十一月。
寒さが増し、秋が通り過ぎていこうとする。
風はもう、随分冷たい。敷き詰められたような落ち葉の上を、私と彼女は歩いていた。
「はー……。もうすぐ十一月も終わりだよ? 受験まであっという間な気がしてイヤだなぁ」
そう、彼女が口元から白い息を零す。
私たちは中学三年生だ。年を越えて二月になれば、高校受験を迎える。
「私は、けっこう楽しみかも」
私はどちらかと言うと、早く受験を終えたい。受験自体は不安もあるが、やっぱりその先が楽しみだからだ。
「うえ~。あたし絶対無理。もう今からイヤだもん。受験なんて一生来なければいいのになぁ」
彼女がぐえぇっと舌を出していかにも嫌そうな表情をする。
「あーあ。一生中学生でいいよー。あたし、別に大人とかなりたくなーい」
大きく肩を落とし、顔いっぱいにうんざりだと表現している。
「仕方ない。みんないつかは大人になっちゃうから」
「いや! そんなのはいやだ。達観しすぎだよ、ふーちゃん!」
ふーちゃん——私のこと。
私の名前は
「
葉ちゃん——彼女のこと。
私と葉ちゃんは生まれてすぐからの幼馴染だ。
家が近くて、たまたま近い年の女の子が周りにいなくて、自然と私たちは二人でいるようになった。
大体いつも葉ちゃんが私を引っ張りまわし、私は後ろからやんちゃする葉ちゃんを眺めている、なんてことが多い。
中学生になって葉ちゃんも大分落ち着いたけれど、小さい頃は男の子顔負けのやんちゃぶりだったのだ。
「なによー自分だけ大人ぶっちゃってさー」
「仕方ない」
そう仕方ない。
今でこそ中学三年生の女の子をやっているが、私はこの世界に生まれ変わる前、普通の社会人男性をやっていたくらいだ。
普通の子どものようには中々なれない。
葉ちゃんのことも、同い年の友達というよりは友達の娘さん、といったような感じで見ている。
「ちぇー」
正直なところ、私は葉ちゃんがちょっとうらやましい。
子どもは子どもらしくいるのが一番だと思うから。
私ももっと、嘘でも子どもらしい子どもでいられたらな、なんて。
ふと、葉ちゃんの顔がちょっと色を変える。
わざとらしく唇を突き出していたのをやめて、どことなく不安げだ。
「受かるかなぁ……。
私と葉ちゃんは同じ高校を志望している。
雄英高校は、間違いなく日本で一番の高校だ。
雄英高校と言えば、誰もが思い浮かべるのは「ヒーロー科」。
オールマイト、エンデヴァー、ベストジーニスト……。トップヒーローを何人も輩出している日本ヒーロー志望の最高峰。
志望するだけでもすごいと大人たちが言ってくれる、そんな高校。
私は、模試でA判定をもらっている。
高校受験も大学受験も生まれる前に一度やった。年月のせいで大分忘れてしまってはいたけれど、思い出す分には周りより有利には違いない。
ちょっとズルい自覚はあるけれど、私の才能はたまたまそういう形をしていた、と納得させている。
一周目でも私よりよっぽど優秀な人なんていくらでもいるわけだし。
でも葉ちゃんは、C判定だ。
合格の目はあるけれど、安心は全くできないライン。
せめてB判定に上がれれば、と葉ちゃんは毎日必死で勉強をしている。
「……」
こういう時、自分の口下手が情けない。
励ましてあげたいけれど、A判定持ちが迂闊なことを言ったらかえって傷つけるんじゃないか、なんて考えてしまう。
それに——。
「やっぱやめ! 落ち込むから切り替える!」
葉ちゃんはぐっと力むように不安を散らす。
励まそう、なんて大きなお世話だったかもしれない。
「それよりさ! あたし、ヒーロー名考えたの! あたしとふーちゃんの分!」
一瞬見せた不安はどこへやら、葉ちゃんは途端に目をキラキラさせて私を見た。
「だから聞いて! 私ね、今回は結構いいと思ってて!」
ヒーロー名を考えるのは昔からよくやる二人の遊びだ。
職業としてのプロヒーローたちが名乗る、ヒーローとしての名前。
誰もが憧れる、希望の塊みたいな言葉。
「あたしは『スウェイ』! 英単語のswayから取ってるんだけど、葉っぱとかがゆらゆら揺れるみたいな意味なんだって」
「うんうん」
「ふーちゃんは『ウィンディ』! 風が吹いてる、とかのwindyから取った!」
「名前も風だしね」
「やっぱり将来は一緒にヒーローやりたいでしょ? だから、ふーちゃんが風で、私が揺れる葉っぱ、みたいなイメージ! 二人組っぽくしたくて!」
今回はなんというか、ちょっと文学的な方向から攻めたらしい。
風と、風に吹かれて揺れる葉っぱ。
二人揃えて意味になるなんて、なかなかお洒落かもしれない。
「なんか、おしゃれだね」
「でしょ! でも『スウェイ』だとあたしの”個性”とか全然関係無いからなーっていうのがネックなんだぁ」
スウェイ、sway。
葉ちゃんの言った通り、ゆらゆら揺れるみたいな意味だったはずだ。
確かに、葉ちゃんの”個性”とは繋がらない。
私の生まれ変わったこの『ヒロアカ』世界は、総人口の約八割が”個性”を持った超人社会。
私にも葉ちゃんにも超常的能力である”個性”が発現している。
葉ちゃんの”個性”は『超ジャンプ』。
普通ではあり得ないほど高く速いジャンプができる”個性”だ。
水平にジャンプすれば、単純に走るよりずっと速く移動できたりもする。
またどんなに高いところから落ちても、両足で着地すれば全く怪我をしない。だから、自分で高くジャンプして墜落して怪我、なんてことは起こらないのだ。
意外と応用の効く、良い”個性”だと思う。
「どう? ふーちゃん的には何点?」
「んー……。90点、とか」
私が高めの点数を口にすると、葉ちゃんは嬉しそうに驚いたような顔をする。
「結構高いね! どの辺が高得点でしたか、ふーちゃん先生!」
「二人揃って意味ができるの、おしゃれだと思う」
「でしょー!? あたしも良いセンいったと思ってたの!」
なお、残り10点分はまとまりが足りない判定である。
二人とも動詞とか、それこそ一文になるとか、もっと上手くまとまっていたらいいなと思う。
ゆるいと言えばゆるい判定だが、別に辛口評価するような話題ではない。
「本当にヒーローになるまでに、もっと色々考えなくっちゃねー。やっぱりかわいい名前がいいなぁ」
上機嫌に歩く葉ちゃんの足取りはさっきよりも軽い。
将来の楽しい予想は、それだけで気分を明るくしてくれる。
葉ちゃんを見て、私も少しだけ嬉しくなった。
葉ちゃんの夢、明るい希望が現実になったらいい。
でも、多分。
葉ちゃんは、雄英高校ヒーロー科には入れない。
『僕のヒーローアカデミア』原作に『跳田葉』なんてキャラクターはいなかったからだ。
私はこの世界に生まれる前、大好きだったヒロアカは何度も読んだ。アニメも映画も全部見た。
だけど『跳田葉』なんて名前のキャラクターを私は知らない。
こちらの世界に生まれて早十四年が経過した今でも、雄英高校1-Aの20人は全員覚えている。
B組はちょっと怪しいが、それでも聞いたことのある名前かどうかは分かるつもりだ。
何の理由も無く、原作と展開が変わるとは思えない。
だとすると、葉ちゃんは合格しない。
もちろん私——『空木風』だって原作にはいなかったから、雄英に受かる可能性は低い訳だけど、それはともかく。
とはいえ、わざわざ葉ちゃんに「あなたは受からないと思う」なんて言ったりはしない。
人として大分当たり前だと思うし、頑張る子どもの夢を潰すようなマネはしたくない。
まだ中学生なのだ。道はいくらでもある。
ヒーローになるのだって、別に雄英出身じゃなきゃなれない訳じゃない。
雄英の他にもヒーロー科はあるし、ヒーロー科高校じゃなきゃ絶対なれない、なんてことも考えづらい。
今の私にできることは、自分が受かるために精一杯頑張ることと、頑張る葉ちゃんを応援することだ。
「あと三カ月。がんばろうね、葉ちゃん」
「……。うん、もちろん!」
やっぱり、私も雄英に入りたい。
原作にいなかった私が、とは思うけれど、あわよくば。
それでできれば、A組がいいなぁ。
私はヒロアカの物語もキャラクターも大好きだ。
中心になるA組のみんなも大好き。
せっかく彼らと同い年に生まれたのだから、一番間近なところでみんなを見たい。
同じA組のクラスメイトになったら、それはもう最高の観客席といって間違いない!
一番気になるのは、やっぱり
原作の主人公たる彼の物語をこの目で見られたなら、どんなに幸せだろうか。
さらに
不純な気持ちは別にないが、私も女の子に生まれたのだ。女の子同士で仲良くやれたらきっと面白い。
あぁ、楽しみだ。
原作通り雄英に入れない可能性だって高いのだけど、夢を見る分にはいいだろう。
受験なんてさっさと終えて、彼らと一緒に時を過ごしてみたい。
早く、早く、時が過ぎないかな。
でも、もし私だけが雄英に受かったら、葉ちゃんとは離れ離れになってしまう。
こちらの世界に生まれてからずっと見てきただけに、一抹の寂しさはやはり覚える。
とはいえ、幼馴染なんて大体そんなものだ。大人になるにつれ、誰もがそれぞれの道を歩むようになり、ただ家が近かっただけの関係なんて忘れていってしまう。
私は葉ちゃんの幸せを願いつつ、自分の幸せを追い求めていくと決めているのだ。
いつまでの縁になるかは分からないが、それまでは仲良くやっていけたらいいと思う。
「……」
私は、気づいていなかった。
自分勝手な妄想を広げる私の横顔を、葉ちゃんがじっと見つめていたこと。
この時既に、物語は始まっていたのだということを。