0時0分0秒 作:おじさん。
午前9時を少し過ぎたころ、ダニエルのスマートフォンが震えた。
メールだった。
画面に表示された名前を見て、ダニエルは少し安心した。
母親からだった。
開く。
> ダニエル、無事なの?
>
> ニュースを見ているけど、日本で何が起きているの?
>
> 電話をかけたけどつうじない。
>
> なんで電話がつうじないの?
>
> とにかく連絡して。
>
> お父さんも心配してる。
ダニエルは何度も画面を見た。
「家から?」
エミリーが聞いた。
「うん」
「電話は?」
「つながらない」
その言葉に、六人の間にまた沈黙が落ちた。
ダニエルは返信を打った。
> 大丈夫。
> みんな一緒にいる。
> 今、東京にいる。
> これからどうするか考えてる。
送信。
しかし、送信済みの表示が出るまで妙に時間がかかった。
「俺も来てる」
ジェームズがスマートフォンを見ながら言った。
「兄貴から」
「何て?」
「ニュース見た。大丈夫か、って」
サラも自分の画面を見ていた。
「私、お母さんから三件」
「私も」
六人全員に、家族から連絡が来ていた。
その事実に、少しだけ安心した。
オーストラリアは無事らしい。
少なくとも、家族は生きている。
しかし、安心は長く続かなかった。
マークが突然、
「……待って」
と言った。
全員が彼を見る。
マークはスマートフォンを握ったまま、動かなかった。
「どうした?」
「学校のグループ」
彼が画面を見せる。
大学のクラスメートが参加しているメッセージグループだった。
昨夜から大量のメッセージが流れている。
> 誰かジェイソンと連絡取れる?
> ミカは?
> 彼女の家族とも連絡がつかない。
> 日本にいる人、誰かいない?
そして一人の学生が投稿していた。
> ケンが消えた。
彼のルームメイトが消えたと、ただそれだけ。
> ケンって日系だったよね?
> うん。母親が日本人。
> じゃあ、彼も……
そこでメッセージが途切れている。
マークが画面をスクロールした。
別の名前。
また別の名前。
大学には何人もの日系人学生がいる。
そのうち、日本に家族がいる学生。
日本国籍を持つ学生。
日系二世、三世。
そして、彼らの安否を確認する投稿。
そのほとんどに、
> 連絡が取れない。
と書かれていた。
「オーストラリアにもいるんだ」
エミリーが呟いた。
「何が?」
「消えた人」
ダニエルが画面を見る。
昨夜、渋谷で見た光景が蘇った。
白いシャツ。
黒いスカート。
床に落ちた服。
「日本にいる人だけじゃない……」
サラが言った。
そのとき、別の投稿が流れた。
> うちの叔父は日系三世だけど残ってる。
> でも従兄弟は消えた。
六人は顔を見合わせた。
「どういうこと?」
「分からない」
「じゃあ、日本人って何?」
誰も答えなかった。
マークがスマートフォンを伏せた。
「とにかく、ここから離れよう」
「どこへ?」
「都会を外れる」
ダニエルが窓の外を見る。
「それは賛成」
ジェームズが言った。
「でも、どうやって?」
「電車は?」
「動いてない」
「タクシー」
「運転手がいない」
「レンタカー」
「道路があの状態だぞ」
誰も答えなかった。
しばらくして、ジェームズが言った。
「移動手段がないとまずいぞ」
窓の外を見ながら、彼は続けた。
「東京はシドニーと違って、町がどこまでも広がってるんだ」
誰も笑わなかった。
シドニーなら、街の外へ出ることができる。
車があればいい。
郊外へ行けば、人の密度も下がる。
だが東京は違う。
東京の外へ出たところで、そこにはまた街がある。
その先にも街がある。
さらにその先にも。
そして、その巨大な都市圏を動かしていた人間の大部分が、昨夜、一瞬で消えた。
「歩いて出る?」
エミリーが聞いた。
ジェームズは窓の外を見た。
「何日かかると思う?」
「分からない」
「俺も分からない」
そのとき、階下から大きな音がした。
何かが倒れたような音。
続いて、誰かの叫び声。
ホテルのスタッフが走ってくる。
「Everyone, please stay inside!」
英語だった。
その顔は青ざめていた。
「There's a fire nearby.」
火事。
六人は再び窓の外を見た。
さっきまで遠くに見えていた煙が、少し近くなっていた。
東京の朝は、晴れ始めていた。
しかし街のあちこちから煙が上がっている。
そして誰も、その火を消しに行く人間がいるのかどうかを知らなかった。