異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第11話 二人いる彼女

 

「今からアタシとセックス(殺し合い)しない?」

 

 依織が楽しそうに笑った直後、俺の周囲に浮かんでいた四つの黒球が一斉に動いた。

 

 

「皇牙様、お下がりください!」

 

 詩乃が黒い金属杖を構えるが、それより先に黒球の一つが弾丸のように飛んでくる。

 

 俺は半歩だけ身体をずらした。

 黒球は肩の横を抜け、背後にあった金属製の棚へ接触する。

 

 直後、棚の中央部分だけが崩れる間もなく消え、上下に分断された残骸が床へ落下した。

 

 

「避けんなよ。さっきは触ってただろ?」

 

「触るのと、まともに食らうのは違うからね」

 

「じゃあ、避けられなくしてやるよ――暴食無月(バアルディア)

 

 依織が指を動かすと、今度は三つが左右と正面へ散った。

 

 表の依織とは明らかに扱い方が違う。先ほどまでの黒球は、彼女へ危害を加えようとした相手に反応して自動的に動いていた。だが今は、一つ一つが俺の進行方向を予測しながら配置されている。

 

 左右から二つ。正面から一つ。

 俺が後ろへ退こうとした瞬間、残る一つが床へ潜り込むように触れた。

 

 足元の石床が大きく欠ける。

 

 

「なるほど。表の人格が【浸蝕】ですべてを分解・圧縮する黒球を生み出し、裏の人格が【操作】でコントロールしているのか」

 

 普通はひとりにつき、一つの系統しか能力は使えない。だが彼女は人格が分かれていることを利用して、同時に二つの能力を使用しているわけだ。……ふむ、面白いな。

 

「キヒヒヒッ、いいねぇ。その余裕ぶってる顔を早く泣かせたいぜぇっ!」

 

 依織は不満そうに言いながらも、赤紫色の瞳はますます楽しそうに輝いている。

 

 次は黒球そのものを当てるだけではなく、俺が移動しそうな方向の壁を削った。破壊された壁材が崩れ、通路を狭める。

 

「さいっっ、こうにキモチイイィ! イッちまいそうだぜ~!」

 

「ははっ、このバトルジャンキー女が」

 

「てめぇだって実はアタシと同類なんだろ? 死ぬ(イク)まで存分に殺し合おうぜ~」

 

 両手を赤く染まった頬に当て、ゾクゾクと身体を振るわせている依織。危険な香りしかしないのに、妙な色気があって俺まで頭がおかしくなってきそうだ。

 

 戦うことには慣れているらしい。

 それなら、もう少し見てみたい。

 

 

「皇牙様!」

 

 詩乃の声が飛んでくる。

 

「もう十分ではございませんか!? その方は明確に皇牙様を殺そうとしております!」

 

「でも面白い能力だよ、とても勉強になる」

 

「能力のお話ではございません!」

 

「そこのメスブタ、うるせえな」

 

 依織が横目で詩乃を見る。

 詩乃の表情は上品な微笑みを保っていたが、杖を握る指だけが少し強くなった。

 

 

「メスブタ……ふふっ、ふふふふっ。良いでしょう、一度は許して差し上げましょう。ですが覚えておいてくださいませ。わたくしは皇牙様の婚約者候補でございますわ」

 

「なんだ、合ってんじゃん。コイツに犯されるメスブタ候補だろ?」

 

「皇牙様、今すぐ交代いたしましょう。わたくしがそのメスガキをこの手で調教してやりますわ」

 

 その答えに依織が一瞬きょとんとし、すぐに笑った。

 

「アンタんとこの女、面白えじゃん」

 

「詩乃は昔からこんな感じだよ」

 

「皇牙様まで何をおっしゃいますの!?」

 

 

 その間にも、四つの【暴食無月(バアルディア)】は止まっていない。

 

 一つが正面から迫り、残る三つが逃げ道を塞ぐように散る。俺は最小限の動きでかわし続けながら、黒球へ触れた時に読み取った情報と、今までの戦闘で得た情報を重ねていった。

 

(滅茶苦茶な能力だが、明確な”欠点”があるな)

 

 最初に気づいたのは、消費する【虚素】の量だった。

 

 【暴食無月】は、ただ黒い球体を作って飛ばしているわけではない。触れた物質や能力へ干渉し、その構造を分解しながら取り込み、そこから得た【虚素】を自分自身の維持へ回している。

 

 つまり、何かを呑み込んでいる間は長く存在できる。

 

 反対に――。

 

 

「そこ」

 

「っ!」

 

 俺は身体を捻り、脇腹を狙った黒球をかわす。

 

 そのまま壁へ当たりそうになった球も、依織が慌てて軌道を変えた。壁を食わせれば多少は維持できるはずだが、俺へ当てることに夢中で、そこまで考える余裕はないらしい。

 

 やがて四つの黒球の輪郭が揺らぎ始めた。

 

「はぁ……はぁ……クソッ……!」

 

 依織の呼吸も明らかに荒くなっている。

 一つが消え、続いて二つ目が消失する。

 

「もう限界?」

「まだ……やれる……!」

 

「イクの早いね」

「はぁ……はぁ……うるせぇ……!」

 

 言い返してはきたものの、いつもの勢いはない。

 残っていた二つも数秒後には崩れ、黒い粒子となって消えた。

 

 

「何だよ……アンタ。なんで全然当たらねえんだよ……」

 

「だって軌道が読みやすいから。それに黒球を維持するのに精いっぱいで、集中しきれてないだろ?」

 

 依織が顔を上げる。

 

「……は?」

 

「人間も、壁も、飛んできた攻撃も。飲み込んだものから虚素を取って維持してる。でも何も食えなければ、自分の虚素だけで維持することになる」

 

 依織は黙った。

 どうやら本人も感覚的には理解していたらしい。

 

 

「だから途中から、何も食わせないようにしたんだよね」

「……アタシの能力の攻略法、戦いながら見つけたってのかよ」

 

「うん」

「ムカつくな、アンタ……」

 

 そう言いながら、口元には笑みが浮かんでいた。

 

「でもさ」

「なんだよ」

 

「依織、能力の使い方が結構雑だね」

「……喧嘩売ってんの?」

 

「四つともあんなに大きくしたまま出し続けたら、燃費悪いに決まってるだろ」

 

 依織が眉を寄せる。

 

 

「デカい方がいっぱい食えるし、当てやすいだろ」

「必要な時はね。でも人間一人を狙うのに、ずっとあの大きさで四つ必要?」

 

「…………」

「例えば一つだけ、今の半分くらいで出してみて」

 

「半分?」

「もっと小さくてもいいよ」

 

 依織は少し考え、片手を持ち上げた。

 

 現れた【暴食無月】は先ほどまでより遥かに小さい。拳より少し大きい程度の黒球が、彼女の手の横へ浮かぶ。

 

「どう?」

「……軽い。消費も減ってるカンジするわ」

 

 依織の目つきが変わった。

 

 

「マジかよ。じゃあ、小さくした分だけ数増やせんじゃねえの?」

「できると思う」

 

「それで一個だけ勝手にアタシ守らせて、残りを攻撃に回すとか?」

「表の依織がやってた自動迎撃を真似すればできそうだね」

 

「……それいいな」

 

 依織の顔に、さっきまでとは別の興奮が広がっていく。

 

 小さな黒球が二つ、三つと増えた。

 そのうち一つが依織の周囲をゆっくり回り始める。

 

 

「これで攻撃来たら、こいつに勝手に食わせりゃいいのか」

 

「全部自分で操作するより楽だろ?」

 

「じゃあ残りは……」

 

 依織が指を振る。

 二つの小さな黒球が、さっきまでとは比較にならない速度で飛んだ。

 

 一つが壁を浅く抉り、もう一つは金属製の机の脚だけを呑み込む。

 

「速っ……!」

 

「小さい分、動かすのも楽みたいだね」

 

「だったら弾丸みたいに飛ばせるじゃん。もっと増やして周りに置いとけば、避ける方向も潰せるし……」

 

 もう俺が教えなくても、自分から次を考え始めている。

 

 

「あとさ」

「まだあるの?」

「これ、拳にくっつけられねえ?」

 

 依織が自分の右手を見た。

 

「黒球の形にする必要がないなら、できると思うよ」

 

「マジ?」

 

 右拳の表面へ黒い虚素が集まっていく。

 完全な球体にはならず、拳を薄く覆うように【暴食無月】の干渉領域が形成された。

 

 依織はそれを見た途端、笑った。

 

「キヒヒッ……これ最高じゃん!」

 

 近くの金属棚へ踏み込み、拳を叩き込む。

 殴った部分だけが一瞬で分解され、拳大の穴が開いた。

 

 

「遠くから球飛ばしてるだけより、こっちの方がいいな。自分で殴った方が楽しいし」

「依織らしいね」

 

「脚にもできるよな? 蹴ったところ食わせて……あと身体そのものも操作できるなら、踏み込みとかもっと速くできんじゃねえの?」

「そこまで考えた?」

 

「だって操作する能力なんだろ? 黒球だけ操作するって誰が決めたんだよ」

 

 さっきまで息を切らしていたのが嘘みたいだった。

 依織は俺のすぐ前まで寄ってくると、俺の腕を掴んだ。

 

 

「なあ、ほかは? アンタまだ気づいてんだろ?」

 

「近いよ」

 

「いいから教えろって!」

 

 赤紫色の瞳が期待に輝いている。

 数分前まで本気で俺を殺そうとしていた相手とは思えない。

 

「皇牙様」

 

 少し離れた場所から、詩乃が静かに俺を呼んだ。

 

「ずいぶんと意気投合なさっておりますのね」

「うん。依織、覚えるの早いから面白いよ」

 

「……そうですか」

「詩乃の【言実化】を初めて見た時も面白かったよ」

 

 先回りして答えると、詩乃がわずかに目を細めた。

 

「まだ何も申しておりませんけれど」

「顔に『褒めろ』って書いてあったから」

「でしたら今後は、もう少し読みにくい顔を心がけます」

 

 声から少しだけ不満が抜ける。

 そのやり取りを見ていた依織が、俺の腕を掴んだまま急に黙った。

 

 

「……なあ、アンタ」

「何?」

「アタシが怖くねえの?」

 

 さっきまでの勢いが消えていた。

 

「なんで?」

「なんでって……アタシ、人殺してんだぞ。アンタのことだって、本気で殺そうとした」

 

「でも俺、生きてるし」

「そういう話じゃねえよ」

 

「それに、俺は今の依織も嫌いじゃないよ」

 

 依織が固まる。

 

「能力の話をしてる時、すごく楽しそうだし。一緒に戦ったら面白そうだ」

 

「……アタシ、が?」

 

「うん」

 

 依織はしばらく俺を見ていた。

 やがて何か言おうとしたが、その前に身体が大きく揺れる。

 

 

「……あ?」

「どうしたんだ依織?」

「あっちの依織が帰れってうるせぇんだよ……ちょっ、待てよ! もう少しだけ――」

 

 俺が肩を支えると、依織は目を閉じた。

 腕から力が抜ける。

 

「白馬の王子様……?」

「「え?」」

 

 数秒後、再び開いた赤紫色の瞳からは、先ほどまでの好戦的な光が消えていた。

 

 

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