「……凶行者?」
【解析】で表示された【
「暴行、強盗、殺人……死刑囚までいるのか」
「犯罪者を集めていたということですの?」
詩乃が黒い金属杖を手にしたまま、俺の横から表示された情報を覗き込む。
「いや。それだけじゃないみたいだ」
窃盗や詐欺程度の前科しかない者。生活保護を受けていた者。長期間仕事に就けなかったニート。中には犯罪歴すらなく、普通の探索者を師ていた人間までいる。
共通しているとすれば、家族や安定した生活基盤を持たず、突然姿を消しても大きな騒ぎになりにくいことくらいだった。
「……ひどい」
依織が小さく呟いた。
行われていた処置も分かってきた。
固有能力の出力を強制的に引き上げ、それと同時に精神へ干渉する。人間を傷つけることへの恐怖や躊躇を弱め、反対に攻撃性や殺人衝動を増幅させていたみたいだ。
「元から危険な犯罪者もいる。でも、全員がそうだったわけじゃないな」
一人の記録を開く。
処置前には暴力歴なし。
それが何度も実験を受けたあとには、命令された人間を笑いながら殺すまでに変化していた。
「私……見たことがあります」
依織が自分の腕を抱く。
「訓練室に連れてこられて、モンスターを殺したり……人同士で戦わされたりしていました。近づいちゃ駄目だと言われていたので、詳しくは知りませんでしたけど……」
『ならば話は早い』
アスモダイが当然のように言う。
『我が領域へ攻め込んできた敵であろう。皆殺しにすればよい』
「んー、その意見には半分反対かな」
『……何?』
「いや俺だって別に、快楽殺人者じゃないし?」
いくら異世界でそういった荒事の経験があるといったって、誰が好き好んで人殺しするもんか。
「それに死人に口なしだろ。誰に命令されたのか、どこで処置されたのか、他にも施設があるのか。せっかく情報を持って来てくれたのに、全部殺したら聞けなくなる」
人工的に変えられた人間なら、元へ戻せる可能性もある。
だからといって全員を救うつもりもないけどさ。
「もちろん、元から人殺しを楽しんでる奴まで無理に助けるつもりはないよ。殺すしかない奴は殺す。使えそうな奴は残す。それでいいだろう」
「皇牙様は、人を助ける時まで損得でお考えになるのですね」
詩乃が少し呆れながらも笑っている。
「嫌いになった?」
「まさか。わたくしは皇牙様がどのような方でも構いませんけれど」
「それは嬉しいな」
「生半可な気持ちで婚約者になったわけじゃないですから」
詩乃がじっとこちらを見る。
その横で、依織が俺たちを交互に見ていた。
「……本当に好きなんですね」
「当然ですわ」
今度は一切迷わなかった。
依織がなぜか少しだけ複雑そうな顔をしたが、今は敵の方が先だ。
「さて、そろそろ客を迎えようか」
管理領域へ意識を広げる。
侵入者は九人。
全員が一グループになって、この施設に向かってきている。
「まぁ、一度に全員の相手をする必要はないよね」
通路へ【虚素】を流す。
九人の前後で石壁が動き、進路が次々と塞がった。
一人。
五人。
三人。
三つの集団へ切り離す。
『貴様……我の迷宮を随分と気軽に弄るようになったな』
「もう俺のダンジョンでもあるからね」
『まだ認めておらぬわ!』
抗議は無視して、三人組のいる通路へストーンエイプを二体送り込んだ。
目的は倒すことではない。
能力を使わせて戦闘データを得ることだ。
一人目が腕を振った瞬間、目に見えない衝撃が走り、ストーンエイプが壁へ叩きつけられた。
二人目は何もなかった床から何本もの金属杭を生み出し、モンスターの身体を串刺しにする。
三人目はもっと単純だった。
自分の両拳を硬化させ、そのままストーンエイプへ殴りかかる。
「死ねよ! ほら、もっと鳴けよ! はははははっ!」
倒れた個体の頭を何度も踏みつける。
「それぞれ【操作】系、【具現】系、【侵蝕】系か。能力自体は珍しくないけど……」
出力がおかしい。
本来なら第三、第四等級程度に収まるような能力を、無理やり上の水準まで引き上げている。
(希少な能力者を一人探すより、普通の能力者を十人強化する方が兵士を揃えるなら簡単か)
敵側にも、敵側なりの合理性があるらしい。
その時、硬化能力者を詳しく【解析】して違和感に気づいた。
「……この人、自分の意思で笑ってないな」
「どういう意味ですの?」
「見てるものと、身体の反応が合ってない」
口では笑っている。
ところが心拍は速く、呼吸も浅い。拳を振り下ろすたびに指先が震え、身体は明らかに恐怖を感じている。
殺人を楽しんでいる人間の反応ではない。
「この人は残そう。処置を外したら話が聞けるかもしれない」
「では、どうやって捕らえます?」
詩乃が杖を構え直した。
「皇牙様がお出になるのでしたら、わたくしも」
「いや。今回はちょっと違う方法を試したい」
せっかくダンジョンそのものを手に入れた。
俺が直接、侵入者を一人ずつ倒していては、管理者になった意味がない。
「久しぶりにあいつらを使おうか」
「……あいつら?」
俺は自分の固有能力【データ化】へ意識を沈め、保存されている機能の一部を呼び起こした。
三つの光が俺の前へ現れる。
光が収まると、そこには手のひらより少し大きい三人の少女が浮かんでいた。
一人目は黒髪に猫のような耳を持ち、黒い服をきっちり着込んだ少女。
二人目は小さな角と尻尾を持ち、楽しそうに空中を飛び回る少女。
三人目は頭に大きなゴーグルを乗せ、腰へ工具のようなものをいくつも下げている。
「……皇牙様?」
詩乃が珍しく言葉を失った。
依織はそれ以上だった。
「か……可愛い……」
「紹介するよ。α、β、γ。俺の【データ化】を補助するために作った、自律式のプログラムみたいなものだ」
解析した物質・現象・能力などの情報を、自身の保存領域へ格納する。
【操作】に相当する。
保存した情報を複製し、別の対象や虚素へ反映させる。
【侵蝕】に相当する。
解析済みの情報を設計図として利用し、虚素から新たな物質や現象を作り出す。
【具現】に相当する。
黒髪のαが小さく一礼する。
「
その横で
「久しぶりー! 今日は何を複写する? いっぱい増やす?」
「必要な分だけね」
「えー」
最後に
「新しい実験台? だったらアタシに改造させてよ!!」
「ダメだよγ」
「まだ何も説明してないのに!」
「君が余計なものを付けるのは知ってるから」
詩乃が頭上を飛ぶ三人を見たあと、俺へ視線を戻す。
「この子たちを戦わせるのですか?」
「少し違うよ」
俺の中には、異世界で【保存】したモンスターや魔法、道具の情報が大量に残っている。
そして今は、新宿ダンジョンそのものを動かせる。
なら、この二つを別々に使う必要はない。
「α。保存してある異世界のモンスターデータから、あの三人に相性がいいものを探して」
「了解。検索を開始します」
「β。こっちのダンジョンにいるモンスターへ使えるよう、必要な性質だけ複写する準備」
「はーい!」
「γ。それを、このダンジョンの【虚素】で実際に作れる形へ組み直して」
γがゴーグルを下げた。
「それなら任せて!」
詩乃がようやく俺の意図へ気づいたらしい。
「……まさか皇牙様、新しいモンスターをお作りになるおつもりですの?」
「うん」
三人の【凶行者】は、まだ自分たちが何を相手にすることになるのか知らない。
それはこちらも同じだ。
だからこそ試してみる価値がある。
「せっかくだから、実戦テストに付き合ってもらおうか」
俺の言葉と同時に、α、β、γが一斉に動き始めた。