異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第27話 信用できない取引相手

 

『天使の残滓(ざんし)をな』

 

 フォルネウスの言葉を聞いても、俺はすぐには返事をしなかった。

 

 横浜ダンジョンの奥へ続く通路を見ながら、まずは確認しなければならないことを整理する。

 

 

「残滓って、具体的には何?」

『我の管理領域へ送り込まれた異物だ。放置すれば、いずれ横浜ダンジョンの一部を奪われる可能性がある』

 

「それを俺に取ってほしいと」

『そういうことだ』

 

「どうして自分でやらないの?」

 

 通信の向こうで、わずかな間が空く。

 

『天使の力は我らへ強く反応する。我が直接干渉すれば、異物を排除するどころか、こちらの管理情報まで侵食されかねん』

 

 なるほど。

 だから悪魔ではない俺を呼んだのか。

 

 

『貴様は人間でありながらアスモダイの管理権限を持つ。さらに、天使どもの技術へ干渉する力まで持っているらしいな』

「そこまで知ってるんだ?」

 

『知らぬから試している』

「やっぱりさっきのモンスター、試験だったんじゃないか」

 

『半分と言ったはずだ』

『だから、こやつの言葉を信用するなと言っただろう』

 

 アスモダイがすぐ割り込んできた。

 

『自分では触れられぬ危険物を、貴様に処理させたいだけだ。利用する気しかないぞ』

 

(別に、それはいいよ)

 

『何?』

 

(俺も利用するから)

 

 善意で呼ばれたなんて最初から思っていない。

 相手に欲しいものがあって、こちらにも欲しいものがある。それなら、あとは条件の問題だ。

 

 

「分かった。じゃあ報酬の話をしようか」

 

『まだ引き受けるとも決めておらぬのにか?』

 

「だから先に聞くんだよ。割に合わなかったら帰るし」

 

 隣で詩乃が小さく笑った。

 

「皇牙様らしいですわね」

「命を張るのに無料は嫌だろ?」

 

「もちろんです。わたくしの分まで高く見積もってくださいませ」

「私の分も……お願いします」

 

 依織も控えめに手を挙げる。

 

「じゃあ二人分追加で」

 

『随分と欲深い人間だ』

 

「三人働くんだから三人分だよ」

 

 

 まず要求したのは【潮晶】。

 新宿の防衛設備へ使えるか試したいので、必要量を持ち帰れるようにする。

 

 次に、この横浜ダンジョンで確認したモンスターの情報を【保存】する許可。

 

「勝手に複製して放流したりはしない。新宿で使う場合も、横浜固有種だと分からないよう調整する」

『……そこまでできるのか』

 

「できるか試したい」

『その返事は不安しかないな』

 

 さらに、横浜の水路を使った管理設備の一部を見せてもらう。

 

 そして最後が一番重要だ。

 

 

「天使について知ってることを教えて」

 

 フォルネウスはすぐに答えなかった。

 

「俺はそれを聞きに横浜まで来たんだ。危険物を片づけて終わりなら、わざわざここまで来た意味がない」

『すべてを話すつもりはないが』

 

「俺だって、自分のことを全部話すつもりはないよ」

『……よかろう。貴様が残滓を除去できたなら、我の知る範囲で天使について話そう』

 

「交渉成立だね」

『待て!』

 

 アスモダイだけが納得していなかった。

 

『せめて我に相談してから決めろ!』

 

(今してるじゃないか)

 

『相談とは、全部決まったあとに報告することではない!』

 

 

 詩乃と依織にはアスモダイの声が聞こえていない。ただ、俺が急に黙ったので察したらしく、詩乃が顔を覗き込んでくる。

 

「またアスモダイ様が怒っていらっしゃいますの?」

「うん。俺が人の話を聞かないって」

 

「それについては、少々同意いたしますわ」

「詩乃まで?」

 

「私も……ちょっとだけ」

 

 依織まで加わった。

 味方がいない。

 

 

「二人とも、危険だと思ったらすぐ言ってよ?」

 

「それを先におっしゃってくだされば満点でしたのに」

 

 詩乃が満足そうに俺の隣へ並ぶ。

 依織も反対側へ来たので、自然と二人に挟まれる形になった。

 

「……皇牙さんだけ先に行ったりしないでくださいね」

 

「分かったよ」

 

 返事をすると、依織は安心したように頷いた。

 

 

 ◆

 

 フォルネウスから示された道をさらに下るにつれて、横浜ダンジョンの雰囲気が変わっていった。

 

 水路が途切れ、人の気配も消える。

 壁を照らしていた青白い鉱石も次第に少なくなり、代わりに白いものが目につき始めた。

 

 

「……あれですか?」

 

 依織が足を止める。

 石壁の表面から、白い結晶のようなものが生えていた。

 

 一つや二つではない。

 奥へ進むほど数を増やし、壁や床の隙間へ根を伸ばすように食い込んでいる。

 

 俺は近づきすぎない位置から【解析】を通した。

 

「これ……」

 

 単なる物質ではない。

 周囲から【虚素】を吸い上げ、その一部を自分の維持へ使っている。

 

 それだけなら寄生植物と大差ない。

 問題は、その先だ。

 

 

「横浜ダンジョンの管理情報に干渉してる」

 

「管理情報?」

 

「誰が管理者なのか。どのモンスターをどこへ置くのか。地形をどう動かすのか。そういう命令を通す仕組みに、こいつが少しずつ別の情報を書き込んでる」

 

 今はまだ限定された区域だけ。

 けれど放置すれば、この周辺だけフォルネウスの命令が通らなくなる可能性がある。

 

『だから我は直接触れられぬ』

 

 フォルネウスの声が響く。

 

『下手に干渉すれば、我自身と管理領域を繋ぐ情報を辿られる』

 

「なるほどね」

 

 依織をアスモダイへぶつけようとしていた研究施設を思い出す。

 

 天使側は、悪魔を直接殺す方法だけ研究しているわけじゃないらしい。

 

「ダンジョンそのものを奪う方法まであるのか」

 

 面白い。

 そう思ったところで、詩乃が俺の袖を軽く引いた。

 

 

「皇牙様」

「ん?」

 

「お顔が楽しそうになっておりますわ」

「気のせいじゃない?」

 

「いいえ。こういう時のお顔は昔から存じております」

「……やっぱり嬉しそうなんですね」

 

 依織まで少し呆れている。

 

「未知の技術が目の前にあるんだから、仕方ないだろ?」

 

『仕方なくはない!』

 

 アスモダイからも怒られた。

 

 

 白い構造物を調べながら奥へ進む。

 すると、床の隅に人工物が落ちているのを見つけた。

 

「これは……」

 

 泥を払う。

 壊れた携帯端末。

 

 その横には、ダンジョン探索用の小型計測器と、管理局系の装備に使われている識別番号。

 

 悪魔が置くものじゃない。

 人間の探索者がここまで来ている。

 

 

「フォルネウス」

 

『何だ』

 

「この場所に、人間が入ってたこと知ってたよね?」

 

 沈黙。

 さっきまで即座に返ってきていた声が止まった。

 

 

「依頼の説明に、その話なかったけど」

 

『……知っていた』

 

 俺は壊れた端末を拾い上げる。

 

「そっか」

 

 やっぱり、悪魔との取引は一筋縄ではいかないらしい。

 

「じゃあ、対価が一つ足りないね」

 

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