洗脳系TS魔法少女 作:悪魔的逆数提示
街灯数本の明りが遠くに滲む、小さな薄明かりの、長い国道の真ん中で、深更の暗闇をただ茫然と見上げていた。空からはとめどなく雪が降りしきっている。闇からしんと振り続けるそれを指でなぞり、ただ呆けたように、自らの体に付けられた未だ血の四垂る傷に雪が降り積もっていくのを眺めた。
何時間もあるいは数日、彼女はそうしていた。父が死に、母は臓物を食い荒らされた。祖父は母を庇って死に、友達は、逃げ遅れて胸上を裂かれた。
そんな様を、もう何度も見てきた。終わってしまった。自分以外の全てが、停滞していく。10歳前後の幼子にとって、それらは許容できる量を遥かに超えた、致死量の悲しみであった。
故に、笑う事もなく、泣くこともなく、終には口を開くことすらなくなった。
そんな彼女でも分け隔てなく接してくれた彼女たちですら、こうして死んでいくのだ。
彼女の閉じた世界には今、彼女と、この深更の白以外の何も存在しない。全て、消えてしまった。
「何してんだ」
声を掛けられたことに気付くまでに、その言葉の意味を理解できるまでに、少し間が空いた。仰向けに寝転がりながら、降りしきる雪からそっと目を離して、声のするように視線を動かす。
「雪を見てる」
少女がそう答えると、銀髪の彼女は小さく、「風邪ひくよ」と呆れた声で言った。
風邪など、引いたところで何もない。それで死ぬことも、誰かを傷付けることもないのだから。
あなたには関係ない、そう言おうとしたとき、少女が、自分の横に座った。
「別にこれは、君を心配してるわけじゃない」
「じゃあ、なに?」
連れ帰るでもなく、ただ一緒に雪を眺めてくれる少女の事が気になって、そう訊ねた。名前は知らないし、その顔だって、見たことがない。それでも、彼女の間の取り方は、少女にとって心地の良い物だった。
「君に風邪をひかれると、私が困るんだ」
「どうして?」
「同じ哨戒班になったから。君を連れ帰ってくることが、私に与えられた最初の仕事なんだよ」
「そうなんだ」
そんな話聞いたことが無かった。一体自分がどのくらいの時間、ここにい続けたのかも、少女にはもうわからなくなっていた。
ただ、ここで彼女に付いていけば、また誰かが死ぬかもしれない。そんなの、もう耐えられなかった。
「もうちょっと、ここにいたい」
けれど、いつまでもこうして先延ばしにすることはできない。お役目として、許される事でもない。
「なら、私も付き合うよ。気が済んだら教えて。その時は一緒に帰ろう、アイリス」
「……うん」
それが自分の名前だと気付けるまでに、また時間がかかってしまった。自分でつけた物だというのに、どうしてか。
*
居住区と魔物の領域を分ける境界線は山脈手前の森林地帯にある。この森林からさらに北に進んだ、山脈手前の区域が魔物地帯であり、そこから人里に降りてくる魔物は、必ずこの森林を抜けて、住宅地に繋がる、一本だけ通ったこの道路に出なくてはならない。
魔物の跋扈する地域と人の居住区を隔てるために、住宅地との境界線に、高さ5メートル前後の壁が作られている。その壁からさらに手前には金網が敷かれ、さらに手前にはもう一枚同じ壁が立てられる。三重に立てられた防護壁だ。結界を張ることの出来ない東京や大阪と言った大都市以外の地方都市は、こうして魔物の侵入を防ぐほかに、出来る事が無い。
ただこの壁は、魔物の侵入と同時に、人間の移動も制限することになる。そのために一本だけ、森に出ることのできる通路が設けられていた。
故に、まだ侵入してきていない魔物を迎え撃つのであれば、この道の前に陣取れば良い。簡単な話だ。
「来たみたい」
横で、ニナが静謐な声で言った。魔物相手に緊張しているわけではないが、私と並ぶことが初めてであるから、少し心配そうだった。
だが残念ながら、今回私にできることはない。
「あれは? 小さくてよく見えない」
「お腹を空かせた餓狼種ってとこかな。群れの数も、見た感じ20はいそう」
目を細めて覗き込むニナに説明する。
「よかった、狼ちゃんで。群れの数が問題なだけで、一匹一匹はそんなに強くないし」
餓狼種——私が団地前で洗脳した魔物と同じ種だ。一個体だけなら、そのレベルは2の上位か3だろう。問題は群れで行動するという事で、この数が100を超えると、一気に5や6にまで跳ね上がっていく。
「私は右を行くから、アイリスは左。蒼依は、」
「それなんだけど、私の魔法は魔力の消費が激しいから、二人が打ち漏らしたやつをここで死守する、ってのはどうかな」
「固有魔法の話?」
「そう。それに、これは人前では使えないんだよ」
「はあ……?」
明らかに怪しまれている。が、実際しょうがない。使役している魔物は、私に対しては絶対服従であり、同様に使役されている魔物に対しても友好的ではあるが、他の人間に対してはその限りではない。
今回のように、群れの中に突っ込んで蹴散らすような構図を取るのであれば、私の出す魔物たちは、彼女ら二人も同様に襲いかねない。
「まあいいや。あなたがいうなら、とりあえずその通りにする。アイリス、先に行くね」
そう言って、ニナが駆け出して行った。正直なところ、別にニナ一人でもやれない事はないのだろうが。
「あー! わたしのお金!!」
と、すぐにアイリスも駆け出して行った。ニナの手にはステッキが握られている。風の魔法を操る彼女は、固有魔法など使う必要もなく、一般攻撃魔法だけで狼を切ることが出来る。
一方で狂戦士――アイリスは、赤黒い色の長剣を一本ずつ両手に持ち、すれ違う狼をかたっぱしから両断していた。
これでは、私のところに回ってくる狼などいるわけないか、と嘆息する。森の入り口に、恐らくは駆逐数で揉めているであろう少女らの言い合うような声が響く。
小競り合いながらも、狼は徐々に数を減らしていた。だが、違和感がある。この群れには長となる個体がいない。
「多分、後からもう一波来ると思う」
20数匹を討伐し終えた二人に近付き、そう報告した。
「ボスがいなかった。いつもなら大きな狼ちゃんが一匹真ん中にいるのに、今のはみんなちっちゃかった」
「そう。群れは指揮が無ければ動かない。多分これらは様子見に放たれた第一部隊で、後から別なのが来ると思う」
「地震速報みたいに、予想される出現数とかも書いてくれればやりやすいんだけど」
ニナがため息交じりに言った。セーラー服には、返り血らしき黒っぽい血が付着している。
「ま、なんでもいいけどね。それより、早く帰りたいよね? アイリス」
「……なんでそんなこと聞くの? 魔物退治を喜んでやる人なんかいないのに」
ニナにジト目を向ける。
「なら、こちらからお迎えに行ってあげない? しばらく進んで何もなかったのなら帰る。いたら全部駆逐してから帰る。これでどう?」
「……たしかに。まってるより早く終わるかも!」
二人がこちらに視線を送った。どうやら、最終決定権は私にあるらしい。
「任せるよ。今回は私、何もしてないんだし」
「やった! 決まりね」
そう言って、ニナが上機嫌に森の道を進んでいった。
対してアイリスはその場に立ち止まり、死んだ小さな狼を見下ろしている。
「可哀想」
そう呟いたのが耳に入った。
「魔物に同情なんてするタイプだっけ」
「わ!」
突然後ろから話しかけたからか、叫ばれてしまった。振り返ったアイリスの目には、恐怖と悲しみといった、様々を綯交ぜにしたような名状し難い感情が滲んでいる。
「ごめん、聞こえたから」
「……聞かなかったことにできる?」
すんと私を見詰めるアイリスから、思わず目を逸らす。普段ずっと笑んでいる彼女の、怒りとも悲しみともつかない表情を見るのは、いつ以来だろうか。
「私に似てるなーって思っただけだよ」
「アイリスに?」
「そう」
何も答えず黙ったままでいると、彼女はそう話し始めた。
「小さいから多分、生まれたばっかりだったんだよね」
彼女の眼下に横たわる狼は、全長1.2メートル程の、餓狼種の幼体だ。おそらくは生後半年か、長くても一年に満たない程度の生まれたばかりの個体。
「だから、可哀想だなって。目的もなく、利用価値もなく、ただ殺されるだけなんてかわいそうだよ」
私は何も言えなかった。それと彼女がどう似ているのか、私にはよくわからない。
「もし、殺さないでいれるなら、本当は殺したくないのにな」
それはきっと、全ての人が願っている事だ。誰も殺さず、誰も殺されない世界。そんなものがあればよかったと、きっと誰もが願っている。
歴史の分岐したこの世界で、人は以前よりも、簡単に死んでいく。
「私たちが殺さなかったとしても、きっと誰かはこの子たちを殺すよ。私たちが死ななかったとしても、他の誰かが死ぬのと同じように」
そう言うと、今度は彼女が黙った。辺りに散らばる20を超える狼の死体は、両断されているものや、内臓をぶちまけているものなど、見るに堪えないものばかりだ。
けれど、その中のいくつかは、綺麗な状態を保って横たわっている。
彼女は、そういう殺しをするらしい。
「……知ってるよ。わたしは運がよかっただけだから。最初から今までずっと、運が良かっただけ」
「運だけで生き残れるほど人は強くない」
「なら、わたしは人じゃないのかもね」
彼女はそう言って笑った。思わず呆気に取られて、その場に立ち尽くした。
「あの時、迎えに来てくれたのが蒼依ちゃんで良かった。先行くね、ニナが可哀想だから」
「……ああ」
一体いつの事だろうか。考えていると、奥の方から悲鳴がした。今しがた歩き出したばかりのアイリスの背は見えている。
となれば、考える間でもなくニナの物だが。
「蒼依ちゃん」
アイリスが振り返る。
「行こう、一緒に」
「……うん」
手を取られ、走り出した。ニナは弱くない。それどころか、全ての魔法少女を束ねても勝てるか怪しい程の戦闘能力が、彼女の魔法にはある。にも関わらず、彼女が声をあげる程の敵とは、三人で手に負える物なのだろうか。
胸中に不安が募っていく。
いざとなったら二人を下がらせて、私が前に出ればいい。だが、間に合わなければそれで終わりなのだ。
「——ニナ!」
姿が見え、手を離しアイリスが駆け寄る。すぐに私も追いつこうと走るが、視界に入ったのは、あまりに予想外な物だった。
「——ちょっと二人とも! 何してたの!? 早くこのねちょねちょをどうにかして!! 気持ち悪くて視界にも入れたく――ひゃ、!」
ニナが対峙していたのは、全長三メートルほどの巨大なナメクジ。それ以外はいないようで、ナメクジの傍には無数の狼の死骸があった。
「え……」
あのアイリスがため息を吐いている。
「蒼依ちゃん、あれ、頼める……?」
と思ったら、それは溜息ではなく感嘆で、アイリスも後退りしていた。
厄介なことになったなーと、今度は私がため息を吐いた。
summer pocketsに脳を焼かれました。なぜこの世界に鴎はいないのか。しろははどこですか?どこに行ったら会えますか?