0時0分0秒 作:おじさん。
午後六時を過ぎると、東京の空が赤くなった。
夕焼けではなかった。
西の空に落ちる太陽とは別に、いくつもの場所から煙が上がっていた。
その煙が、空を赤黒く染めていた。
ホテルのロビーでは、誰もテレビを見なくなっていた。
同じ映像ばかりだった。
火災。
事故。
無人の駅。
止まった高速道路。
そして、
日本人消失。
そればかりだった。
ダニエルはソファに座り、スマートフォンを見ていた。
通信は昼より悪くなっていた。
画像が表示されない。
動画が途中で止まる。
日本国内のサイトは、さらに多くが開かなくなっている。
その代わり、SNSだけは異様に速かった。
世界中の人間が、そこに集まっていた。
そして、夕方になってから、新しい言葉が流れ始めた。
NEXT.
ダニエルは眉をひそめた。
次の投稿。
WHO'S NEXT?
次に消えるのは誰だ。
誰かがそう書いていた。
最初は、ただの冗談だった。
少なくとも、ダニエルにはそう見えた。
しかし、その下に何千もの返信がついていた。
> 次は韓国人だ。
> いや、中国人。
> 台湾人じゃないか?
> アジア人が順番に消されている。
> 根拠は?
> 日本人が消えたことに根拠があったのか?
その投稿に、何万もの反応がついていた。
ダニエルは画面をスクロールした。
別の投稿。
血統が関係しているなら、東アジア人全体が危険だ。
その下。
> 俺は韓国人だ。笑えない。
> 台湾人だけど、家族に連絡した。
> 中国人です。今日は眠れません。
> 明日の午前0時に何か起きる?
> なんで午前0時?
> 日本人が消えたのが0時だったから。
ダニエルは画面を伏せた。
「見た?」
マークが聞いた。
「次に消えるのは誰か、ってやつ?」
マークは頷いた。
「韓国人が消えるって言ってる」
「誰が?」
「全員」
「全員じゃない」
「そういう意味じゃない」
マークは苛立ったように言った。
「ネット中で言ってる」
エミリーもスマートフォンを見ていた。
「学校のグループにも来てる」
「何が?」
「日系人が消えたなら、次は他のアジア系かもしれないって」
「それ、誰が言ったの?」
「知らない」
「科学者?」
「違う」
「政府?」
「違う」
「じゃあ何で信じるの?」
エミリーは答えなかった。
ダニエルには分かった。
誰も信じているわけではない。
ただ、否定する材料もなかった。
日本人が消えるという出来事そのものが、昨日まで存在しなかった。
なら、
韓国人が消えることは本当にあり得ないのか。
中国人は。
台湾人は。
次はオーストラリア人なのか。
ヨーロッパ人なのか。
アメリカ人なのか。
誰も答えられない。
ロビーの反対側で大きな声がした。
若い男が電話を持って立っていた。
「中国にいる母親が電話に出ない!」
誰かが彼を落ち着かせようとしている。
「通信障害かもしれない」
「でもさっきまでつながった!」
「落ち着いて」
「次が中国人だったらどうする?」
その言葉で、周囲の人間が一斉に彼を見た。
誰も笑わなかった。
誰も、
そんなことはあり得ない
とは言わなかった。
ダニエルのスマートフォンが震えた。
新しい投稿。
世界地図だった。
日本列島だけが赤く塗られている。
その横に矢印。
西。
次は韓国。
その次は中国。
さらにその次は――
ダニエルは画面を閉じた。
「馬鹿げてる」
彼は言った。
しかし声が少し震えていた。
マークが窓の外を見た。
東京は暗くなり始めていた。
電気はまだついている。
ビルの窓にも明かりがある。
信号も動いている。
昨日と同じ街に見えた。
だが、誰も昨日と同じ明日が来るとは思っていなかった。
ロビーのどこかで、誰かが言った。
「今夜、眠れる人いる?」
返事はなかった。
ダニエルはスマートフォンを握った。
時計を見る。
午後六時四十七分。
まだ、五時間以上ある。
それなのに、世界中の何千万人もの人間が、
同じ時刻を待ち始めていた。
午前0時0分0秒。
次は誰だ。
その問いだけが、世界中のネットワークを駆け巡っていた。