に入ったから買ってきたのだが。
この本を読んでいて気付いた。どうやらこの世界は、私が元々暮らしていた世界と歴史が分岐した世界らしい。なんの拍子に、どこを起点として分岐したのかまで把握するには、私の過去に対する記憶は混濁しすぎていたが、大まかな歴史の流れは私の知る物と変わらなかった。
幕府が終わり、戦争が始まり、犠牲を伴いながら敗戦して、復興が始まった。
それらが全て済んだように思われた平成のどこかで、歴史がズレる。
ズレた先の未来で魔物が出現し、魔法少女が現れ、対策機構が魔法少女を作る人体実験を開始して、国土の半分ほどを魔物に占拠されながらもなんとか持ち直した。
これが、2018年現在のこの国の歴史だった。
「難しくてよくわかんないや」
と言って、本を返される。
訳書ではあるが、別段読みにくいような文体でもないし、難解な内容でもない。
が、中学生が読むには退屈過ぎただろうか。
別に私も、面白いと思って読んでいるわけではないから、その点には同意だった。
「――ちょっと貸しなさいよ!」
「なんで! 私がつかってるの!!」
ふと目を遣ると、PCの前で二人が押し合っていた。どうやら、マウスの主導権を懸けて争っているらしい。
右のモニタには動画サイトが映っていて、もう片方は初期のデスクトップ背景。
なんの動画を見るかで喧嘩しているみたいだった。
人の物で喧嘩すんなよ。
「……にぎやかですね」
しばらく子猫のじゃれ合いを見ていると、横で水瀬がしみじみと呟いた。
「平和だね」
さっさと帰れよと言いたいのを堪えた。既に彼女らが来訪してから4時間以上は経っている。
PCと漫画小説以外に何もないこの家に何故こうも長く滞在するのか、私には理解が出来ない。
リリスの家を間借りしている水瀬はいいとして、アイリスとリリスは言い訳の余地もない。
「このまま、何事も無ければいいんですけどね……」
馬鹿でかいフラグを立てるなよと内心キレそうになると、その瞬間に、インターホンが鳴った。
「あ!」
喧嘩している二人が一斉に玄関に向かう。嫌な予感がした。インターホンはかんかんと連続で鳴らされ、早く出ろと急かしているみたいだった。
心臓に悪い甲高い音が家中に響き続ける。
今度は誰が来るんだと遅れて玄関に向かうと、丁度ドアを開いたばかりの金髪セーラー服の少女と目が合った。
「なんだその恰好」
あまりに場違いな感想が口から出ていく。セーラー服の女――ニナが浮かない顔をしていた。
「なんだって、学校の帰りだけど」
「着替えてから来いよ」
「って言われても。今すぐここに来て! っていわれたから急いできたんだけど。何してんの」
半眼を向けられる。まるでこの馬鹿騒ぎは私が悪いみたいな目だ。
「こっちが聞きたい。突然押しかけられたと思ったら居つかれた」
「え、ここ蒼依の家なの?」
「そうだけど」
言うと、それまでの何かを憂いたような顔が一転して明るくなり。
「へぇ、意外と綺麗な部屋だ」
そのまま私らを押しのけて中に入っていった。
*
「で、なんで私は呼ばれたの? 見る限り、ただ遊んでるように見えるんだけど」
「エレナの代わり」
アイリスが答える。
「声掛けたら、インスピレーションがなんとかーって断られたから、代わりに呼んだ」
「ただ遊ぶために?」
「遊んでるわけじゃないよ?」
「じゃあ何してるのこれ」
「敵情視察」
「は? 敵? 誰が」
「蒼依ちゃん」
どうやら私は敵らしい。
「どこが敵なの。味方も味方でしょ。敵だとして、あなたたちを易々と家に上げる敵がいたら、それはそれでどうなの」
私が言おうとしたことを全部言ってくれた。少し胸がすっきりする。
「そういうことじゃなくて! 蒼依ちゃん自分からなにも話してくれないから、見に来たの」
「その結果がこれ?」
机の上に散らばるピザだのコーラだのなんだのを見下ろしてニナが溜息を吐く。
「そう! おかげで少しはわかったよ」
「何が?」
今度は私が聞いた。一連の流れを通して一体何がわかったのだろう。序盤はともかく、後半に関してはパソコンの前でじゃれ合っているだけだった気がするが。
「蒼依ちゃんは敵じゃないって事がわかった」
「当たり前だろ」
思わずツッコんだ。
「どの辺でそう思ったの?」
「ツンツンしてるけど実は優しいところ!」
「へえ、よくわかってる」
何故か自慢げにニナが言う。
リリスはというと、机を挟んで反対側で、膝に顔を埋めながら体育座りしていた。
ニナが来た時点で、まだしばらく帰るつもりはないんだなと、僅かに抱いていた静寂と安寧への希望を全て捨てる。
「本当に心が広いの。あんな感じだけど頼んだら大体の事はしてくれるし」
「そう! 急に押しかけても、嫌な顔はされたけど追い返されなかったし!」
褒められているのに、全くいい気がしなかった。時刻は七時だ。この流れだと、じきに「夕飯にしよう! 私が作る!」とか言い出すだろう。より早く帰ってもらうために、ここは先手を打つことにする。
「ニナも来たし、もう誰も来ないなら夕飯にしない?」
「待って、私も一緒に食べるの?」
「無理にとは言わないよ、別に帰ってくれて構わないけど」
私としてはむしろそっちの方が好都合だ。
「そんな、嫌なわけないでしょ。いいのかなって思っただけで」
「いいよー。私が許可する!」
「ほんと? ならお願いする」
アイリスは一体、誰の許可があって代理してるんだろうか。
ニナはリリスと違って、ツンとしてるところは同じだが、申し訳ないという感情があるらしい。他人に許可されて初めて、相応の振舞いをするようになる。リリスの上位互換とも言い換えられる。
リリスはというと、まだ一言も発さず、ずっと膝に顔を埋めていた。
「でも、もうこの家に食べ物ないんだよね」
昼とおやつで全て使い切ったらしい。私が買ってきた一週間分くらいの食べ物を。
だが、ここで何か言って余計な会話を生んでは、さらに彼女らの滞在時間が増えるだけだ。慎重に言葉を選びつつ、さっさと帰ってくれるように流れを調整する。
「買い出しに行こう。まだ7時だし」
「わあ! 蒼依ちゃんが提案してくれた! デレを感じる!」
「デレてねぇよ」
「じゃあ行こう! 一緒に行くのは私と蒼依ちゃんだけでいい?」
なんで私が行くことになっているのかについては、この際聞かないことにした。最悪脱線して変な物を買ってこられるより、私が行って監視してた方がいいだろう。
「私も行く」
ついでニナがアイリスの指を掴み、水瀬は「私は待ってます」とにこやかに答えた。
残るはリリスだけだが。
「……私はいいわ。わざわざ四人で行く必要もないでしょうし」
と、親戚の集まりで親に叱られた、不貞腐れる子供のような表情で、体育座りのままそういったので、置いていくことにした。
「行ってくる!」と先に出ていったアイリスを追うように、ニナが玄関に向かう。
「いいの? 来なくて」
リリスにそう尋ねると、彼女はやっと顔をあげてくれた。
「あまり大所帯は好きじゃないのよ。出来るなら二人がいい」
「そっか」
意外にも、彼女は騒がしいのが苦手らしい。あるいは何か別の意図があるのかもしれないが、私にそれを察せるだけの力はなかった。
「じゃあ、行ってくるね」
「ええ、ああそう、魚はいらないわ。私の分で考えるなら、野菜と肉にしてくれると嬉しい」
彼女の希望に首肯して、踵を返した。
*
玄関を出ると、既に二人の姿は見えなかった。待っていてくれるとか、そういう気遣いはないのかと溜息を吐く。
この辺りから一番近いスーパーまで徒歩五分の距離だから、まだそう遠くには行ってないだろう。
このまま家に戻っても良かったが、二人を野放しにする方がいけない気がして、少し小走りで駆けた。
「あ、きた! 遅いよ」
マンションを出てしばらく道なりに進んだ街路樹の傍で二人が待っていた。
どうやら、この辺りの土地に詳しくないせいで、どこに何があるかわからなかったらしい。
「ごめん、リリスと話してた」
「あー、なんか元気なかったもんね」
アイリスも流石に、リリスのそれには気付いていたらしい。気付いた上で、特に気にしていなかったのだろう。
「で、どこにあるの? お店」
「まっすぐ行けばあるよ。すぐ近くに」
「そうなんだ。じゃあ歩こう」
と言って、アイリスが数歩駆け出しこちらに振り返った時だった。
街に等間隔に置かれたスピーカーから、甲高くけたたましいサイレンが鳴った。
「え、今?」
アイリスがあからさまに面倒くさそうな表情をする。
「少しは空気読んでよ! 二週間も音沙汰なかったくせに!」
彼女の文句を聞き流しながら、情報端末から詳細を確認する。
正体不明のレベル4の魔物が、群れの規模で北から南下中。液晶にはそう表示されていた。
貧乏くじを引いた。余計な事を考えて彼女らに付いていったせいで、あろうことか私を良く知らない二人と共に掃討に当たらなければならなくなったようだ。
私が一人で行くのも手だが、洗脳はそう連発できるものではない。それに、群れである以上は多少手駒を消費しなければならず、ここは素直に二人を頼った方が、全体の損失は軽微に落ち着く。
「二人が一緒に良かった。さっさと行こう」
私はそう言って、市街地との境界線になっている目的の森林地帯に向かった。
ブックマークすらつけず低評価をぽちぽちして去っていく奴って(以下略