「検索完了しました」
最初に動きを止めたのはαだった。
黒い猫耳の少女の周囲に、俺が異世界で【保存】してきたモンスターの情報がいくつも浮かんでいる。
「対象三名の能力に対し、最も構築効率が良い組み合わせを選出しました。基礎となる個体には、アーマービートルを推奨します」
「俺もそれでいいと思う」
新宿ダンジョンにもともと存在するモンスターなら、必要な【虚素】も少なくて済む。
三人の【凶行者】は、圧縮した空気を放つ【操作】系、金属杭を生み出す【具現】系、そして身体を硬化させる【侵蝕】系。
最後の男だけは、人工的に殺人衝動を植え付けられた可能性が高い。生け捕りにする対象は最初から決めてある。
「圧縮空気には、異世界のグラトンリザードが持っていた衝撃を吸収する皮膚構造。金属にはアイアンイーターの捕食器官を使おう」
「必要情報を抽出します」
「じゃあ、複写はあたしね!」
βが楽しそうにαの周囲を飛び回る。
最後にγが大きなゴーグルを下ろした。
「アーマービートルに全部載せるんだよね? だったらついでに翼と毒針と火炎放射器も――」
「だからそういう余計な改造はいらないってば」
「なんで!?」
「今回は実験なんだ。あれもこれもとオプションをつけたら、どの要素が役に立ったのか分からなくなるだろ」
「……皇牙様が止めていなければ、とんでもない生き物が誕生していそうですわね」
詩乃が少し引いた様子でγを見る。
「大丈夫。γは優秀だよ。少し余計なことをしたがるだけで」
「それは本当に大丈夫なのでしょうか……」
依織の疑問はもっともだった。
俺は三体の処理を確認しながら、新宿ダンジョンの【虚素】を、構築予定地点へ集中させる。
「設計完了だよっ!」
γの声と同時に、三人組がいる通路の床から黒い光が立ち上る。
現れたのは全長三メートルほどの巨大な甲虫。
基礎となったアーマービートルより甲殻は厚く重なり、頭部の下には硬い金属すら噛み砕ける大型の口が追加されていた。
『おい……』
アスモダイの声が低くなる。
『我の魔物が随分と気色の悪い姿になっておるぞ』
「性能は上がってるよ?」
『そういう問題ではない!』
そんなやり取りをしている間に、【凶行者】たちも新しい敵へ気づいた。
「なんだ、こいつ!」
圧縮空気の男が腕を突き出す。
轟音。
巨大甲虫の正面へ衝撃がぶつかったが、何層にも重なった甲殻が揺れただけだった。
「損傷率八パーセント」
「うん、悪くない」
続いて金属杭が床から何本も伸びる。
一本が脚へ突き刺さった。
「今度は口を使って」
巨大甲虫が頭を下げ、杭へ噛みつく。
バキンッ!
金属が砕かれ、そのまま口の中へ消えた。
「は……?」
男が新しい杭を作る。
だが、それも食われる。
「ふざけんな! なんで俺の能力を食ってんだよ!」
焦って数を増やすほど、甲虫へ餌を与える結果になる。
次の瞬間、巨大な角が男の腹へ突き刺さった。
「がっ……!」
身体が持ち上がり、そのまま壁へ叩きつけられる。
生命反応が消えた。
「はい、一人目」
「成功成功!」
βが俺の肩の上で飛び跳ねる。
だが、圧縮空気の男はその隙に側面へ移動していた。
「正面が硬いだけだろ!」
至近距離から衝撃を放つ。
甲虫の横腹が大きく揺れ、一部の甲殻が砕けた。
「損傷率二十七パーセント」
「やっぱり複数機能を積むと動きが遅いな」
「関節を作り直す?」
「間に合わない。だから地形を使う」
俺が通路へ【虚素】を流す。
男が次の一撃を放とうと踏み込んだ瞬間、足元の床が沈んだ。
「なっ!?」
片脚を取られ、姿勢が崩れる。
そこへ巨大甲虫が突進した。
太い角が男の胸を捉え、そのまま壁へ押し潰す。
これで二人目。
残ったのは、硬化能力者だけだ。
「ははっ……はははは……!」
男は笑っていた。
それなのに、硬化した拳は震えている。
心拍も呼吸も恐怖を示したままだ。
「この人は殺さないよ」
「了解しました」
αが即答する。
「えー、じゃあ食べないの?」
「β、怖いこと言わない」
巨大甲虫の攻撃先を限定し、男を少しずつ後退させる。
「来るな! 殺すぞ! はははっ! 俺は殺したいんだよ!」
言葉とは反対に、男の身体は逃げたがっている。
やがて予定していた地点へ到達した。
「そこ」
左右の壁を動かす。
「ぐっ!?」
石壁が男の胴を挟み、身動きを封じる。
硬化した腕で壁を殴るが、力を入れるたびにさらに狭めた。
最後は足元からせり上げた石材で下半身まで固定する。
「生存確認。拘束完了です」
「よし」
初めてにしては悪くない。
消費した【虚素】はまだ多いし、動きも遅い。組み合わせによっては構築そのものが難しくなるだろう。
それでも、敵の能力を【解析】し、その情報をもとに対策となるモンスターを作る。
十分ダンジョン兵器として使えそうだ。
「皇牙様……」
詩乃が巨大甲虫を眺めながら微妙な表情をしていた。
「何?」
「わたくし、皇牙様に敵対する方が少しだけ気の毒になってまいりました」
「今さら?」
「今までは皇牙様ご本人から逃げればよかったではありませんか。これからはダンジョンまで皇牙様なのですもの」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めておりますわ」
詩乃は呆れたように言いながらも、どこか楽しそうだった。
「あの……」
今度は依織が俺の袖をそっと引いた。
銀白色の髪の少女は、五人を隔離している通路の方向を見ている。
「残っている五人の方……私にやらせてもらえませんか?」
「依織が?」
「はい」
声にはまだ緊張がある。
「今までは、研究員の人に戦えって言われたから戦ってました。能力を使えって言われたから使って……ずっと、それだけだったから」
依織は両手を握る。
「でも今度は、自分で決めたいんです。殺すためじゃなくて、止めるために使えるのか……試したい」
詩乃が俺を見る。
反対するつもりはなかった。
「いいよ。ただ、一人で五人を相手にする必要はないからね」
「え?」
「俺もいるし」
俺は足元へ【虚素】を流す。
「何より、ここは俺のダンジョンだから」
◇
五人組の前へ依織が姿を見せた。
もちろん、真正面から五対一にしたわけじゃない。
通路を狭め、柱を作り、五人全員が同時に依織を狙えない地形へ変えてある。
依織の周囲には、小型化された【
「来やがった! 情報にあった実験体の女だ!!」
一人が武器を振り上げる。
依織は一瞬だけ足を止めた。
それでも、逃げなかった。
「……私は、自分で戦うって決めたから」
振り下ろされた武器へ、小さな黒球が触れる。
刃だけが消えた。
「――は?」
二人目が放った攻撃も、別の黒球が途中から食い尽くす。
そこへ俺が床をずらした。
二人の足が同時に取られる。
依織は迷わず踏み込み、一人の顎を打ち抜き、もう一人の腹へ蹴りを叩き込んだ。
二人とも倒れ、そのまま動かなくなる。
気絶。
残り三人。
「へ、へへっ! まだ三対一だ! こっちが数の上で有利だぺきょ――っ!?」
妙な声とともに、男の頭が横へ跳ねた。
首があり得ない方向へ折れ、そのまま床へ崩れ落ちる。
「……え?」
依織が足を止めた。
俺もすぐに、閉じていたはずの別区画へ意識を向ける。
倒れた
最初に単独で分断した男。
そいつが、仲間を素手で殺した。
男は死体を見下ろして笑っている。
先ほど捕らえた硬化能力者とは、まるで違う。
呼吸は安定。
脈拍にも乱れはない。
殺人に対する恐怖反応が、どこにもなかった。
【解析】を向ける。
十数名を殺害。
死刑判決。
そして【凶行者】となる以前から、殺人そのものを楽しんでいた記録。
「……こいつが天使のオモチャか」
男は血のついた手を軽く振り、依織へ笑いかける。
「やっと面白そうな