異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第16話 殺したくない彼女

◇依織視点

 

「やっと面白そうなプレイ(殺し)ができそうだ」

 

 男は、たった今自分で殺した【凶行者(クルーエル)】の死体を足元へ転がしながら、楽しそうに笑っていた。

 

 私の周囲には、小型化した【暴食無月(バアルディア)】が三つ浮かんでいる。

 

 皇牙さんはここにはいない。

 研究施設に残っているから、かなり離れているはずだ。

 

 それなのに。

 

 

「依織、聞こえる?」

 

「皇牙さん……?」

 

 すぐ近くから声が聞こえた気がして、思わず周囲を見回した。

 

「俺は研究施設にいるけど、そっちは見えてるよ」

 

「そんなことまでできるんですか……?」

 

「俺も今試して分かった」

 

 皇牙さんが説明してくれたところによると、新宿ダンジョン中を満たしている【虚素(ヴォイド)】を通じて、管理領域内の音や光景を拾い、こちらへ声を届けられるらしい。

 

 ダンジョンの外では使えないそうだけど、それでも十分すぎるほど便利だと思う。

 

 

『我の管理機能を勝手に使いおって……!』

 

 アスモダイさんの怒鳴り声まで聞こえてきた。

 

「使える機能は使わないと勿体ないだろ」

 

『貴様は本当に遠慮というものを知らぬな!』

 

 こんな状況なのに、少しだけ緊張が抜けた。

 でも、目の前の男は笑ったままだ。

 

 

「この人は、天使の改造で壊されたわけじゃないな」

 

 皇牙さんの声がする。

 どうやら【解析】しているらしい。

 

「元から危険だった人間を、さらに能力まで強化した感じだ」

 

 男の能力は【操作】系。

 

 無から炎や氷などを生み出す【具現】でも、触れたものの性質を書き換える【侵蝕】でもない。

 

 すでに存在しているものの動きへ干渉する能力らしい。

 

 自分の身体を加速させる。

 拳を速くする。

 投げた物をさらに加速させる。

 

「さっき隔壁を破れたのも、この能力みたいだね」

 

 だから、一人だけ別に分断していたらしい。

 仲間と一緒にしておく方が危険だったから。

 

 

「お前なんだろ? そこの研究所で生まれた兵器っつーのは」

 

 男が私を見る。

 胸の奥が冷たくなった。

 

「……違います」

「あ?」

 

「私は、兵器なんかじゃありません」

「何言ってんだよ。その化け物みてえな能力で殺しまくっておいて、まだ人間のつもりか?」

 

 兵器。

 危険物。

 制御対象。

 

 研究所で何度も聞いた言葉が頭の中へ戻ってくる。

 

 私の意思なんて、誰も聞かなかった。

 

 戦えと言われたら戦う。

 能力を使えと言われたら使う。

 嫌だと言っても意味がなかった。

 

 

「まぁなんでもいい。俺とプレイ(殺し合い)しようぜ!」

 

 男が床を蹴った。

 次の瞬間には、もう目の前まで来ていた。

 

「っ……!」

 

 けれど拳が届く前に、床から石壁がせり上がった。

 

 轟音。

 加速した拳が壁へ叩き込まれ、大きな亀裂が走る。

 

「依織」

 

 皇牙さんの声が聞こえた。

 

「どうしたい?」

 

「……え?」

 

「俺がこのまま捕まえてもいいよ。でも、自分で戦いたいなら俺は補助だけする」

 

 一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。

 

 命令じゃない。

 戦えとも、逃げろとも言わない。

 私に選ばせてくれている。

 

 前にもそうだった。

 もう一人の私を消すのかと聞いた時も、皇牙さんは「どっちも依織だ」と言ってくれた。

 

 研究所の誰も言わなかった言葉だった。

 

 

「……戦います」

「うん」

 

「今度は、自分で決めたから」

「分かった。じゃあ好きにやってみて」

 

 壁が下がる。

 

 男が再び走った。

 途中から身体が急激に加速する。

 

 私は【暴食無月】を前へ飛ばした。

 ナイフへ触れ、刃だけを食べる。

 

 

「は?」

 

 それでも男は止まらない。

 私は足元へもう一つ黒球を滑らせた。

 

 床が抉れ、踏み込みが崩れる。

 

「くそっ、厄介な能力使いやがって……!」

 

 怖い。

 戦うことよりも、殺してしまうことが。

 それでも、逃げたくはなかった。

 

 

「だが、おもしれーじゃねーか」

 

 男はすぐに戦い方を変えた。

 倒れている【凶行者】の一人を掴む。

 

「ほらよ!」

「え……?」

 

 人間を投げた。

 しかも、投げられた身体が途中からさらに加速する。

 

 自分だけじゃない。

 触れたものの動きまで【操作】できるんだ。

 

 

「そんな……!」

 

 私は黒球を向けかけて止めた。

 当てれば、この人まで食べてしまうかもしれない。

 

 受け止めようとした瞬間、男が一気に距離を詰める。

 

「へへっ、弱点みーっけ」

 

 別の仲間を無理やり立たせ、自分の盾にした。

 

 

「お前、人間を殺せねえんだろ?」

 

「……っ」

 

「そんなヤベー能力持ってるくせによ!」

 

 息が苦しくなる。

 黒球が思うように動かない。

 

「ほら、兵器らしく殺してみろよ!」

 

「違う……私は……」

 

 怖い。

 殺したくない。

 でも、このままじゃ。

 

 その時、意識の奥から声がした。

 

 

『ったく……面倒くせぇな。殺した方が楽なのにな』

 

 身体の力が抜ける。

 でも、意識は完全には消えなかった。

 

 視界も、音も、ぼんやりと残っている。

 

『交代しな、あとはアタシがやってやるよ』

 

 もう一人の私が、私の身体で笑った。

 

 

『……ってことで後半戦のスタートだ』

 

 地面を蹴る。

 男も加速する。

 正面から拳が飛んでくる。

 

 もう一人の私は、その拳へ薄く【暴食無月】をぶつけた。

 

 だけど男の人の拳は消えていない。

 

 

「なっ!? まさか能力だけを喰ったのか!?」

 

『へへっ、能力は使い方次第だって、誰かさんから学んだばっかなんでな!』

 

 皇牙さんと一緒に考えた使い方。

 

 武器だけ。

 能力だけ。

 必要なものだけを食べる。

 

 もう一人の私は、それを当たり前のように使っていた。

 男の【操作】を食い、ナイフを食い、逃げようとした脚への加速も消していく。

 

 

『そっちに逃げ場はないぜ?』

 

 男が壁際へ追い詰められる。

 

 最後の拳が急加速した。

 けれど正面へ展開された【暴食無月】が、その【操作】だけを飲み込んだ。

 

『これなら死なねえだろ!』

 

 普通の拳が男の顎へ入る。

 

「がっ……!」

 

 男が床へ崩れ落ちた。

 

 

「本当に殺さないでいいんだ?」

 

 皇牙さんの声がした。

 

『アイツが嫌だっつってんだろ。二度言わせんな』

「そっか」

 

『なんだよ、その嬉しそうな声』

「別に」

 

『ムカつくな、お前』

 

 それでも、もう一人の私は倒れた男へ手を出さなかった。

 

 殺したくない。

 私がそう思ったから。

 それを、あの子が守ってくれた。

 

 

 やがて身体の感覚が戻ってくる。

 私は自分の手を見た。

 

「依織? 大丈夫?」

「……皇牙さん、私……ずっと、あの子が怖かったんです」

 

「うん」

「身体を取られるし、何をするか分からないし……研究所でも、あの子は消した方がいいって言われてました」

 

 でも、皇牙さんは違った。

 

「皇牙さんだけでした。あの子も私も、どっちも依織だって言ってくれたの」

 

「そうだったね」

 

「今日も……私にどうしたいか聞いてくれました」

 

 胸の奥が少し熱くなる。

 この人の前なら、無理にどちらか一人にならなくてもいい。

 

 怖がりな私も。

 戦うことが好きなあの子も。

 

 どちらも否定されない。

 だから私は、皇牙さんの声を聞くと安心するんだと思う。

 

 

(私、皇牙さんのことを好きになりかけてる……?)

 

 そこで、ふと気づいた。

 あの子も同じなのではないだろうか。

 

 皇牙さんは、あの子のことも怖がらなかった。

 一緒に戦い方を考えて、普通に話して、今日もあの子の意思まで尊重してくれた。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?」

 

 嫌な予感がした。

 

「……あの子まで皇牙さんを好きになったら、どうしよう……」

 

 

「依織さん?」

「ひゃっ!?」

 

 突然、詩乃さんの声が聞こえた。

 

「今の発言について、少々詳しく伺ってもよろしいですか?」

「えっ!? 詩乃さんにも聞こえてるんですか!?」

 

「通信、繋ぎっぱなしだからね」

「先に言ってください!」

 

「その問題はあとでゆっくりお話しいたしましょう」

 

 詩乃さんの声は優しい。

 なのに、なぜかものすごく怖かった。

 

 

◇皇牙視点

 

 依織の慌てた声を聞きながら、俺は管理領域全体へ意識を広げた。

 

 九人の【凶行者】は、すべて死亡、拘束、あるいは無力化。

 

 新しい侵入反応もない。

 

「……とりあえず終わったかな」

 

「勝った、ということですの?」

 

「今回はね」

 

 凶行者(クルーエル)と天使。

 今回使った新しい能力。

 

 確認すればするほど、気になるところが増えていく。

 

 

「でも、同じ方法でもう一回来られたら面倒だな」

 

 どうやら勝ったあとの方が、やることは多そうだった。

 

 

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