異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第24話 新宿の外から来た声

 

『他の迷宮管理者(ダンジョンマスター)からのコンタクトだ』

 

 アスモダイの声を聞いた瞬間、さっきまで浮かれていた空気が少しだけ変わった。

 

 俺の前では、α(アルファ)が管理領域へ届いた接続要求を表示している。見慣れた新宿ダンジョンの情報とは違い、送り主を示す部分だけが何重にも覆われ、こちらからはほとんど読み取れない。

 

 

「他のダンジョンと話せるなんて、初耳なんだけど」

 

『我も教える必要がなかったからな』

 

「便利そうなのに?」

 

『便利だからこそ危険なのだ』

 

 アスモダイによれば、ダンジョン同士は深部にある管理系統を通じ、条件次第で互いの存在を感知できるらしい。

 

 ただし接続を許可すれば、こちらの管理領域へ相手の情報が入り込む。

 

 逆に言えば、相手にこちらの情報を探れる可能性もある。だから悪魔同士、お互いに不干渉が基本だったらしい。

 

 

「余計に相手の狙いが分からないな……」

「だったら切りますか?」

 

 詩乃が俺の隣へ寄り、表示された情報を覗き込む。

 腰まで伸びた黒髪が肩から流れ、その横から依織も顔を出した。

 

「でも、目的は気になります」

「俺も」

 

『待て、人間。悪魔同士だからといって仲間とは限らぬ』

「分かってるよ」

 

 人間同士ですらそうなのに、悪魔だけ仲良し集団だと思うほど素直じゃない。

 

 

「α。こっちの管理情報はできるだけ閉じたまま、通信だけ許可できる?」

 

「可能です、管理者(マスター)。接続範囲を会話領域のみに制限します」

 

「じゃあそれで」

 

『おい!』

「大丈夫、話を聞くだけだよ」

 

 接続を許可した直後、頭の奥へ直接響くような低い声が流れ込んできた。

 

 

『……アスモダイ、居るか?』

 

 呼ばれた本人が黙る。

 

『聞こえているのだろう。返事をしろ。フォルネウスだ』

 

 フォルネウス。

 たしか、アスモダイと同じく、ゴエティアに登場する悪魔の一人だったか。

 

 ゴエティアというのは、古い魔術書『ソロモン王の小鍵』に収められた、悪魔召喚に関する一編のことだ。

 

 そこには、ソロモン王が使役したとされる七十二柱の悪魔の名前や階級、姿、能力、召喚する際の手順などが記されている。

 

 アスモダイも、その七十二柱の一柱だ。

 そしてフォルネウスもまた、その中に名を連ねている。

 

 伝承によれば、フォルネウスは巨大な海の怪物の姿をした侯爵であり、召喚者に言語や弁論、知識を授ける悪魔だという。

 

 ただ、俺が知っているのはそこまでだった。

 実際に会ったことがあるわけでもないし、アスモダイから詳しい話を聞いたこともない。

 

 それでも、同じゴエティアに属する悪魔なら、天使について何か知っている可能性はある。

 

 俺は送られてきた情報を【解析】しながら、その声を聞き流す。

 

 

「聞こえてるよ」

 

 俺が答えると、今度は相手が黙った。

 

 数秒。

 

『……人間?』

「そうだけど」

 

『なぜ人間が応答している』

「今は俺がここを管理してるから」

 

 また沈黙。

 

『アスモダイはどうした』

「俺の中にいる」

 

『……何?』

『その説明の仕方をやめろ!』

 

 アスモダイが我慢できずに叫んだ。

 依織が口元を押さえ、詩乃も小さく肩を揺らしている。

 

 

「別に何も間違ってないだろ?」

『我が貴様に喰われたように聞こえるではないか!』

 

「だいたい合ってない?」

『合っておらぬ!』

 

 通信の向こうでも、相手がしばらく何も言わなかった。

 

『……アスモダイ。よもや貴様、人間に取り込まれたのか』

『違う! いや、違わぬが、その言い方も気に入らぬ!』

 

「面倒だなあ」

『貴様のせいだ!』

 

 少しだけ緊張が薄れたところで、通信相手が再び口を開く。

 

 

『なるほど。新宿ダンジョンの様子が突然変わった理由は、それか』

 

「気づいてたんだ?」

 

『アスモダイの迷宮は他所からでも感知できるほど、虚素(ヴォイド)の濃度が上がったり下がったりと常に騒がしかったからな。それがこの数日で妙に落ち着いていたので変だと思ったのだ』

 

「言われてるよアスモダイ」

 

『う、うるさい!!』

 

 どうやら向こうは、新宿ダンジョンの異常をある程度は把握していたらしい。

 

 

『さらに、新宿では天使どもの手が入った人間が動いていた』

 

 詩乃の表情から笑みが消えた。

 

「そこまで知ってるんだ」

 

『すべてではない。だが天使の匂いくらいは分かる』

 

『信用するな』

 

 アスモダイが割り込む。

 

 

『こやつが何者かも分からぬ。警戒するべきだ』

「それは今のでよく分かった」

 

『ならばすぐに切れ』

「でも、まだ聞きたいことがある」

 

 他のダンジョン。

 他の管理者。

 天使。

 

 そして、アスモダイが語ってきた過去とは別の見方。

 

 

「そっちは、天使についてどこまで知ってる?」

『その質問に答える前に、こちらから聞きたい』

 

「何を?」

『人間。なぜアスモダイを殺さなかった』

 

 俺は少し考えた。

 

「なぜって、別に殺す理由もなかったからだけど?」

『それだけか』

 

「敵対したから殺しても良かったけど、味方にできそうだったし」

『……ふっ、悪魔を調伏させる人間か。面白い』

 

『面白がるな!』

 

 通信相手の声に、わずかな笑いが混じった。

 

 

『ならば一つ教えてやろう。天使について知りたいのであれば、新宿だけを見ていても何も分からぬ』

 

「どういう意味?」

 

『お前が見たものは、新宿で行われていたことの一部にすぎない』

 

 さらに声が続く。

 

『そして、アスモダイの話だけを信じているなら、なおさらだ』

 

『貴様……!』

 

 アスモダイの怒気が一気に強くなる。

 

 

「やっぱり、言ってることが違うんだ」

 

『当然だ。起きた出来事は一つでも、それをどう判断するかは同じではない』

 

 その言葉は俺にも納得できた。

 アスモダイから聞いている歴史は、あくまでアスモダイが見てきた歴史だ。

 

 だから俺も最初から全部を信じてはいない。

 

「直接会えば、もっと教えてくれる?」

 

『来られるのであればな』

 

 αの前へ、新しい情報が一つ送られてくる。

 

 

「座標?」

「正確には、横浜にあるダンジョンを示す情報です」

 

 αが答えた。

 通信相手の声が低く響く。

 

『来るがいい、アスモダイを喰った人間』

 

『だからその呼び方をやめろ!』

 

『お前が本当に新宿の主なら、こちらまで辿り着いてみせろ』

 

 それだけ残し、通信は一方的に切れた。

 静かになった管理室で、詩乃が俺を見る。

 

 

「横浜に行かれるおつもりですのね?」

「まだ何も言ってないけど」

「皇牙様のお顔を見れば分かりますわ」

 

 そう言って、詩乃は少し困ったように笑った。

 俺のことを昔から知っている彼女には、どうも隠しにくい。

 

「……私も行きたいです」

 

 依織も俺の袖をそっと摘まむ。

 

「外のダンジョン、まだ行ったことないので。それに……皇牙さんと一緒なら」

「わたくしも同行いたします」

 

「詩乃は俺と一緒だから?」

「もちろん、それもございますわ」

 

 即答だった。

 依織が詩乃を見る。

 

 

「そこは否定しないんですね」

「否定する理由がございませんもの」

 

『待て! まず我の話を聞け! あやつのところへ行くなど軽々しく決めるな!』

「はいはい。ちゃんと聞くよ」

 

 俺は管理領域を見渡した。

 

 探索者が使う一般区域。

 安全地帯。

 報酬を置いた区画。

 侵入者を段階的に判断する防衛設備。

 

 そして、俺が細かく指示しなくても動けるαたち。

 少し前なら、新宿を空けるなんて考えられなかった。

 

 今なら、短期間くらいなら任せられる。

 

 

「横浜ダンジョンか……面白そうだね」

 

 俺は送られてきた接続情報を【保存】した。

 

 新宿の外に、俺の知らないダンジョンがある。

 そこには、アスモダイとは違うことを知っている管理者がいる。

 

 だったら、確かめに行ってみよう。

 

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