「しっかりしてください!大丈夫ですか!?」
駅員の呼びかける声に大吾は目を覚ました。知らない顔に囲まれながら、床のタイルの硬さが伝わってくる。
「大吾!おい!大吾!」
心配そうにこちらを見つめる健斗。どうやら、気を失っていたらしい。
「.....すいません、もう大丈夫です」
身体を起こしながら、大吾は若干の頭痛に頭を抑えた。
「無理しないでくださいよ、あまり動かないでください」
大吾の無事を確認すると、駅員たちは去って行く。
「何があったんだ?ちょっとはぐれた間に倒れてたから心配したぞ」
「....うん。大丈夫.....だと思う」
「あまり動くなよ。水飲むか?」
口を付けないように、健斗の水筒の水を飲んだ。
冷たい水が喉を通っていく。さっきまで霧がかかっていた脳内が少しすっきりした。
「外、すごいことになってるぞ。ほら」
健斗はスマホの画面を大吾に向けた。上空から撮影されたライブ映像が、怪獣の姿を鮮明に映している。
立ち並ぶ建物が、いとも簡単に薙ぎ倒されていく。時折怒号を上げながら、怪獣は東京の街を蹂躙していった。
ふと、歩みを止める怪獣。
ワニのような顎が開かれ、目を見開いたかと思うと、喉の奥が赤く発光し始める。
その直後だった。
怪獣の口から、紅蓮に燃え盛る炎が噴射される。コンクリートの町並みは、一瞬で火炎地獄へと変貌した。
巨影。
炎。
黒煙。
大吾が見たビジョンと目前の光景が交錯する。
まさか、さっき見たのって....
先刻見た光景を思い返す大吾。
巨獣。炎。血。
そして、
無。
....いや、考えすぎだ。
大吾は、水を口に含んだ。
ニュースの映像は、すぐにスタジオへと切り替わった。
「えー、ご覧いただいた通り、巨大未確認生物は依然活動を続けており―――」
ニュースアンカーの報道など、耳には入ってこなかった。大吾と健斗は顔を見合わせる。
「見たかよ、あれ?」
「....あぁ」
「これからどうすりゃいいんだよ、俺たち?」
「俺に聞くなよ。俺だってわかんねーよ」
その時。
不気味な警音が画面から流れてくる。緊急事態速報の警音だ。
アンカーが横から運ばれてくる資料に目を通す。姿勢を正し、冷静を保ちながら、アンカーは画面に向かって語り掛けた。
「えー、ただいま速報が入りました。現場の避難完了の報告を受け、自衛隊の空部隊が未確認巨大生物の迎撃を開始する、とのことです」
「おぉっ」と嬉しそうな声を漏らす健斗。大吾もほっと胸を撫で下ろした。良かった。自衛隊が出動したなら何とかなるだろう。
「視聴者の皆様には申し訳ございませんが、作戦の詳細は機密事項となっているため、中継映像をお見せすることはできません」
なんだよ、俺たちにも見せろよ、とヤジを飛ばす健斗。避難している周りの人々からもブーイングが聞こえてくる。
「あーあ。俺たちここで待ってろっての?」
「ま、いいじゃんか。きっと何とかしてくれるよ」
舌打ちをしながら、スマホのゲームを立ち上げる健斗。さっきまで怪獣災害に立ち会っていたとは思えない。
「サーバー、ダウンしてないかな....」
いや、そこかよ。そう突っ込みを入れながら、大吾は大きく深呼吸した。
巨人やら破滅のビジョンやらを見せられて少しパニックになっていた大吾だったが、どうやらあれはただの夢だったのかもしれない。
そうだ、まずは母さんに連絡を入れないと。きっと心配してんだろうな。
そう思いながらスマホをポケットから取り出した直後だった。
「随分呑気だね。そんなことしてる暇ないと思うよ?」
聞きなれない声に、ふと振り向く大吾。
そこには、色白の美男がすぐ横にしゃがんでいた。
真っ黒なフードを着込み、やけに大きな黒目がこちらをじろじろと見つめている。
「うわっ....」
「しッ」
声を張り上げそうになる大吾の唇に男は人差し指を置いた。
「あんまり騒がないでよ。ボクの姿は君以外に見えないんだから」
男とも女とも言えない、中性的な声で囁くように語りかけてくる。あまりの状況に、大吾は声も出せないでいた。
「ね、外がどうなってるか、見せてあげよっか?見たいでしょ?そうでしょ?」
大吾が答えるより先に、男は雪のように白い手をフードから伸ばし、彼の額に当てた。
その手が額に触れると同時に、大吾の目の前が真っ暗になる。
「おい、何を....」
言い終わらないうちに、視界は元に戻っていった。しかし、見えているのは男の姿ではなかった。
晴れ渡る空、立ち上る黒煙、一面に広がる炎。
そして、怪獣。
紛れもない、外の景色だった。
ニュース映像よりもはるかに鮮明に、外の惨劇が脳裏に映し出されていく。
「何がどうなって....」
バルバルバルバルバル―――
不穏な回転音が鼓膜に響いてくる。自衛隊のヘリだった。
全方向から怪獣を包囲したヘリたちは機関銃を向けながら、迎撃の態勢に入っている。
バババババババババババババババババ
けたたましく鳴り響く機関銃。
四方八方から、赤く熱を帯びた弾丸が空を切っていく。
しかし、それは無力。
岩のような怪獣の表皮は、弾丸を小石の如く弾き飛ばしていった。
「マジかよ!?」
しかし、ヘリ隊にはまだ切り札が残されていた。
後方で待機していたヘリから、一発のミサイルが緩やかな弧を描き、怪獣へと突進していく。怪獣に接触したそれは、派手な爆発と共に黒煙を巻き上げた。
怪獣の口から低い唸り声が漏れる。追い打ちをかけるように、周りのヘリたちも一斉にミサイルを発射した。
怪獣の姿が爆発の中へと消えていく。
ヘリ部隊による一斉爆撃は、弾数が尽きるまで続けられた。
最後の一発が着弾し、爆音が鳴りやむ。黒煙に包まれ、獣の様子はうかがえない。
少しずつ黒煙が晴れていく。怪獣の輪郭が、薄っすらと形を成していった。
怪獣は、まだ立っていた。
白い眼がぎょろりと周りを見渡し、大きく開けられた口が赤々と燃え盛っている。
そして―――
不意打ちだった。
口から発せられた火炎は、ヘリ部隊を容赦なく呑み込んでいく。
「嘘だろ....」
一機、また一機。
炎を引きながら街に墜ちていくヘリを見ながら、大吾は戦慄した。
「ほら、だからそんな暇ないって言ったでしょ?せっかくティガがキミを選んでくれたんだから、ちゃんとしないと怒られちゃうよ?」
ティガ?今、こいつティガって言ったのか?
なぜ、こいつがティガの名を?
「じゃ、ボクそろそろ行くね。面白いもの、見せてよね?」
「おい、待て―――」
目の前がまた暗くなる。
視界がまた開けたとき、男はそこにいなかった。