異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第22話 臆病者の保険

 

「……俺は、また人を殺したのか?」

 

 拘束された男は、自分の両手を見つめたまま震えていた。

 

 昨日、硬化させた拳でストーンエイプを殴りつけ、笑いながら「殺したい」と叫んでいた【凶行者(クルーエル)】だ。

 

 けれど今、その顔に笑みはない。

 

 

「何を覚えてる?」

 

 俺が尋ねると、男はしばらく答えられなかった。

 

「分からない……戦っている途中から、頭がおかしくなるんだ。本当は怖いはずなのに、殴ってる時は楽しいって感じるようになって……」

 

「昨日もそうだったよ。君は笑ってたけど、手は震えてた」

 

「ちくしょう。どうして俺は、こんなことを……?」

 

「それを確かめるためにも、まずは何をされたのか聞かせて」

 

 責めたところで情報が増えるわけじゃない。かといって、下手に慰めるつもりもなかった。

 

 【解析】を使えば、客観的な情報は得られる。

 それでも俺が知りたいのは、この男自身が何を見て、何を聞き、何を経験したのかだった。

 

 

「最初は……ただの仕事だった」

 

 男は途切れながら話し始めた。

 

 探索者向けの高額報酬案件。

 一定期間の訓練と治験を受ければ能力を強化でき、成功すればまとまった金まで支払われる。

 

 生活に困っていた男は、自分から応募したという。

 

 

「集合場所に行ったら、その場でスマホ端末を預けさせられた。車に乗せられて……途中から窓もないやつに変わった。着いた先じゃ名前も使われなくて……俺はずっと番号で呼ばれてた」

 

 最初は身体検査。

 

 次に薬を打たれ、能力を使わされる。

 硬化できる範囲も時間も、少しずつ伸びていった。

 

「訓練相手も最初はモンスターだった。でも途中から人間になって……俺、怖くなって嫌だって言ったんだ」

 

 男の指先が強く握られる。

 

「命令に逆らうと、身体が痛くて息もできなくなる。でも殴れば……気持ちいいんだ。怖いのに、もっとやりたくなる。途中から、自分が分からなくなった」

 

 なるほど、そんな経緯があったのか。

 

 

「それで――」

 

 俺は改めて男を見る。

 

「君はこのあと、どうしたい?」

「……どうって?」

「外から付け足されたものなら、外せる可能性があるんだけど」

 

 男の顔が上がる。

 

「ただ、完全に元通りになる保証はない。それに俺が勝手に人格を作り替えるつもりもない。研究施設の連中が加えた部分だけを、可能な限り取り除くってだけ」

 

「ほ、本当か!? 戻れる可能性があるのか!??」

 

「やってみないと分からない」

 

 男は長い間、自分の手を見つめていた。

 

 やがて小さく息を吐く。

 

 

「……戻りたい」

 

 声が震えている。

 

「普通に怖がって、普通に嫌だって思える人間に戻りたい。たとえ、可能性が低くても。自分が死ぬリスクがあっても」

 

「……分かった。じゃあ試してみよう。α(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)、出ておいで」

 

 三つの小さな光が現れた。

 

 

「まずα。現在の状態を全部【保存】。それから元からあった情報と、後付けされたものを分けて」

 

「了解しました」

 

 黒い猫耳を揺らしたαの周囲へ、男から読み取った情報が次々と並ぶ。

 

「外部から処置されたと推定される情報群を分類しました」

「β。そっちだけ別に複写して切り離して」

 

「これだけこっちに移せばいいの?」

「うん。元からある部分にはなるべく触らないで」

 

「りょーかい!」

 

 小さな角と尻尾を持つβが楽しそうに飛び回り、人工的に追加された情報だけを別領域へ移していく。

 

 

「最後、γ」

「任せて!」

 

 ゴーグルを下ろしたγが待ってましたとばかりに前へ出る。

 

「強化された能力もったいないし、これは残しておく?」

 

「もちろん戻す。元の身体じゃ負担がかかるし、死んだら意味ないからね」

 

「じゃあ元の状態に合わせて組み直すね!」

 

 【解析】で見分け、【保存】する。

 【複写】で後付けされた情報だけを分離し、【構築】で残った情報を元の状態へ近づけていく。

 

 男の身体が一度強く震え、やがて力が抜けた。

 

 

「……っ、う」

 

 床へ吐きそうになりながら蹲る。

 しばらくして、自分の手を何度も握った。

 

「な、なんだ? 今まで頭にかかっていたモヤが、急に晴れて……」

「どう? 今も暴れたい?」

 

「……嫌だ。もう、誰も殴りたくない」

「なら、たぶん成功だね」

 

 

『そこまでして人間一匹を残す意味があったのか?』

 

 アスモダイが呆れたように言う。

 

(いや、単純に試してみたかっただけだよ)

 

『……は?』

 

(人間の能力を分離して、必要なものだけ残して、もう一度組み直す。モンスターを作る時にも、能力を付けたり外したりできるようになるかもしれないだろ?)

 

 俺は男の状態を確認しながら、少しだけ興奮していた。

 

 

(これなら硬化能力だけ抜き出したり、別の性質と組み合わせたりできる。モンスターの改造にも使えそうだ)

 

『貴様、人間を使って実験したことを、よくもまあ楽しそうに語れるな』

 

(人間だから慎重にやったんだよ。モンスター相手なら、もっと気軽に試せる)

 

『そういう問題ではない』

 

(でも成功した。これで【データ化】の使い道が一つ増えた)

 

『……本当に呆れた奴だ』

 

(褒め言葉として受け取っておくよ)

 

 アスモダイは、それ以上何も言わなかった。

 

「さ、無事に元へ戻れたことだし。あの人に連絡してみようかな」

 

 

 ◇

 

 その日の午後。

 

 昨日、管理局を出る際に俺は、内部監査の男性職員から連絡先を渡されていた。そこへ「会って話がしたい」とDMすると、管理局から少し離れた雑居ビルを指定された。

 

 待っていたのは、細身の身体に眼鏡を掛けた男だった。

 

 

「改めて名乗っておきます。新宿迷宮管理局、内部監査室の相良(さがら) 直人(なおと)です」

 

天御門(あまみかど) 皇牙です。まあ、俺の方は知ってますよね」

 

「もちろん。第五等級【解析】のGランク新人探索者として、ですが」

 

「そこまでご存じなら話が早い」

 

 俺が笑うと、相良さんは眼鏡の奥から探るようにこちらを見た。

 

 

 こちらが提出したのは【凶行者】本人の証言と、研究施設から抜き出した記録の一部。

 

 相良さんから出てきたのは、消された探索者記録、用途の確認できない予算、封鎖区域へ密かに運び込まれていた人員と物資の情報だった。

 

「この五人……こちらの行方不明者記録と一致します」

「やっぱり」

 

「ですが私が確認した時点では、記録上は全員『自主的な探索者資格の失効』として処理されていました」

「誰かが消したってことですか?」

 

「少なくとも、通常の手続きではありません」

 

 こちらで見つけた人間。

 管理局から消えた人間。

 

 別々だった情報が繋がった。

 

 

「一つ、聞いても?」

「どうぞ」

 

天御門(あまみかど)さんは、どこまで知っているのですか?」

「全部は知りませんよ。だからあなたに会いに来たんです」

 

「では、支局長が関与している可能性については?」

「かなり高いと思ってます。でも今すぐ行動するつもりはない」

 

 相良さんの表情が変わる。

 

「なぜです?」

 

「支局長を一人捕まえて終わるなら簡単です。でも今回の研究は、それだけじゃ済まないでしょう?」

 

 施設。

 人材。

 予算。

 被験者の募集と移送。

 

 それらを何年も続けていたのなら、支局長一人だけで成立するはずがない。

 

 

「今ここで支局長を追及すれば、その上にいる連中は証拠を消して逃げるかもしれない。じゃあ俺が強引に解決を図ったら? その場合は『探索者が管理局を襲った』って事実だけが残る。それじゃあ俺に何のメリットもない」

 

「……だからあえて泳がせると?」

 

「そう。支局長が誰と繋がってるのか知りたいんです」

 

 相良さんの眉間にわずかに皺が寄り、呆れたように息を吐いた。

 

「あなたはもっと、自分の力ですべて解決する人間だと思っていました」

「殴るだけで解決するなら楽なんですけどね」

 

「では何を目指しているんです?」

「んー、世界平和?」

 

 そう言うと、相良さんがジト目になった。

 酷いな、本心なのに。

 

 

 その時、αから通信が入る。

 

 【管理者権限】がある間は、ダンジョンの外にいても、α・β・γとだけは念話に近い形で会話できる。三人の姿を直接呼び出すことはできないが、意識を繋いでおけば、距離に関係なく声を届けられるのだ。

 

管理者(マスター)。ダンジョンの自動監視システムに問題が発生しました」

「どんな?」

 

「本来なら虚素(ヴォイド)をもたらすお客(ゲスト)扱いであるはずの一般探索者三名を、敵対侵入者として誤判定しています」

「……なんでそんなことに?」

 

管理者(マスター)が事前に設定された、敵対条件に該当したためです」

 

 人間社会の方では、ようやく敵と味方を分け始めたばかりだ。

 どうやら今度は、新宿ダンジョンにも同じことを教えないといけないらしい。

 

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