異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第21話 また来たくなるダンジョン

 

 翌朝。

 

 俺は玲子に用意してもらった大きなバッグを片手に、詩乃と一緒に新宿ダンジョンへ入っていた。

 

 

(それにしても、昨日が初探索だったとは思えないくらい濃い一日だったな)

 

 地図にない区画へ迷い込み、アスモダイを取り込み、研究施設を発見して依織と出会った。そのうえ最後には、九人の【凶行者(クルーエル)】まで攻め込んできた。

 

 一晩眠っても、全部が昨日一日の出来事だったという実感が薄い。

 

 

「皇牙様、そのお荷物はすべて依織さんのお洋服ですの?」

 

「ん? あぁ、だけど服だけじゃないよ。洗面用品とか下着とか、玲子が必要そうなものを一通り入れてくれた」

 

「……女性用の下着まで皇牙様がお持ちになっているのですね」

 

「俺が選んだわけじゃないけど」

 

「そこは疑っておりませんわ」

 

 なぜか最後だけ声が少し冷たかった。

 研究施設へ着くと、白い検査着姿の依織が俺たちを見つけて駆け寄ってくる。

 

 

「皇牙さん!」

「おはよう、依織。約束してたもの、持ってきたよ」

 

「これ……全部ですか?」

「必要そうなものを玲子に選んでもらった。着替えも何種類か入ってるよ」

 

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 依織は大きなバッグを両手で抱え、そのまま奥の部屋へ向かった。

 

 しばらくして戻ってきた時には、黒いパーカーとショートパンツへ着替えている。小柄な身体には少し余裕のあるサイズで、長めの袖から指先だけが覗いていた。

 

 

「……どう、ですか?」

 

「似合ってるよ。そっちの方が依織らしい」

 

「本当ですか?」

 

 依織は嬉しそうに袖口を握った。

 

「皇牙さんが持ってきてくれた服、大切にします」

「選んだのは玲子だけどね」

 

「…………」

「あ」

 

「皇牙様」

 

 詩乃が呆れたように俺を見る。

 

 

「今の一言は必要でしたの?」

「事実だから……って言い訳は無理があるか」

「女性との会話では、事実を正確に伝えることより大切なものもございますわ」

 

 依織が明らかに落ち込んでしまった。

 

「じゃあ、次は俺が選ぶよ」

「本当ですか!?」

 

 すぐに顔が上がる。

 

 

「だったら私、皇牙さんが好きな服を着てみたいです」

「俺が好きな服?」

 

「はい。その……皇牙さんが可愛いと思うような……」

「依織さん?」

 

 詩乃が穏やかな笑顔で名前を呼ぶ。

 

「い、一般的な意味です!」

「何が一般的なのか、あとで詳しく伺いたいですわね」

 

 昨日よりは打ち解けているようだし、仲が良いということにしておこう。

 

 

 俺は二人から視線を外し、管理領域へ意識を向けた。

 

 防衛を強化するには、とにかく【虚素】が大量にいる。

 

 モンスターを作るにも、罠や設備を動かすにも必要だ。昨日のような襲撃が繰り返されることを考えれば、消費を抑えるだけでなく、安定して稼ぐ仕組みも用意しておきたい。

 

「今日は一つ、あることを試してみよう」

「何をなさいますの?」

 

「探索者が、自分から戦いたくなる場所を作る」

「自分から?」

 

「戦えば得をするようにするんだよ」

 

 

 選んだのは、一般探索区域にある円形の広間だった。

 広間自体には大きく手を加えず、中央へ石造りの台座だけを設置する。

 

γ(ガンマ)。この中に報酬を入れられるようにして」

「宝箱にする!?」

 

「台座のままでいいよ」

「じゃあ開く時に光らせる!」

 

「んー、まぁそれくらいならいいかな」

「やった!」

 

 ゴーグルを額に乗せたγが嬉しそうに作業を始める。

 

 

α(アルファ)は、この広間で倒されたモンスターの数を記録。一定数を倒したら台座を作動させて」

「了解しました」

 

β(ベータ)は報酬用の魔石や素材を用意して。高価なものは少量でいい」

「いっぱい複写した方が喜ぶよ?」

 

「配りすぎたら赤字になるでしょ」

「ケチー!」

 

 俺がやりたいのは慈善事業じゃない。

 

 探索者に戦ってもらえば、身体活動や能力使用によって【虚素】が発生する。そこで回収する量が、報酬を用意するための消費量を上回ればいい。

 

 

『また人間へ餌を撒くのか』

 

(餌とは人聞きが悪い。報酬だって)

 

『言い換えただけであろう』

 

 アスモダイの抗議を聞き流していると、三人組の探索者が広間へ入ってきた。

 

 中央の台座を警戒していたものの、現れたのが見慣れた低級モンスターだと分かると戦闘を始める。

 

 

「よしよし、ここまでは順調だ」

 

 能力が使われるたびに【虚素】が動き、その一部がこちらへ蓄積されていく。

 

 そして五体目が倒れた瞬間、台座が淡く輝いた。

 

『おい、なんか開いたぞ!』

 

『魔石と素材……? 追加報酬ってことか?』

 

『もう五体倒してみようぜ!』

 

 狙い通り、三人は帰らず戦闘を続けた。

 

 

「……楽しそう」

 

 その様子を見ていた依織が呟く。

 

「依織もやってみたい?」

「戦うのは嫌いじゃないです。でも……それだけじゃなくて」

 

 赤紫色の瞳が、相談しながら進む探索者たちを追っている。

 

「探索者になれば、どこへ行くかも、誰と戦うかも、自分たちで決められるんですよね」

「うん」

 

「それがなんだか、いいなって……」

「?? じゃあ、依織も探索者になれば?」

 

「私がですか?」

「資格を取って、自分で潜ればいい。能力なら十分すぎるくらいあるし」

 

 依織は少し迷ったあと、俺を見上げる。

 

 

「その時は……皇牙さんと一緒に行けますか?」

「もちろん。予定が合えばね」

「でしたらその際には、わたくしも同行いたしますわ」

 

 すぐに詩乃が加わった。

 

「三人で?」

「皇牙様と依織さんを二人きりにする理由がございませんもの」

 

「ただの探索だよ?」

「ええ。探索ですわよね」

 

 笑顔なのに、なぜか念を押された。

 

 そこへαから声が届く。

 

 

管理者(マスター)。問題が発生しています」

 

 映像を確認すると、最初の三人がすでに十五体以上倒していた。それでも帰ろうとせず、台座の近くへ居座っている。

 

 さらに別のパーティまで入ってきた。

 

『悪いけど、ここ俺たちが使ってるから』

『は? ダンジョンの広間を貸し切れるわけないだろ』

 

 

「なるほど。美味しすぎると独占するのか」

『ならば――』

 

「殺し合わせるのは却下」

『まだ何も言っておらぬ!』

 

「アスモダイの言いそうなことは、だいたいもう分かるよ」

 

 問題は報酬そのものではなく、ここへ居続けるのが一番得になっていることだ。

 

 

「一組が受け取れる回数を一日三回までにしよう。それ以上倒しても台座は開かない」

 

「三回だけー?」

 

 βが不満そうに頬を膨らませる。

 

「今日全部取らせる必要はないよ。また明日来てもらえばいい」

 

 さらに報酬も固定しない。

 魔石、素材、回復薬、装備品。

 

 最低限の報酬は必ず出すが、内容には差をつける。ごく稀に少し価値の高い物も混ぜておけば、次は何が出るのかという楽しみも生まれる。

 

 とかやっていると、γが勝手に台座へ光の演出を追加していた。

 

 候補が次々と浮かび、最後に一つへ決まる。

 

 

「……なんだかパチンコみたいですわね」

「何が出るか最初から分かってるより楽しいだろ?」

 

「そのうえ三回まででしたら、良い物が出なくても『次こそは』と思ってしまいそうですわ」

「ふふ。そう、それが狙い」

 

 毎日、少しだけ挑戦できる。

 最低限は得をする。

 運が良ければ、もっと良い物が手に入る。

 

 同じ設備を何か所かへ分散させれば、一つの場所を占有する意味も薄くなる。

 

 

「まるで商売ですわね」

 

「商売だよ。こっちは【虚素】をもらって、向こうは報酬を持って帰る。お互い得なら何度でも続けられる」

 

『迷宮の主とは思えぬ発想だな』

 

(褒め言葉として受け取っておくよ)

 

 

 そこでαが別の映像を表示した。

 

管理者(マスター)。先日拘束していた者の一名が意識を取り戻しました」

 

 映ったのは、身体硬化能力を持つ【凶行者(クルーエル)】。

 人工的な笑いを浮かべながら、実際には戦うことを怖がっていた男だ。

 

 目を覚ました彼は拘束された自分の身体を確かめ、やがて両手へ視線を落とす。

 

 その指が震え始めた。

 

「……俺、また人を殺したのか?」

 

 俺は映像を閉じ、立ち上がる。

 

 

「行こうか」

 

 殺さずに残したのは、話を聞くためだ。

 

 何をされたのか。

 誰に命令されたのか。

 

 今度は本人の口から聞かせてもらおう。

 

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