洗脳系TS魔法少女 作:悪魔的逆数提示
必要なのは富でも名声でもない。尊厳である。己が尊厳を守り、尊厳のもとに死ぬこと。それが人の求める最終的な到達点であり、尊厳に則る死以外の終点は、到底認められるものではない。
*
「——ひいぃぃい!!」
高さ一メートル、全長三メートル前後の巨大なナメクジが、子供が駆ける程度の速度で森の中をねちょねちょと進んでいく。傍には無数の溶けた狼の死体が転がり、眼前には金髪セーラー服の少女。
逃げ惑う少女を何としてでも捕まえようとねちょねちょするが、その速度はお世辞にも早いとは言えない物で、追いつく気配はない。
少女の方も負けじと懸命に逃亡を図っているが、地面に付着したねちょねちょによって足を取られ、思うように進めないみたいだった。
「ちょっと、なにしてるの!? 見てないで助けてよ!!」
「えぇ……」
あのアイリスまでもがジト目を向けている。
助けてと言われても、粘液の膜に保護された体表は、恐らく並みの攻撃では傷すらつかない。あるいは、傷つけることが出来ても、すぐに癒えてしまう。
つまり、模倣して作り出した長剣を使うアイリスからすれば、最も相手にしたくない魔物と言えるだろう。
一方私は、ここで何かを召喚して戦わせることも出来るが、ナメクジから1、2メートルの距離を逃げ回っているニナを巻き込まない保証はない。
助けたいのは山々だが、生憎切れる札が無かった。
「魔法を使えばいいんじゃない?」
金髪を靡かせるニナに向けて叫んだ。この三人の中なら、あれを駆逐できる可能性が高いのはニナだろう。
「そんなのもう試した! なんか無効化されたの!!」
だが、返事は絶叫だった。
「風刃が無効化? どうして?」
アイリスが不思議そうに呟く。五大元素の内の一つである風は、その他の元素に比べて切れ味が鋭い。使い手によっては切れない物の方が少ないはずだが。
「粘液が! 多分何層にも重なってて!! 肉まで届かないの!!」
ニナが足を踏みしめる度、ねちょねちょと音を立てて地面が鳴動する。ついでナメクジがその分地面を這い、こちらでもねちょねちょと音を立てる。街灯のない午後七時過ぎの森の中。
少し開けた木々に囲まれた、街中の公園程度の広さの空間で、ねちょねちょとねちょねちょが鬼ごっこをしている。
ここで外野がするべきことは、状況を打破する方法を考える事だ。考えろ。この状況を覆すためには、まずはあの粘液をどうにかしないといけない。だがニナは、粘液は何層にも掛けてあの体を保護しているという。
ニナの魔法で破れたのはそのうちのいくつかで、一般攻撃魔法では歯が立たない。
「固有魔法は?」
ならば、ニナの固有魔法はどうだろうか。彼女の固有魔法は、彼女が操れる風という属性を最大まで解釈した物だ。
「こんなとこで使ったら木が吹っ飛んでってとんでもないことになる!!」
「えぇ……」
アイリスがまたため息を吐いた。だが確かに一理ある。確かにナメクジの体表を覆っている粘膜は吹き飛ばせるかもしれないが、吹き飛んだねちょねちょがどこに行くかわからないし、何よりあたりの木々までもれなく吹っ飛んでいくことになりかねない。
「蒼依が! なんとか! しなさいよ!!」
「無理」
「なんで!?」
「無理だから」
「はぁ!?」
ニナが絶叫する。
だが無理な物は無理だ。諦めてくれ。
あれをどうにかできる魔物なら幾つも持っている。しかし、どれも犠牲を伴ってしまう。
「いや、待って」
一つだけ有効な物があった。
随分と前に、かわいいからという理由で殺さないでいた魔物なのだが、それなら使えるかもしれない。それも、二人に魔物だと気付かれることなく、ナメクジの動きを止めることが出来る。
ナメクジの生命を唯一脅かすことのできるカウンターだ。
右手に魔力を込めていく。瞬間、全身を巡る血液から染み出した魔素が皮膚を滑るように流れ出し、鏡面を形成。そこから一匹、50センチ程のウミウシが現れた。
「……なにそれ」
白と青、それから黄色の斑模様が綺麗な、かわいらしい生物。だが残念ながら魔物で、目に見える物も、実際は目でなくそういった模様。さらに、魔物であることから、元のウミウシが持っていた生物としての能力が強化されているようで、人程度のサイズなら丸飲みできる。その上、このウミウシは人以外を食べないという偏食家でもあった。
「まあ、見てて」
とうとう驚かなくなったのか、あるいはなめくじが嫌いなのか、突っ立ったまま動かないアイリスを横目に、ウミウシを両手で抱え、逃げ惑うニナのもとに向かう。元が凶悪な肉食生物だとしても、今は私のペットだ。それに陸上であれば自由に動かれる心配もない。
「——あれに海水を吐き出せ」
命令に合わせてウミウシが肥大化し、口――のように見える部位から、シャワー上に拡散した海水を吐き出した。
「な、水!?」
ニナが困惑する。そのすぐ真後ろで、海水シャワーを正面から喰らったナメクジがくねくねと悶え始めた。
「対ナメクジ特化武装だよ」
「……塩ってこと?」
「まあ、そう」
アイリスが呆れたように言った。
だがしかし、有効であることには変わりがない。ナメクジは悶え苦しみ、浸透圧によって徐々にその体が小さくなっていく。一回り、二回りと徐々に縮小していく。
発声器官が無いせいでその声までは聞こえないが、相当に苦しい事はわかった。
やがて次第に、その動きが遅くなっていき、ついには完全に止まった。
大きさは元の三分の一以下。全長一メートルない程度の、ナメクジを化物サイズにした魔物に成り果てる。
「これなら風で切れるんじゃない?」
提案すると、ニナすら呆れたようにこちらを見た。
「なにそのウミウシ」
「……模倣した」
「模倣? それがあなたの魔法なの?」
「まあ、そうともいえるかも」
適当に濁すと、さらに訝しむ目を向けられる。
「まあいいや、後で詳しく聞くから。それで、このナメクジだけど、私がもらってもいい?」
「いいよきもちわるいし」
アイリスが答える。私は別に駆逐数に拘っていないから、その辺りはどうだっていい。
二人がナメクジに夢中になっている間に、こっそりウミウシを影に返す。
「で、何しに来たんだっけ」
「買い出しだよ」
アイリスの言葉で、不貞腐れていたリリスの顔を思い出す。
「早くしないとリリスに怒られそう」
「……そうだね」
狼の事があったからか、最後までアイリスは浮かない顔をしていた。普段は喧しい彼女からは想像できない表情だ。
どうして子狼を殺しただけでそこまで考えこむのかも、私がいつ彼女を迎えに行ったのかも、正直何一つわからないし覚えていない。
ただ、目の前で元気をなくされると、流石に心配にもなる。
「ねえ蒼依ちゃん」
「ん?」
着替えたいと言い出し先に帰ったニナを送り、二人で住宅地を歩いていると、アイリスに突然名前を呼ばれた。
横を見ると、先程から何一つ変わっていない虚ろな表情をしたアイリスが、前を茫然と見つめているのが見える。
「また会えて、良かった」