異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第15話 迷宮の新しい住人

 

「検索完了しました」

 

 最初に動きを止めたのはαだった。

 

 黒い猫耳の少女の周囲に、俺が異世界で【保存】してきたモンスターの情報がいくつも浮かんでいる。

 

 

「対象三名の能力に対し、最も構築効率が良い組み合わせを選出しました。基礎となる個体には、アーマービートルを推奨します」

 

「俺もそれでいいと思う」

 

 新宿ダンジョンにもともと存在するモンスターなら、必要な【虚素】も少なくて済む。

 

 

 三人の【凶行者】は、圧縮した空気を放つ【操作】系、金属杭を生み出す【具現】系、そして身体を硬化させる【侵蝕】系。

 

 最後の男だけは、人工的に殺人衝動を植え付けられた可能性が高い。生け捕りにする対象は最初から決めてある。

 

 

「圧縮空気には、異世界のグラトンリザードが持っていた衝撃を吸収する皮膚構造。金属にはアイアンイーターの捕食器官を使おう」

 

「必要情報を抽出します」

 

「じゃあ、複写はあたしね!」

 

 βが楽しそうにαの周囲を飛び回る。

 最後にγが大きなゴーグルを下ろした。

 

 

「アーマービートルに全部載せるんだよね? だったらついでに翼と毒針と火炎放射器も――」

「だからそういう余計な改造はいらないってば」

 

「なんで!?」

「今回は実験なんだ。あれもこれもとオプションをつけたら、どの要素が役に立ったのか分からなくなるだろ」

 

「……皇牙様が止めていなければ、とんでもない生き物が誕生していそうですわね」

 

 詩乃が少し引いた様子でγを見る。

 

「大丈夫。γは優秀だよ。少し余計なことをしたがるだけで」

 

「それは本当に大丈夫なのでしょうか……」

 

 依織の疑問はもっともだった。

 

 

 俺は三体の処理を確認しながら、新宿ダンジョンの【虚素】を、構築予定地点へ集中させる。

 

「設計完了だよっ!」

 

 γの声と同時に、三人組がいる通路の床から黒い光が立ち上る。

 

 現れたのは全長三メートルほどの巨大な甲虫。

 基礎となったアーマービートルより甲殻は厚く重なり、頭部の下には硬い金属すら噛み砕ける大型の口が追加されていた。

 

 

『おい……』

 

 アスモダイの声が低くなる。

 

『我の魔物が随分と気色の悪い姿になっておるぞ』

 

「性能は上がってるよ?」

 

『そういう問題ではない!』

 

 そんなやり取りをしている間に、【凶行者】たちも新しい敵へ気づいた。

 

 

「なんだ、こいつ!」

 

 圧縮空気の男が腕を突き出す。

 

 轟音。

 巨大甲虫の正面へ衝撃がぶつかったが、何層にも重なった甲殻が揺れただけだった。

 

「損傷率八パーセント」

「うん、悪くない」

 

 

 続いて金属杭が床から何本も伸びる。

 一本が脚へ突き刺さった。

 

「今度は口を使って」

 

 巨大甲虫が頭を下げ、杭へ噛みつく。

 

 バキンッ!

 

 金属が砕かれ、そのまま口の中へ消えた。

 

「は……?」

 

 男が新しい杭を作る。

 だが、それも食われる。

 

 

「ふざけんな! なんで俺の能力を食ってんだよ!」

 

 焦って数を増やすほど、甲虫へ餌を与える結果になる。

 次の瞬間、巨大な角が男の腹へ突き刺さった。

 

「がっ……!」

 

 身体が持ち上がり、そのまま壁へ叩きつけられる。

 

 生命反応が消えた。

 

 

「はい、一人目」

 

「成功成功!」

 

 βが俺の肩の上で飛び跳ねる。

 だが、圧縮空気の男はその隙に側面へ移動していた。

 

「正面が硬いだけだろ!」

 

 至近距離から衝撃を放つ。

 甲虫の横腹が大きく揺れ、一部の甲殻が砕けた。

 

「損傷率二十七パーセント」

「やっぱり複数機能を積むと動きが遅いな」

 

「関節を作り直す?」

「間に合わない。だから地形を使う」

 

 俺が通路へ【虚素】を流す。

 男が次の一撃を放とうと踏み込んだ瞬間、足元の床が沈んだ。

 

 

「なっ!?」

 

 片脚を取られ、姿勢が崩れる。

 

 そこへ巨大甲虫が突進した。

 太い角が男の胸を捉え、そのまま壁へ押し潰す。

 

 これで二人目。

 残ったのは、硬化能力者だけだ。

 

 

「ははっ……はははは……!」

 

 男は笑っていた。

 それなのに、硬化した拳は震えている。

 

 心拍も呼吸も恐怖を示したままだ。

 

「この人は殺さないよ」

「了解しました」

 

 αが即答する。

 

「えー、じゃあ食べないの?」

「β、怖いこと言わない」

 

 巨大甲虫の攻撃先を限定し、男を少しずつ後退させる。

 

 

「来るな! 殺すぞ! はははっ! 俺は殺したいんだよ!」

 

 言葉とは反対に、男の身体は逃げたがっている。

 

 やがて予定していた地点へ到達した。

 

「そこ」

 

 左右の壁を動かす。

 

「ぐっ!?」

 

 石壁が男の胴を挟み、身動きを封じる。

 硬化した腕で壁を殴るが、力を入れるたびにさらに狭めた。

 

 最後は足元からせり上げた石材で下半身まで固定する。

 

 

「生存確認。拘束完了です」

 

「よし」

 

 初めてにしては悪くない。

 

 消費した【虚素】はまだ多いし、動きも遅い。組み合わせによっては構築そのものが難しくなるだろう。

 

 それでも、敵の能力を【解析】し、その情報をもとに対策となるモンスターを作る。

 

 十分ダンジョン兵器として使えそうだ。

 

 

「皇牙様……」

 

 詩乃が巨大甲虫を眺めながら微妙な表情をしていた。

 

「何?」

「わたくし、皇牙様に敵対する方が少しだけ気の毒になってまいりました」

 

「今さら?」

「今までは皇牙様ご本人から逃げればよかったではありませんか。これからはダンジョンまで皇牙様なのですもの」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「褒めておりますわ」

 

 詩乃は呆れたように言いながらも、どこか楽しそうだった。

 

 

「あの……」

 

 今度は依織が俺の袖をそっと引いた。

 銀白色の髪の少女は、五人を隔離している通路の方向を見ている。

 

「残っている五人の方……私にやらせてもらえませんか?」

 

「依織が?」

 

「はい」

 

 声にはまだ緊張がある。

 

 

「今までは、研究員の人に戦えって言われたから戦ってました。能力を使えって言われたから使って……ずっと、それだけだったから」

 

 依織は両手を握る。

 

「でも今度は、自分で決めたいんです。殺すためじゃなくて、止めるために使えるのか……試したい」

 

 詩乃が俺を見る。

 反対するつもりはなかった。

 

 

「いいよ。ただ、一人で五人を相手にする必要はないからね」

 

「え?」

 

「俺もいるし」

 

 俺は足元へ【虚素】を流す。

 

「何より、ここは俺のダンジョンだから」

 

 

 ◇

 

 五人組の前へ依織が姿を見せた。

 

 もちろん、真正面から五対一にしたわけじゃない。

 通路を狭め、柱を作り、五人全員が同時に依織を狙えない地形へ変えてある。

 

 依織の周囲には、小型化された【暴食無月(バアルディア)】が浮かんでいた。

 

 

「来やがった! 情報にあった実験体の女だ!!」

 

 一人が武器を振り上げる。

 

 依織は一瞬だけ足を止めた。

 それでも、逃げなかった。

 

「……私は、自分で戦うって決めたから」

 

 振り下ろされた武器へ、小さな黒球が触れる。

 

 刃だけが消えた。

 

 

「――は?」

 

 二人目が放った攻撃も、別の黒球が途中から食い尽くす。

 

 そこへ俺が床をずらした。

 二人の足が同時に取られる。

 

 依織は迷わず踏み込み、一人の顎を打ち抜き、もう一人の腹へ蹴りを叩き込んだ。

 

 二人とも倒れ、そのまま動かなくなる。

 

 気絶。

 残り三人。

 

 

「へ、へへっ! まだ三対一だ! こっちが数の上で有利だぺきょ――っ!?」

 

 妙な声とともに、男の頭が横へ跳ねた。

 首があり得ない方向へ折れ、そのまま床へ崩れ落ちる。

 

「……え?」

 

 依織が足を止めた。

 俺もすぐに、閉じていたはずの別区画へ意識を向ける。

 

 倒れた凶行者(クルーエル)との背後に、一人の男が立っていた。

 

 

 最初に単独で分断した男。

 そいつが、仲間を素手で殺した。

 

 男は死体を見下ろして笑っている。

 先ほど捕らえた硬化能力者とは、まるで違う。

 

 呼吸は安定。

 脈拍にも乱れはない。

 

 殺人に対する恐怖反応が、どこにもなかった。

 

 

 【解析】を向ける。

 

 十数名を殺害。

 死刑判決。

 

 そして【凶行者】となる以前から、殺人そのものを楽しんでいた記録。

 

 

「……こいつが天使のオモチャか」

 

 男は血のついた手を軽く振り、依織へ笑いかける。

 

「やっと面白そうなプレイ(殺し)ができそうだ」

 

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