キリエルの庭
その小学校は、3年前に廃校となっていた。
少子化の影響で閉校まで追い込まれたものの、再利用の目途が立たなかったため当初の面影を残したまま校舎はゆっくりと年を取っていた。
一週間に一度ほど、体育館には人が集まっていた。
埃っぽく、少しかび臭い空間にパイプ椅子が並べられ、2、30人ほどの人数が集まっている。
学生、主婦、サラリーマン。
皆、表向きは何の変哲もない、普通の人たちだった。
コツ。コツ。コツ。
黒い革靴を鳴らしながら、黒いローブに身を包んだ男が体育館に入ってくる。
静寂に包まれていた空間が、一斉にざわついた。
「
「東先生、あの怪獣は本当に私たちが呼び寄せたんですか?」
「東さん、こんなクソみたいな社会をぶっ壊せるって本当なのかよ?」
視線を正面に据えたまま、男はコツコツと足を鳴らしていく。
男は舞台に上がり、演台の前に立った。頭にかぶっていたローブをひらりと下し、パイプ椅子に腰かけた面々を見下ろす。
じっと群衆が静まるのを待ちながら、東は黒縁の眼鏡の奥から射貫くような視線を部屋の隅々に巡らせた。
彼の視線が体育館を一巡するころ、部屋は再び静寂に包まれた。
「本日もお集まりいただき、ありがとうございます。アーベル様も、皆さまのご参集を喜んでいらっしゃるでしょう」
少しの間静まった群衆も、堰を切ったように演台に立つ東に向け言葉を投げかける。
「あの巨人は、ウルトラマンとは何者なのです!?」
「あの巨人の名はウルトラマンではありません。アーベル様はあの巨人のことを『ティガ』とお呼びになりました。それがアレの本来の名なのです」
「なら、今すぐあいつを殺してしまいましょう!奴がいる限り救済が行き届くことはない!」
「稲川さん、あなたはあの巨人を恐れているのですね」
「恐れているわけではありませんが…」
険しい表情をにこりとやわらげ、東は諭すように答える。
「アーベル様は、ティガはまだ生かしておくべきだとおっしゃいました。彼が現れることは、アーベル様は既に存じ上げていたのでしょう」
「なぜ?このままでは私たちの努力は水の泡と化すばかりだ」
「アーベル様のお考えは、私たち凡人には理解できかねることがあります。それでも、現に救済の第一歩は始まりました。ほら、現にこんなに多くの人に集まっていただいている」
実際、数日前まで信者は十人にも満たなかった。それが、ゲノゴーグ出現を境に今の人数まで急激に増加したのだった。信者たちにとって、それは「アーベル様」の教えの何よりの裏付けとなった。
「もうすぐです。もうすぐアーベル様が次なる指示を与えてくださることでしょう」
東が視線を向けた先には、水彩画の肖像画があった。
黒いローブに身を包み、銀色の面をかぶった男の後に光明がさしている――欧州の教会に飾ってありそうな代物だった。
「それにしても、これだけ信者が増えれば変な噂が立ちはしませんか?もちろん、我々はなるべく周りの人間たちに悟られないようここへきているつもりですが...」
「いいのです。『シナリオ』が動き出してしまった以上、これを止めることはもう誰にもできません」
東は群衆の中の一人に視線を移した。
「あなたはさっき、この社会を壊せるのか、とお聞きになりましたね。少し訂正させてください。私たちは何も世界を滅ぼそうとしているのではありません。いずれ訪れる終焉の時計の針を、少しばかり早めてやろうとしているだけです」
相手の男はあっけにとられながらも、東から視線を逸らせなかった。彼の瞳の奥に宿る静かな炎が、目を離すことを許さなかった。
東の表情は、至って真面目だった。その曇り一つない眼差しに、男は一片の恐怖心すら覚えた。
「ところで、ここに来られたのは初めてですか?」
「は、はい。増田雄三といいます」
東は満面の笑みを浮かべた。
「ようこそ、キリエルの庭へ。キリエルの民を代表して、あなたを歓迎します」
引きつっていた増田の頬が、かすかに緩んだ。