春。
それは高校生活の始まり。
見事、雄英高校ヒーロー科に入学が決まった私は、登校の初日を迎えていた。
入試の時は
葉ちゃんは、不合格だったらしい。
結局、仲直りはできずじまいのままだった。
喉に小骨の刺さったような、無視しきれない後悔や反省の念は堪えないが……今日くらいは、少し忘れておく方がいいかも。
広大すぎる校舎を歩き、私は目的のドアを見つけ目の前に立っていた。
1-A。
これほど喜ばしいことはあるだろうか、私は本当に雄英高校ヒーロー科1-Aに入ったのだ!
あの大好きなキャラクターたちを最も間近で見られる場所、A組のメンバーの一人に私はなれたのだ。
入試合格の日も思ったが、今日こそ人生最高の日かもしれない。
そして、やっぱりドアは巨大だ。
高さはどれくらいだろう、6メートルくらいありそうだ。
高さに誤魔化されがちだけど、横幅も相当ある。三人くらいなら並んで通れそう。
みんなに会える。
言葉だって交わせる。
どれほどこの時を待ち望んだか!
私は溢れんばかりの期待を胸に、静かにドアを開いた。
時間はちょっと早めに来たつもり。
既に教室にいたのは——。
特徴的なメガネと目が合う。
「おはよう! 俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ!」
多分ドア前に待機して、開く度に挨拶をしているのだろう。
四角いメガネの飯田天哉が大きな声で私に声を掛けてきた。
すごい!
あの飯田天哉が、A組の一人が、現実に目の前にいる!
そして私を見て、挨拶してくれている!
すごい!
「私、
「空木くんか! あぁ、よろしく!」
脳内で語彙を失いながら挨拶を返せば、早速「空木くん」なんて名前を呼んでもらえた。
あぁ嬉しい。
「黒板に席順が張り出されている! 見てみるといい!」
「うん、ありがとう」
私の名前は”くうき”なので、出席番号は
席は廊下から二列目、前から四番目だ。
ちなみに、隣は先ほどの飯田天哉が右。左は
それと何故か、A組は全部で21人いるようだった。
原作だと一般入試18名と推薦入試2名の一クラス計20名が定員だったように記憶していたが、勘違いだったのかもしれない。
ともかく、私にとってはむしろ素晴らしいことだ。私が入ったことでメンバーが欠けたらどうしようと心配していたから。
なお、席順表を見た感じではA組メンバーが変わっているようなこともなさそうだ。
飯田天哉の登場で気がそれたが、既に教室にいるのは私と飯田天哉の他に
二人とも自分の席に座っている。八百万百は21人になったせいで席がひとつ押し出されており、ぽつんとしていた。
蛙吹梅雨の席は私の右斜め前。私が鞄を下すと、くるりと振り向いて私の顔を見てきた。
「おはよう。私、蛙吹梅雨。梅雨ちゃんって呼んで」
いきなり梅雨ちゃん呼びのお願い!
これはお友達になりたいと思ってくれている証拠だ!
席も近いし、ぜひ仲良くしたい。
「おはよう。私、空木風」
「風ちゃんね。よろしく」
「うん、よろしく。……えっと、梅雨ちゃん」
ちょっと照れつつ頑張って「梅雨ちゃん」と呼ぶと、嬉しそうにニコッと笑ってくれる。
梅雨ちゃんの”個性”は『蛙』。蛙っぽいことが大体できる”個性”。
異形型は時に恐ろしい見た目をしていることも少なくないが、彼女はかなりかわいらしい。ケロケロって言うし。
原作では麗日お茶子と仲が良く、一緒にいることが多かった。そのためか、A組メンバーの中では比較的登場シーンの多かったキャラクターだ。
私のイチオシは緑谷出久と麗日お茶子のペア。二人と近い距離にいるためにも、麗日お茶子と仲の良い梅雨ちゃんとは親しくしたい。
……なんて、下心もありつつ。
「風ちゃんは、地元の人かしら? それとも、遠くから来たの?」
梅雨ちゃんが適当な話題を振ってくれる。
会話に自信が無い身としてはとてもありがたい。
「地元は、宮城県。仙台の少し北くらい」
「あら、遠いのね。じゃあ、一人暮らしかしら?」
「うん。普通のアパート」
とてもじゃないが私の実家は通える距離にない。
雄英に入学するにあたって、最寄り駅の近くにアパートを借りた。一人暮らしだ。
お母さんは「高校生の一人暮らしなんて心配」と言っていたが、まさか家族丸ごと引っ越してくる訳にもいかない。
小さい頃からいい子な私は、特に揉めるようなこともなく一人暮らしを始めることになった。
「一人暮らし、けっこう大変よね。私もこっちに出てきて一人暮らしなの」
梅雨ちゃんの地元は……どこだったか。流石に覚えていないな。
初めての一人暮らしは確かに大変だろう。
私は、こちらへ生まれる前に散々経験してきたから慣れたものだ。
「天気予報を見る癖がついた。洗濯物、干したいから」
「私もよ。雨は好きだけど、お洗濯には悩ましいわね」
”個性”が『蛙』だけあるのか、梅雨ちゃんは雨が好きらしい。
私はあんまり好きじゃない。
私が梅雨ちゃんと話している間に、教室はほとんどいっぱいになっていた。
あと数人ほどで全員が揃うだろう。
なお、ドアが開く度に飯田天哉が挨拶をしていた。既にキャラが立っている。
次にドアが開いて入ってきたのは——おぉ、と思わず目を見張る。
飯田天哉が他の人と挨拶している間にさっさと席に座り、思いっきり足を机に投げ出す。
おぉ……いかにも爆豪勝己だ。
それに気づいた飯田天哉がずいずいと爆豪勝己に近寄っていく。
更にそのタイミングで、教室前のドアが開く。
スイ……と静かに顔をのぞかせたのは——緑谷出久!
つい注視してしまう。入試の時にもちょっと見たが、本物だ!
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!」
早速らしさ全開で爆豪勝己が飯田天哉と言い争いを始める。
ドア前の緑谷出久は固まりながら、内心『2トップ!」と嘆いているはずだ。
「ボ……俺は私立聡明中学出身。飯田天哉だ」
「聡明~~~!? くそエリートじゃねえか。ブッ殺し甲斐がありそだな」
「君ひどいな! 本当にヒーロー志望か!?」
爆豪勝己のあんまりな口ぶりに飯田天哉が衝撃を受けている。見てる分には面白いな。
すると飯田天哉はドア前の緑谷出久に気づいたようで、スス……と近づいて挨拶と会話を始めていた。
「あの子、知り合いかしら? 気にしているようだけど」
私が緑谷出久に気を取られていることに気が付いて、梅雨ちゃんが聞いてくる。
ちょっと注目し過ぎたかも。
「ううん。入試の会場が一緒だっただけ」
実技試験。『デク』の初スマッシュは今でもはっきりと覚えている。
本当に衝撃的だったし、感動した。
もうくっきりと目に焼き付いている。
「あの人……すごかったから」
「そうなのね。あんまり、そんな風には見えないけれど」
梅雨ちゃんストレートだ。
思ったことは何でも言っちゃうんだっけ。
確かに、緑谷出久は正直すごそうには見えない。どう見ても地味だ。
次に開けっ放しのドアからひょこりと現れたのは——麗日お茶子!
原作のメインヒロインで、緑谷出久を好きになる女の子!
既にかわいい!
何度でも繰り返すが、私のイチオシは緑谷出久と麗日お茶子のペアなのだ。
この二人が一緒にいるだけで私はもう幸せ。
そんな私のイチオシペアが何やら喋っている。
いや、喋っているというには一方的だ。緑谷出久は真っ赤になるだけでほぼ言葉を発していない。
素晴らしい。
キーンコーンカーンコーン……とチャイムが鳴る。
鳴ってる描写なんかあったか覚えていないが、ということは次に現れるのは——。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
出た。
私の席からは良く見えないが。
「ここは……ヒーロー科だぞ」
ヂュッ!! と勢いよく10秒なゼリーを1秒で飲み干して、寝袋男が立ち上がる。
その異様な姿に驚いたのか、ざわめいていた教室中が急速に静かになっていった。
「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」
ぼさぼさ伸び放題の黒髪、別に整えている訳でもないヒゲ、くたびれきった黒い男。
ちょっと小汚い。
「担任の
(担任!!?) とクラスメイト達の驚く声が聞こえる気がする。
「早速だが。
相澤先生は寝袋から体操服を取り出して指示してきた。
なんで学生の生徒服を寝袋の中に仕込んでいたのだろう。
ともかく。
これから私にとっては楽しみな、『個性把握テスト』が始まるのだ。
まぁ、原作のイベントなら何でも楽しみなのだけど。