なるべく気を付けていますが、なんか見つけたらしれっと報告か無視かでお願いしたいきもちです。
「個性把握……テストォ!?」
A組のみんなが驚愕に満ちた声を上げる。
入学式もガイダンスも無し、突如始まった謎のテストに誰もが困惑していた。
もちろん、私は知っているけれど。
ソフトボール投げ。
立ち幅跳び。
50m走。
持久走。
握力。
反復横跳び。
上体起こし。
長座体前屈。
計八つの種目は、中学校でも毎年行われていたものと同じ。
ただし、”個性”は禁止だった。
相澤先生曰く「画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない」とのこと。
言いたいことは分かる。
”個性”とは、その名の通り個々人が生まれ持った個性。運動能力にだってそれぞれ差があるのに、”個性”だけを特別扱いして除いたとして、そこから取られた記録にどれほどの価値があるのだろうか。
まぁ”個性”はあまりにも幅が広すぎるし、普通の運動能力ってどれくらいなの、という目安作りくらいにはなるかもしれない。でも、やっぱりカリキュラムに固定するほどのものかは疑問になる。
「文部科学省の怠慢」とはキツイ表現だが、間違っているとは言えないのだろう。
FABOOOM!!!
爆発音が響く。
いや、投げたというか、爆破で吹っ飛ばしたというか。
記録は705.2m。
”個性”が無ければ間違いなくあり得ない大記録だ。
「なんだこれ! すげー
「705mってマジかよ」
「”個性”思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」
にわかにみんなが騒ぎ出す。
当然だろう。体力テストなんて特に面白味のないものが、急に”個性”全開のイベントに様変わりだ。
この社会、”個性”の使用は基本的に抑圧されている。
自由に使わせるには、ただの個人が勝手に持つには、あまりに力が大きいからだ。もちろん、”個性”にはよるのだけど。
だからこそ”個性”を持て余した人々が
持って生まれた身体能力をずっと制限され続けているようなもの。
力があれば使いたい。子どもならば、なおさらそう思ってしまう。
生まれて以来受け続けたストレスを解放できるとあっては、それはもう「面白そう」だろう。
しかし、そんな浮ついた反応は相澤先生にとって認められないものらしかった。
「……面白そう……か。ヒーローになる為の三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
相澤先生の言葉にピリっとした緊張が走る。
なんかヤバそう、そんな雰囲気をみんなが感じ取った。
「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「はあああ!?」
ここにいるA組のみんなは、全員が倍率300の超難関を潜り抜けてようやく雄英に入ったばかりの新入生だ。
ありがちだが、夢いっぱい希望いっぱいでこの場所に来たはず。
それがまさか初日から除籍処分、なんて。
爆豪勝己みたいに絶対最下位になんかならない自信を持っているならまだしも、”個性”が体力テストに不向きな人は大変な恐怖に違いない。
それはもちろん、まだ”個性”を調整できず自損してしまう
「生徒の
私はちらりと緑谷出久の方をうかがい見る。
彼は明らかに緊張と焦りに満ちていた。
彼は現時点で”個性”を100か0かでしか使えない。
100の威力はそれはもうバカみたいなパワーだけど、それに耐えられない彼の身体は一発で粉々に砕けてしまう。
腕で使えば腕、脚で使えば脚。一度使えば二度目はない一発限りの超パワー。
緑谷出久は原作の特に序盤から中盤にかけて、この巨大な反動をデメリットとして抱えながら戦う。
マンガとして良くできた設定だよね。トップオブトップの力を持っているけど、使う身体ができてない。
一発当たればほぼ勝ちだけど、一発しか打てない。いいバランスしてる。特に少年漫画として。
いかにしてその受難を越えていくかが『僕のヒーローアカデミア』の大きな見どころだ。
その巨大な力をどうやって自分の物にしていくか、という成長物語も実に少年漫画っぽくていい。
そういうの大好き。
何はともあれ、個性把握テストだ。
私も私でしっかり頑張らなければ。
ふふ……。中学の頃から体力テストの度に「”個性”を使うならどう活用しよう」なんて考えてきたのだ。良い結果が出るといいな。
第一種目:50m走。
”個性”『エンジン』を持つ
こうして実際に目にしてみるとめちゃくちゃ速い。
50mを3秒は時速60km。自動車だ。
まだ距離が短くてギアが入りきらないらしいので、本当に自動車くらいの速度で走れるということ。
人間が足で出す速度としては当然異常で、見た目にはちょっと奇妙なくらいだ。”個性”ってすごい。
その自動車人間の隣でぴょんぴょん跳ねていたのは梅雨ちゃん。記録は5秒58。
飯田天哉のせいで霞んでいるが、”個性”無しなら世界記録だ。これも相当速い。
ちなみに、みんなのすごさを実感するためにわざわざ平均や世界記録はちょっと調べてみた。調べておいて良かった。
ええと……女子記録で9点かな? 10点だったかも。
いや十分速いな。さすが雄英の合格者、運動神経は抜群だ。
背中を前に向けて、”個性”『ネビルレーザー』の反動で飛んだ。
速いって。男子世界記録だよ。
距離を稼ぎきれなくて墜落してるけど。
しれっと隣で青山優雅より速かった
爆豪勝己が4秒13、緑谷出久が7秒02。
”個性”『爆破』で加速している爆豪勝己は、そのうち自在に空飛んで、目で追えないくらいには速くなる。今はまだかわいいものだ。これでも。
緑谷出久も平均基準ならそこそこ速い。まだ”個性”は使っていないから、こんなものだろう。
彼も最終盤には数値化するのもバカバカしいくらいの速度を手にするが、仮にこの50m走で”個性”を使っても止まれないのがオチだったかな。星になって消えそう。アニメ的に。
この二人は原作の準主役と主役なので、特に成長が楽しみだ。
それで言うと、足の速さが代名詞の飯田天哉は遷音速とか最後には言われていたはず。
要するに戦闘機並みの速度、ほぼほぼ音速で走ったということ。
50mに要する時間は……いくつだっけ。0.1なんとか秒。もうピンと来ない領域だ。
正確には
それはそれとして、私も頑張らなければいけない。
大丈夫だとは思うが、うっかり最下位になって本当に除籍されては困る。多分、復籍させてもらえるけども。
私の”個性”はざっくり空気を操るもの。
50m走は自分の背中に全力で強風を当てて加速する考えだ。
隣を走るのは
”個性”は直接身体能力に関わるようなタイプではないが、どうだろう。
「イチニツイテ! ヨーイ!」
パァン!
クラウチングスタートの姿勢から一気に走り出す。
同時に、”個性”を使って自分に全力の追い風をぶつける!
……思ったより速い! いけそう!
「6秒36!」
計測用らしいロボットが私の記録を教えてくれる。
6秒36。中学時代の記録が7秒42だったから、ほぼ1秒縮まった計算だ。
いい感じ。この調子なら、他の競技はもっと伸ばせそうだ。
第二種目:握力。
「540キロて! あんたゴリラ!? タコか!」
「タコって……エロイよね……」
向こうで
頭ピンクなのは
私は”個性”で空気を圧縮することができる。
といってもそれほどパワーがあるわけではない。
右手で思いっきり握力計を握りつつ、空気の圧縮で力を加える。
記録は……58kg。
女子としてはかなり高いが……そこまででもないか。手が痛いくらいには頑張ったのだけど。
私の素の握力もついでに計ってみた。32kg。
第三種目:立ち幅跳び。
これはなかなか伸びると思う。
空気を固めて、準備。
跳躍に合わせて……自分のお尻を思いっきり吹っ飛ばす!
痛い!
「608cm!」
お尻が痛い。
入試の時には、脆いとはいえロボットを破壊したパワーをほとんどそのままぶつけたのだ。そりゃ痛い。
というか、痛いのが分かっていたからちょっと加減してしまった。躊躇しなければもうちょっと伸びそう。
第四種目:反復横跳び。
これは、残念ながら”個性”でできることはない。
空気を固めて自分を押し出し、それを素早く切り返し続ける。——なんて考えたけれど……。
今の私にはそこまでのパワーを高速で操ることができなかった。
逆にバランスを崩してつまずいてしまい、一回目は酷い結果に。
二回目は諦めて”個性”無し、記録は54点。
一応10点だ。これで良しとしよう。
第五種目:ボール投げ。
麗日お茶子が”個性”『
なんの判定で無限扱いになるんだろう。
私は、立ち幅跳びの要領で投げたボールを”個性”の空気で思いっきり打つ。
今度は自分のお尻が痛くなることはない。全力全開でぶっ飛ばして、記録は101m。
そして——ここからが見たかった瞬間だ。
緑谷出久がボールを持って円の中に立つ。
彼はまだ、特に大きな記録を出していない。
このままだとマズイぞ、なんて飯田天哉が心配している。
緑谷出久は明らかに強張っていて、プレッシャーに悩まされているのが
ボールを大きく振りかぶって……投げる。
しかし、結果は46m。いたって平凡だ。
酷く混乱している様子の緑谷出久に対して口を開くのは、相澤先生。
「”個性”を消した。つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学出来てしまう」
緑谷出久が何か察したように目を見開く。
「消した……! あのゴーグル……そうか……!」
相澤先生の”個性”は——視ただけで人の”個性”を抹消する”個性”。
「抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』!」
つまりは、自損覚悟で”個性”を使おうとした緑谷出久に気づいていて、投げる瞬間に”個性”を消したと。
実際、体力テストの種目一つで腕一本粉々にしていたらヒーローなんてやれっこない。
ボールを投げるだけで行動不能になっていたら、人を救けるはずのヒーローが人に救けてもらわなきゃいけなくなる。
緑谷出久本人がどんなつもりでも、周りはそうせざるをえなくなる。
「おまえの”力”じゃヒーローにはなれないよ」とは、残酷だが妥当な結論だ。
もちろん、それは現時点での話でしかないが……相澤先生の言う「見込み」とは、その上で解決策を見つけていける素地があるかどうか、ということだろう。
そして、またもやもちろん。
緑谷出久——
彼が再度ボールを振りかぶる。
いつの間にかにじんだ手の汗を私はぐっと握りしめ、見つめる。
「SMASH!!!」
ドヒュウウ! とすさまじい風切り音を立てながらボールがぶっ飛んでいく。
数字は705.3m。誰が見ても疑わない、大記録だ。
「先生……! まだ……動けます!」
そう言って歯を食いしばりながら、緑谷出久が相澤先生に振り返る。
戦慄を覚えたように、相澤先生は笑みを浮かべた。
……かっっっっっこいい!!!
私は努めて無表情を貫きながら、内心で思いっきり
いや、ちょっとニヤけたかもしれない。だって、かっこいい!!
原作で初めてこのシーンを読んだ時もそれはもうシビれたものだ。
ボールを押し出す最後の瞬間、指先だけに”個性”を発揮。これはもう、天才だと拍手喝采を送りたい。
私は脳内で完全にただの『デク』ファンになってキャーキャー叫んでいた。
確かオールマイトも離れたところから見ていて、「かっこいいじゃないか」なんてシビれていたはずだ。
オールマイトももちろんかっこいい。だけど私は、なんなら緑谷出久のかっこよさについてオールマイトと語り合ってみたい。
彼も既に散々緑谷出久のかっこよさを目にしてきている。一緒にファンボーイしようよ。私ガールだけど。
「やっとヒーローらしい記録出したよーー」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件といい……おかしな個性だ」
「スマートじゃないよね」
麗日お茶子、飯田天哉、ついでに青山優雅がめいめいの感想を口にしている。
ちらりと覗き込むと、爆豪勝己が「驚愕」といった顔をしていた。……ちょっと面白い顔だ。いや笑わない。我慢だ。
「どーいうことだ! こらワケを言えデクてめぇ!!」
立ち直るのが早い。タフネスだ。
爆豪勝己は緑谷出久に向かって爆発を起こしながら走り寄ろうとする。
が、相澤先生の捕縛布と”個性”であっさり捕まえられる。
「ったく……。何度も”個性”使わすなよ……。俺はドライアイなんだ」
”個性”すごいのにもったいない。
そういえば相澤先生ドライアイだったなぁ。
爆豪勝己は諫められて大人しくなったが、やっぱりすごい顔をしている。
今度は……「恐怖」、だろうか。
原作では後に語られるが、爆豪勝己は緑谷出久を恐れている。
”無個性”なのに、自分の方がすごいはずなのに。何故かデクは自分よりもずっと前にいるようで。
緑谷出久をいじめていたのは、彼が怖くて遠ざけたかったから。
その肥大化した自尊心と認められない恐怖心が、爆豪勝己を歪めている。
うーん……味がする。
爆豪勝己がしていたいじめは割と最低だ。擁護のしようがないし、したい気にもならない。
緑谷出久がそれでも爆豪勝己を特に嫌ったり憎んだりせず、むしろ「勝利」のイメージとして憧れていたくらいなのは、
幼い頃からなんでもできた。誰もが認める強力な”個性”も持っていた。センスの塊、才能マン。
そんな爆豪勝己がひたすら恐れた緑谷出久。
うーん……めちゃめちゃ味がする。
ある意味では緑谷出久の超常的ヒーロー精神にあてられてしまった被害者、なんて言い方もできるのかも。
かわいそうに。自殺