異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第25話 海の下からの招待

 

『行く必要などない』

 

 横浜ダンジョンの悪魔、フォルネウスとの通信が切れてから、アスモダイはずっと不機嫌だった。

 

 俺は送られてきた情報を【解析】しながら、その声を聞き流す。

 

 最初は横浜ダンジョンの位置でも送られてきたのかと思ったが、そんな単純なものではない。

 

 内部の全体的なマップまである。

 オマケに休憩できそうなポイントから、出現するモンスターの簡易説明まで。

 

「随分とご丁寧な地図だな。なるほど、参考になる」

 

 管理局でもらえる地図が完成度30%とするなら、これは80%くらいある。これをポンとくれるとは、フォルネウスも随分と太っ腹だなぁ。

 

 

「ダンジョンへの招待状みたいなものか」

『罠の間違いであろう』

 

「その可能性もあるね」

『ならば行くな!』

 

 頭の中では、長い黒髪に褐色の肌をしたアスモダイが腕を組み、露骨に顔をしかめている。

 

「でも、フォルネウスは天使について何か知ってるんだろ?」

 

『知っているから信用できるとは限らぬ!』

 

「だから直接会って確かめるんだよ。それとも、そんなに俺のことが心配?」

 

 アスモダイが黙った。

 あの悪魔が嘘をついている可能性もあるし、俺を利用するつもりかもしれない。

 

 それでも、アスモダイとは違う立場から天使を知る相手と接触できる機会を、何もせず捨てる方がもったいない。

 

 

α(アルファ)

 

「はい、管理者(マスター)

 

 呼びかけると、黒い猫耳を持つ小さな少女が俺の前へ姿を現した。

 

「少し新宿を留守にする。その間の監視をお願い」

「了解しました。一般区域、防衛区域、研究施設周辺を優先して監視します」

 

β(ベータ)はモンスターと消耗品の補充。数が減っても、一度に作りすぎないこと」

「はーい!」

 

 小さな角と尻尾を持つβが元気よく手を挙げる。

 

 

γ(ガンマ)は壊れた設備の修復と、防衛装置の管理を頼むよ」

「改良もしていい?」

 

「俺がいない間は駄目」

「えー!」

 

 大きなゴーグルを額へ乗せたγが頬を膨らませた。

 

「新しい機能を試して、帰ってきたらダンジョンの形が変わってました、とか嫌だからね」

 

「ちょっとしか変えないよ?」

 

「その『ちょっと』が信用できない」

 

 γは不満そうだったが、最後には渋々頷いた。

 

 

 昨日までなら、新宿ダンジョンを空けるという選択肢自体がなかった。

 

 けれど今は違う。

 

 侵入者は行動に応じて監視、誘導、警告、拘束、迎撃へ振り分けられるし、俺が一つずつ命令しなくても三人が動ける。

 

「もし想定してない異常が起きたら、無理に勝とうとしなくていい。侵入者を深部へ近づけないよう時間を稼いで、俺へ連絡して」

 

「撃退を最優先とはしないのですね」

 

「うん。留守番中にキミらが全滅されたら意味がないから」

 

「承知しました」

 

 αが真面目に頷いた。

 これで新宿側の準備はいい。

 

 

「さて。あとは誰を連れていくかだけど」

「わたくしは準備できておりますわ」

 

 振り返ると、詩乃が当然のように立っていた。

 

「まだ何も聞いてないよ?」

「皇牙様がお一人で向かわれるはずがございませんもの」

 

 腰まで届く黒髪を整え、探索用の装備まで身につけている。

 

「まぁ詩乃は誘わなくても来ると思ってた」

「よくお分かりで」

 

 満足そうに微笑まれた。

 

 

 そこへ、少し離れたところから依織も近づいてくる。

 

 研究施設の検査着ではなく、動きやすい黒のパーカーにショートパンツ姿だ。小柄な身体に最低限の荷物をまとめ、どうやら彼女も準備をしていたらしい。

 

「依織も来る?」

「……いいんですか?」

「本人が行きたいなら」

 

 依織は一度俺を見上げてから、胸元で両手を合わせた。

 

「行きたいです。知らないダンジョンも見てみたいし……皇牙さんと一緒に横浜に行きたいので」

「そっか。じゃあ一緒に行こう」

「はい!!」

 

 表情がぱっと明るくなる。

 

 

「わたくしも皇牙様とご一緒できるので楽しみですわ」

 

 すぐ横から詩乃の声が入った。

 依織がそちらを見る。

 

「詩乃さんも、それ言います?」

「いけませんの?」

 

「いけなくはないですけど……」

「なら問題ございませんわね」

 

 上品に微笑む詩乃に、依織は小さく唇を尖らせた。

 

 本人たちは張り合っているつもりなのだろうけど、俺としては二人とも来てくれるならありがたい。

 

 

『貴様、女連れで敵地へ遊びに行くつもりではあるまいな』

 

(詩乃も依織も普通の護衛より強いよ)

 

『そういう意味ではない!』

 

 何が不満なのかはよく分からなかった。

 

 

 ◆

 

 横浜ダンジョンへ入って、最初に感じたのは湿気だった。

 

 新宿より空気が軽くて過ごしやすい。

 

 石造りの通路の脇には細い水路が走り、その水がさらに下層へ流れ落ちている。壁には青白く発光する鉱物が点々と露出し、照明が少ない場所でも足元が見えた。

 

 少し進むと、通路の一部は膝の高さまで水に沈んでいる。

 

 

「新宿と全然違いますね」

 

 依織が水面を覗き込む。

 

「管理者が違えば、ここまで変わるんだ」

 

 俺も周囲を【解析】したくなるのを少し我慢して歩く。

 

 何より意外だったのは、人の多さだ。

 前方では四人組の探索者が水中から何かを採取しているし、別の一団は濡れた装備を休憩場所で乾かしている。

 

 

「ここ……悪魔が管理してるんですよね?」

「そのはずなんだけどね。彼ら、まるで潮干狩りしにきてるみたいだ」

 

「もっと危ない場所を想像してました」

「わたくしもですわ」

 

 詩乃も周囲を見回している。

 外から見れば、普通のダンジョンにしか見えない。

 

 それどころか探索者がこれだけ集まっているなら、かなり人気があるのかもしれない。

 

 

『ようこそ』

 

 突然、頭の中へ低い声が響いた。

 

『アスモダイを取り込んだ人間』

『貴様! その呼び方を続けるつもりか!』

 

 アスモダイが即座に怒鳴る。

 

「着いたよ。どこへ行けばいい?」

『我のところまで来てみせろ』

 

 その声と同時に、【管理者権限】を通じて新しい情報が流れ込んできた。

 

 通常の探索者用地図には存在しない通路。

 俺たちが立っている場所から、さらに深部へ続く経路だ。

 

 

「これか」

 

 入口はすぐ近くにある。

 

 水路の向こう側。

 何の変哲もない岩壁だと思っていた場所に、俺にだけ薄く道筋が見えていた。

 

 足を向けようとした瞬間、アスモダイが低い声で止める。

 

 

『待て』

「どうしたの?」

『罠かも知らぬ』

 

 さっきまで怒っていた声から、わずかにふざけた調子が消えている。

 

『以前のフォルネウスなら、そのような隠し通路など、小細工はしなかった』

 

 俺は改めて、岩壁の先へ続く情報を【解析】した。

 フォルネウスがわざわざ俺たちのために用意した道らしい。

 

 

「なるほど」

 

 歓迎だけで済ませる気はないようだ。

 

「面白くなってきたね」

『だから喜ぶな、人間!!』

 

 

 

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