異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第23話 留守でも勝てる迷宮

 

 新宿ダンジョンへ戻ると、問題になった三人組はまだ無事に探索を続けていた。

 

「こっちの壁、何かありそうじゃないか?」

「地図には通路なんて載ってないぞ」

「だから調べるんだろ。最近、新しい区画が増えてるって噂だし」

 

 α(アルファ)が拾った音声を聞きながら、俺は三人の位置を確認する。

 

 彼らは剣や盾を持った普通の探索者だった。壁を叩いたり、細い隙間へ顔を近づけたりしながら、隠し通路がないか調べている。

 

 

「これで敵扱い?」

 

「通常経路から逸脱。管理設備への接触。制限区域への接近。設定された三条件を満たしています」

 

 黒い猫耳を揺らしたαが淡々と答える。

 

「確かに条件には当てはまってるね」

「ですが、探索者ならこの程度の行動は普通ではありませんこと?」

 

 詩乃が呆れたように三人を見る。

 

 実際、その通りだ。

 

 ダンジョンで怪しい壁を見つけたら調べる。未知の道があれば入ってみたくなる。それを全部侵入者扱いしていたら、そのうち新宿ダンジョンへ来る探索者がいなくなる。

 

 

「じゃあ、何を考えてるか分かればいいの?」

 

 依織が首を傾げた。

 

「悪いことをしようとしてる人だけ見つけるとか」

 

「それができたら楽なんだけどね。残念ながら、ダンジョンに人間の心を読む機能はない」

 

 俺の【解析】だって、目の前の人間が今何を考えているかまで読めるわけじゃない。それなら見るべきなのは、考えていることではなく行動だ。

 

「いきなり敵か味方かに分けるから駄目なんだ」

 

 

 俺はαたちへ新しい基準を伝える。

 

 まず、怪しい行動をしただけなら監視。

 通常区域から外れたら、安全な帰還路を分かりやすく示す。

 

 それでも制限区域へ進もうとした場合は、壁を動かして進路を塞ぐか警告を出す。

 

 さらに突破を続けたら拘束。

 こちらへの攻撃や設備の破壊を確認して、初めて本格的な迎撃へ移る。

 

「つまり、すぐには殺さないの?」

 

 β(ベータ)が尻尾を揺らす。

 

「そういうこと。迷子と侵入者を同じ扱いにしない」

 

『ふんっ、面倒なことをする』

 

 アスモダイが不満そうに口を挟んできた。

 

(面倒でも必要なんだよ。普通の客を殺してたら商売にならないからね)

 

『迷宮を商店のように語るな!』

 

 最近はこの反応にも慣れてきた。

 

 

「では、実際に試してみませんこと?」

 

 詩乃が腰まで届く黒髪を払いながら俺を見る。

 

「わたくしが一般の探索者役をいたしますわ」

「ならアタシが侵入者役やる!」

 

 依織の雰囲気が変わった。

 背筋が伸び、赤紫の瞳に好戦的な光が宿る。裏の依織へ交代したらしい。

 

 

「ちょうどいいね。依織は本気で突破してみて。あぁ、詩乃は迷子のつもりで」

「扱いに随分と差がございません?」

 

「アタシの方が期待されてるってことじゃん」

「絶対にそういう意味ではありませんわ」

 

 二人の視線がぶつかった。

 ……仲良くなったと思ったのは、やっぱり気のせいだったかもしれない。

 

 

 ◇

 

 最初は詩乃からだ。

 一般区域を進み、わざと地図にない横道へ入る。

 

「第一段階。監視を開始します」

 

 αが位置と行動を記録し、βが周囲の地形情報を展開する。

 しばらく進んだところで、壁に淡い光が浮かび、元の探索ルートへ続く方向を示した。

 

 

「なるほど。戻る道を教えてくださるのですね」

 

 詩乃が無視してさらに奥へ進む。

 今度は前方から石壁がせり出し、通路を塞いだ。

 

『この先は立入制限区域です。通常探索区域へお戻りください』

 

「警告まで出ましたわ」

 

 詩乃が少しだけ嬉しそうに振り返る。

 

「なんだか遊園地にある、迷路のアトラクションに来たみたいで楽しいですわ」

「へぇ、詩乃はそういうところに行ったことがあるんだ?」

 

「お、お友達とですわ! 皇牙様となら、デートでいつでも――」

「詩乃さん、今はテスト中だから!」

 

 離れた場所から依織が割り込んできた。

 

 次は依織が、突破に挑戦する番だ。

 

 

「じゃ、行くよ!」

 

 壁が塞がる直前に加速して通過する。

 

 別の壁が動けば床を蹴って飛び越え、警告も無視。さらに【暴食無月(バアルディア)】の小さな黒球を浮かべ、進路を塞いだ障害物だけを削り取った。

 

「第三段階を突破。拘束へ移行します」

 

 γ(ガンマ)がゴーグルを下ろす。

 

「いっくよー!」

 

 床が沈み、依織の足場が崩れた。

 

「おっと!」

 

 跳躍した先では左右の壁が狭まり、逃げ道を限定する。

 そこへ通路の奥から、捕縛用に調整した甲虫型モンスターが現れた。

 

 

「へえ!」

 

 依織は楽しそうに黒球を飛ばす。

 

 だがモンスターが正面から相手をしている間に、背後の壁から伸びた拘束帯が手首へ巻きついた。

 

「うわっ!」

 

 足元にも別の拘束具。

 転ばせるほど強くは引かず、動きを止めることだけを優先している。

 

 

「攻撃継続を確認。第五段階へ移行可能です」

 

「よし、そこで終了」

 

 俺が告げると、すべての拘束が止まった。

 依織は黒球を消し、自分の手首へ巻かれた帯を眺める。

 

「結構やるじゃん、このダンジョン!」

 

「皇牙様は途中から何も指示なさっていませんでしたわね」

 

 詩乃に言われ、俺は頷いた。

 αが監視し、βが必要な情報を整理して渡し、γが地形と罠とモンスターを動かす。

 

 まだ未知の能力者や大人数の部隊まで止められるとは思わない。それでも、普通の侵入者なら俺がいなくても対応できるようになった。

 

 

「皇牙様がいらっしゃらなくても、ここを守れるようになさっているのですね」

 

「俺がいない間に何かあっても困るからね」

 

 昔、それで痛い目を見た。

 どれだけ強い人間でも、一人でやれることには限界がある。一人で守れるものにも限界がある。

 

 だから人に任せる。

 仕組みに任せる。

 

 俺が寝ていても、遊んでいても、遠くへ行っていても。物事が順調に進む仕組みを今のうちに作るんだ。

 

 

「これなら、少しくらい新宿を空けても大丈夫そうかな」

 

 そう口にした直後だった。

 αが突然、顔を上げた。

 

管理者(マスター)。異常を検知しました」

「はぁ、今度は何? また侵入者?」

 

「いいえ。管理領域の外部から、接続要求を受信しています」

「外部?」

 

 そんな機能は聞いていない。

 

 

「アスモダイ、知ってる?」

 

 頭の中が一瞬だけ静かになった。

 いつもならすぐ何か言い返してくるアスモダイが、珍しく返事をしない。

 

(アスモダイ?)

 

『……おそらくだが』

 

 その声から、さっきまでの軽さが消えていた。

 

『他の迷宮管理者(ダンジョンマスター)からのコンタクトだ』

 

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