あの男は、朝露の如く姿を消していた。
周りを見渡す大吾。さっき起こった異変に気付いている人はいないようだった。
再び、スマホから警音が鳴り響く。
「何だよもう、これからラウンド始まるって時に」
「....やられたんだ」
「え?」
「やられたんだよ、自衛隊が!」
「んなわけあるかよ....」
馬鹿にしたような健斗の表情が、通知に目を通すにつれて曇っていく。
緊急事態速報
本日、午前8時48分に実行された巨大未確認生物迎撃作戦では、標的の活動停止には至りませんでした。
標的は、依然として活動を続けています。
自衛隊は避難指定区域を更新し、作戦の第二段階を実行する予定です。
まだ避難が完了していない場合、係員の指示に従って安全な建物へ速やかに避難してください。
今後の情報に気を付けてください。
「....なんで分かったんだ?」
「え?」
「自衛隊がやられたって、なんで分かったんだ?」
「それは....」
―――違和感。
右ポケットが、少し熱を帯びているように感じる。
大吾が手を突っ込むと、入れた覚えのない何かが入っていた。
それは、不思議な形をしていた。
歴史の教科書に出てくる祭具のようで、上端が2股に分かれたY字の形をしている。握り手部分には見たことのない文字が書かれており、ダイアルのような溝が刻まれていた。その先端には透明な結晶を中心に、翼のようなパーツが左右に分かれており、結晶部分からはかすかに光が漏れている。
「.....なんだよ、それ?」
健斗に何と答えればいいか、大吾には分からなかった。
右手にそれを握りしめたまま、大吾は黙り込んでいた。中央の結晶を睨みつけるその横顔を、健斗は困惑した顔で覗き込む。
大吾は何も言わないまま、すっと立ち上がった。
「おい、大吾、どこ行くんだ」
答えないまま、大吾は歩き出した。困惑しながら、健斗もその後をついて行く。
足早に、人気のない所へと進んでいく大吾。健斗が行き先を尋ねても、彼は口をつぐんだまま足を止めない。「いい加減にしろ」と健斗はしびれを切らし、前に回り込んだ。
「さっきから何なんだよ。急に気を失ったと思ったら、変なモノ拾ってきたり...」
「拾ったんじゃない」
ポケットに手を入れ、再びあの器具を取り出す。
「気が付いたらポケットん中に入ってたんだ」
「なぁ、お前大丈夫か?さっき倒れた時に変なとこ打ったんじゃねーの?」
大吾は大きくため息をつき、ぽつぽつと話し始めた。
「俺の勝手な妄想かもしれないけど...
「....いやいやいや。そんなわけないっしょ。てか、何なんだよ、それ?」
「さっき、気を失ってた間、俺は巨人に会ったんだ。巨人は俺にビジョンを見せた。街に怪獣が現れて、全てが終わっていくビジョン...このままだと、その通りになっちゃいそうな気がする」
答えになってないんだけど、と突っ込むより先に、大吾はまた語り始める。
「そしたら、黒いフードを被ったヤツが隣にいて、俺に外の景色を見せたんだ。自衛隊がやられたって誰よりも先に分かったのも、それが理由なんだよ」
あぁ、そうか。こいつはショックでおかしくなったんだ。そう思い込むことで健斗はなんとか状況を理解しようとした。
そうだ、そうに決まってる。巨人だの、黒フードの男だの、そんなこと――
「『そんなことあり得るはずない』、そう思ってるだろ?俺だってそう思いたいよ。でも、俺は見たんだ!」
「なぁ大吾、悪いことは言わねぇから、もっかい先生に頭、診てもらったほうが――」
「じゃあ、これはどう説明するんだ?」
右手の器具を健斗に突き付ける。戸惑いながらも、それを手に取る健斗。金属とも石ともつかない、ひどく滑らかな手触りだった。ずっしりと重く、わずかに温もりさえ感じられる。
そう、問題はこれだ。こんなものがそこら辺に落ちているとは考えられない。デザインだけ見ると特撮ものの変身グッズのようにも見えなくもないが、レプリカにしては出来が良すぎる。
反論の言葉が見つからないまま、健斗は大吾にそれを返した。
「何か、意味があるはずなんだ。これがこのタイミングで俺のところに来るってことは...」
握り手の部分を見つめて行くうちに、大吾はその一部がわずかにくぼんでいることに気づいた。親指を添えると、ちょうど指先が収まるほどの大きさだ。まるで、これがスイッチになっているような感触だった。
「お、おい。あまり触んねー方がいいんじゃ...」
ガチッ。
親指に軽く力を入れると、何かが
ガチャ。
金属音と共に、握り手部分のダイアルの一つがわずかに回転する。
ガチャ。
次に、その上のダイアルがまた一回転。
「えっ?」
驚いた表情の大吾。
いや、お前が驚いてどうするよ。
ガチャガチャ、ガチャ、ガチャガチャガチャガチャ。
スイッチから指を離しても、回転は止まらない。
右へ、左へ。何かのプログラムを実行するように、古代文字列が並び替えられていく。
「え?ちょ、え?え?え?え?」
大吾に釣られ、健斗も動揺する。
「おま、一旦手ぇ離せよ」
「いや、離れないんだって、え?え?ちょっ———」
ガチッ。
回転が、止まった。
顔を見合わせる二人。
そして、次の瞬間。
ガシャッ。
結晶の光が明らかになり、両端の翼が同時に開く。
かすかに熱を持っていた右手のそれが、どんどん熱くなっていく。
「お、お前、なんか光ってっぞ!??」
動揺した健斗の表情が、白い光の中へと消えていく。
それが、大吾が最後に見た景色だった。