それから三日間、怪獣災害への対応のため、学校をはじめとする公共施設の多くが三日間閉鎖された。
ただし、民間企業には休業は義務付けられなかったため、一穂のパート先の飲食店も休みとはならず、「いいわねぇ、学校休みで」とお小言をこぼしながら出勤していった。
「何があるかわからないから外出は控えなさい」と一穂から言われていたものの、大吾はこっそり健斗の家に遊びに行っていた。健斗の家は共働きなので、日中は基本留守だった。二人ともティガの力についてやスパークレンスの仕組みについて興味津々だったので、ひっそりと研究会を開くことにした。
まず、二人は握り手に刻まれた古代文字について調べてみた。
検索サイトやAIを使ってみたが、該当する言語は見つからない。ヒエログリフに若干形が似ているのでそれを頼りに解読を試みたりもしたが、「砂漠の猫は川を食べる」という意味不明な文が出来上がったので、ちんぷんかんぷんのまま読解作戦は幕を閉じた。
次に、ティガへの変身条件が本当に「中央のボタンを押すこと」なのか検証してみた。これはかなり勇気のいることだった。一度ティガに変身してしまったら、前回のように人間の姿に戻れる保証はない。そもそも、巨人になった後も自我が残っているのかさえ分からないのだ。ただ、二人ともクソが付くほど暇だったので、大吾が「せーの」で押してみることになった。
結局、何も起こらなかった。
起こったことといえば、心拍数が心臓発作を起こすんじゃないかと思うぐらい跳ね上がったことだろうか。こんなにドキドキしたのは、帰りの電車で同じクラスの柳瀬と隣り合わせになり、居眠りした彼女の頭が自分の肩に乗っかったとき以来だ。
「どれ、俺にもやらせろ」と半ば強引に健斗がスパークレンスを使ってみたが、やはり何も起こらなかった。電池切れかなと言いながら充電ポートを探し始めた時は、さすがに頭の裏を平手でしばいてやった。
結局、特に根拠もなくスパークレンスの発動条件は「ティガと使用者が望んだ時」というそれっぽいものに落ち着いた。「望んだ時」という条件の定義に関しては、二人とも触れなかった。
それから随分長い間、「スパークレンスの一番いい持ち方はどうか」とか、「変身する時の一番カッコいいセリフは何がいいか」とか、「万が一正体がばれたらどう開き直ればいいか」とか、実にくだらないことについて議論していたが、やがてそれにも飽きてきて、一日目の談義はスマホゲームのランクマで3連敗するという苦い結果で幕を閉じた。
それから二日間、研究と称したネットサーフィンが続けられたが、二人の努力もむなしく有益な成果はあまり得られなかった。分かったことといえば、政府がつけた『ウルトラマン』という名前の由来だけだった。
この命名の経緯が、なかなか無理のあるものだった。
当初は「人間を越えた存在」をテーマに、かの哲学者ニーチェの超人思想、”
ティガっていう立派な名前があるのに、ウルトラマンというダサい名前を付けられて可哀そうだな、とスパークレンスに向かって大吾は語り掛けた。
こうして、また学校生活が始まった。
三日ぶりの学校は、驚くほど変わりなかった。
グラウンドで朝練する野球部の子たちも、廊下ですれ違う人々の眠そうな横顔も、変わらぬ様子で大吾たちを迎えてくれた。
教室にはところどころ空席が目立ったが、それでも欠席しているのは四、五人程度だった。
「なんか、思ったよりいつも通りだな」
席に腰掛けながら、大吾は隣の健斗に話しかけた。
「うちの学校は被災地から離れてたからな。ま、『ウルトラマン』の活躍のおかげもあるんだろうけど」
わざとらしく『ウルトラマン』という単語を強調してくる。
「いい加減にしろよ」と突っ込もうとした矢先、一人の女子が教室に入ってきた。
何気ない素振りで席に着く彼女の制服姿を、自然に目が追ってしまう。
良かった。無事だったんだ。
あれ、でもどっか元気ないような。怪我はないようだけど…
何事もなかったらいいんだけどな…
「大吾!おい、聞いてる?」
「え?あ、あぁ」
「ったく。どうせ柳瀬のこと見てたんだろ?」
「は!?誰がそんな…」
「はいはい。もういいから、そういうの。もうクラス中知ってるっつーの」
「ク、クラス中!?…じゃあ柳瀬は…」
「冗談だよ。でも誰が見たってわかるくらいぞっこんだもん。お前」
やばい。顔から火が出そうだ。
思わず机に突っ伏すと、「あ゛~っ」という奇声が口から洩れる。
「あれれ?どうしたのかな?あ、これはいけないな、柳瀬さんに見てもらおう。お~い」
「バカっ、お前、やめろ」
ガラッと扉が開き、担任の高橋が入ってきた。
こうして未曾有の事態は免れ、ホームルームは始まった。
「え~、ご存じのことかと思いますが、三日前、東京湾付近に未確認巨大生物『ゲノゴーグ』が出現しました。今回の災害で被害を受けた本校の生徒たちを支援するため、募金活動が行われています。うちのクラスにも、欠席している子たちが何人かいますね」
柳瀬の横顔が、少し曇ったように見えた。
そのとき、大吾はさっき感じた違和感の正体に気づいた。柳瀬の隣の席の如月夏樹の姿が見えないのだ。
柳瀬の親友で、小学校からの付き合いらしい。
如月さんも怪獣の被害に巻き込まれたのかな。無事ならいいんだけど……。
それから高橋は、防災の心がけだとか何たらを十五分ほど話し続け、やがて一限目の時間になった。
一限目は現代文。教師の佐山が教壇に立つと、いつも通りの号令が始まった。
起立。礼。
「はい、おはよう」
佐山がそう言い終わる直前、教室の照明が突然消えた。
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
スマホが強く振動し、警告文が画面に浮かび上がる。
『緊急事態宣言』
大吾は健斗と顔を見合わせた。