新宿ダンジョンへ戻ると、問題になった三人組はまだ無事に探索を続けていた。
「こっちの壁、何かありそうじゃないか?」
「地図には通路なんて載ってないぞ」
「だから調べるんだろ。最近、新しい区画が増えてるって噂だし」
彼らは剣や盾を持った普通の探索者だった。壁を叩いたり、細い隙間へ顔を近づけたりしながら、隠し通路がないか調べている。
「これで敵扱い?」
「通常経路から逸脱。管理設備への接触。制限区域への接近。設定された三条件を満たしています」
黒い猫耳を揺らしたαが淡々と答える。
「確かに条件には当てはまってるね」
「ですが、探索者ならこの程度の行動は普通ではありませんこと?」
詩乃が呆れたように三人を見る。
実際、その通りだ。
ダンジョンで怪しい壁を見つけたら調べる。未知の道があれば入ってみたくなる。それを全部侵入者扱いしていたら、そのうち新宿ダンジョンへ来る探索者がいなくなる。
「じゃあ、何を考えてるか分かればいいの?」
依織が首を傾げた。
「悪いことをしようとしてる人だけ見つけるとか」
「それができたら楽なんだけどね。残念ながら、ダンジョンに人間の心を読む機能はない」
俺の【解析】だって、目の前の人間が今何を考えているかまで読めるわけじゃない。それなら見るべきなのは、考えていることではなく行動だ。
「いきなり敵か味方かに分けるから駄目なんだ」
俺はαたちへ新しい基準を伝える。
まず、怪しい行動をしただけなら監視。
通常区域から外れたら、安全な帰還路を分かりやすく示す。
それでも制限区域へ進もうとした場合は、壁を動かして進路を塞ぐか警告を出す。
さらに突破を続けたら拘束。
こちらへの攻撃や設備の破壊を確認して、初めて本格的な迎撃へ移る。
「つまり、すぐには殺さないの?」
「そういうこと。迷子と侵入者を同じ扱いにしない」
『ふんっ、面倒なことをする』
アスモダイが不満そうに口を挟んできた。
(面倒でも必要なんだよ。普通の客を殺してたら商売にならないからね)
『迷宮を商店のように語るな!』
最近はこの反応にも慣れてきた。
「では、実際に試してみませんこと?」
詩乃が腰まで届く黒髪を払いながら俺を見る。
「わたくしが一般の探索者役をいたしますわ」
「ならアタシが侵入者役やる!」
依織の雰囲気が変わった。
背筋が伸び、赤紫の瞳に好戦的な光が宿る。裏の依織へ交代したらしい。
「ちょうどいいね。依織は本気で突破してみて。あぁ、詩乃は迷子のつもりで」
「扱いに随分と差がございません?」
「アタシの方が期待されてるってことじゃん」
「絶対にそういう意味ではありませんわ」
二人の視線がぶつかった。
……仲良くなったと思ったのは、やっぱり気のせいだったかもしれない。
◇
最初は詩乃からだ。
一般区域を進み、わざと地図にない横道へ入る。
「第一段階。監視を開始します」
αが位置と行動を記録し、βが周囲の地形情報を展開する。
しばらく進んだところで、壁に淡い光が浮かび、元の探索ルートへ続く方向を示した。
「なるほど。戻る道を教えてくださるのですね」
詩乃が無視してさらに奥へ進む。
今度は前方から石壁がせり出し、通路を塞いだ。
『この先は立入制限区域です。通常探索区域へお戻りください』
「警告まで出ましたわ」
詩乃が少しだけ嬉しそうに振り返る。
「なんだか遊園地にある、迷路のアトラクションに来たみたいで楽しいですわ」
「へぇ、詩乃はそういうところに行ったことがあるんだ?」
「お、お友達とですわ! 皇牙様となら、デートでいつでも――」
「詩乃さん、今はテスト中だから!」
離れた場所から依織が割り込んできた。
次は依織が、突破に挑戦する番だ。
「じゃ、行くよ!」
壁が塞がる直前に加速して通過する。
別の壁が動けば床を蹴って飛び越え、警告も無視。さらに【
「第三段階を突破。拘束へ移行します」
「いっくよー!」
床が沈み、依織の足場が崩れた。
「おっと!」
跳躍した先では左右の壁が狭まり、逃げ道を限定する。
そこへ通路の奥から、捕縛用に調整した甲虫型モンスターが現れた。
「へえ!」
依織は楽しそうに黒球を飛ばす。
だがモンスターが正面から相手をしている間に、背後の壁から伸びた拘束帯が手首へ巻きついた。
「うわっ!」
足元にも別の拘束具。
転ばせるほど強くは引かず、動きを止めることだけを優先している。
「攻撃継続を確認。第五段階へ移行可能です」
「よし、そこで終了」
俺が告げると、すべての拘束が止まった。
依織は黒球を消し、自分の手首へ巻かれた帯を眺める。
「結構やるじゃん、このダンジョン!」
「皇牙様は途中から何も指示なさっていませんでしたわね」
詩乃に言われ、俺は頷いた。
αが監視し、βが必要な情報を整理して渡し、γが地形と罠とモンスターを動かす。
まだ未知の能力者や大人数の部隊まで止められるとは思わない。それでも、普通の侵入者なら俺がいなくても対応できるようになった。
「皇牙様がいらっしゃらなくても、ここを守れるようになさっているのですね」
「俺がいない間に何かあっても困るからね」
昔、それで痛い目を見た。
どれだけ強い人間でも、一人でやれることには限界がある。一人で守れるものにも限界がある。
だから人に任せる。
仕組みに任せる。
俺が寝ていても、遊んでいても、遠くへ行っていても。物事が順調に進む仕組みを今のうちに作るんだ。
「これなら、少しくらい新宿を空けても大丈夫そうかな」
そう口にした直後だった。
αが突然、顔を上げた。
「
「はぁ、今度は何? また侵入者?」
「いいえ。管理領域の外部から、接続要求を受信しています」
「外部?」
そんな機能は聞いていない。
「アスモダイ、知ってる?」
頭の中が一瞬だけ静かになった。
いつもならすぐ何か言い返してくるアスモダイが、珍しく返事をしない。
(アスモダイ?)
『……おそらくだが』
その声から、さっきまでの軽さが消えていた。
『他の