異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第28話 悪魔は約束を守るのか?

 

「じゃあ、対価が一つ足りないね」

 

 拾い上げた端末を指先で軽く振ると、フォルネウスはすぐには答えなかった。

 

『何を望む』

 

「まず説明かな。どうして人間がここまで入ってきたのか。それを知ってたのに、なんで黙ってたのか」

 

『我と取引していたからだ』

 

 意外なほどあっさりと答えが返ってくる。

 

 

「人間と?」

 

『数年前からな』

 

『だから信用するなと言ったであろう!』

 

 アスモダイがここぞとばかりに声を上げた。

 

『悪魔が人間と密かに通じるなど、ろくな理由ではない!』

 

「アスモダイも俺とは話してるけど」

 

『貴様は勝手に我を取り込んだのであろうが!』

 

 それは確かにそうだった。

 

 

「それで、何を取引してたの?」

『我が横浜で得られる資源の一部を渡し、代わりに地上の情報を受け取っていた』

 

「地上の情報って?」

『探索者制度の変更、管理局内部の動向、各地のダンジョンで発生した異常、人間どもの研究。地上へ自由に出られぬ我には、それなりの価値がある』

 

 悪魔だから人間と敵対する。

 そんな単純な話ではなかったらしい。

 

「人間と普通に取引してるんだ」

『普通かどうかは知らぬ。互いに必要なものを交換していただけだ』

 

「その人たちは、横浜が悪魔に管理されてるって知ってた?」

『当然だ。知らずに我と交渉できるものか』

 

 つまり人間側にも、悪魔の存在を知りながら取引していた者がいる。

 

 新宿で見てきた管理局とは、また別の繋がりだ。

 

 

「横浜って探索者が多いですよね」

 

 依織が周囲を見ながら尋ねた。

 

「フォルネウスは、人間を殺さないんですか?」

 

『殺す必要があれば殺す』

 

 返答は冷たい。

 

『だが、人間を殺して得られる【虚素】は一度きりだ。生かして働かせれば、何十年も利益を運んでくる』

 

「……利益」

 

『探索者は勝手に入り、戦い、能力を使い、【虚素】を落としていく。そのうえ資源を持ち帰れば、次も来る。仲間まで連れてな』

 

 俺は少し前に自分が考えていたことを思い出した。

 

 というか、俺とかなり近い。

 探索者を殺して一度に稼ぐより、生きて帰して何度も来てもらう。

 

 だから安全地帯を作った。

 報酬を用意した。

 

 違うのは、その理由だ。

 

 

「人間を守りたいわけじゃないんだね」

 

『なぜ我が人間を守らねばならん』

 

「ですよね」

 

 依織が複雑そうな顔になる。

 フォルネウスにとって探索者は、大事なお客というより、長く利益を生む資源なのだろう。

 

「考え方は嫌いだけど、運営は参考になるな」

『貴様、私を褒めているのか貶しているのかどちらだ』

 

「両方かな」

『我ならば褒められているとは受け取らぬぞ』

 

 アスモダイまで口を挟んでくる。

 

「でも結果だけ見れば、探索者にとっても悪くないですわね」

 

 詩乃が静かに言った。

 

「危険を避ければ生還しやすく、採取できる資源もある。フォルネウスに慈悲がなくとも、人間側にも利益はございます」

 

「そうなんだよね」

 

 善人でなくても、利害が一致していれば共存できる。

 少なくとも今の横浜は、それで回っているらしい。

 

 

「じゃあ、その取引相手がここへ天使の残滓を持ち込んだ?」

 

『断定はできぬ』

 

 フォルネウスの声が少し低くなる。

 

『最初の数年、取引に問題はなかった。しかし途中から、連中が持ち込む物が変わった』

「どう変わったの?」

 

『我の知らぬ術式。悪魔の管理情報へ干渉する器具。そして、以前の人間では扱えなかったはずの技術だ』

「天使からもらった?」

 

『今回はその可能性を疑った』

 

 フォルネウスはその取引を打ち切ろうとした。

 直後、この深部に白い構造物が発生し始めたという。だから俺に救援を求めた、と。

 

 

『初めは小さな異常だった。だが我が排除しようとするほど侵食が強まり、現在に至る』

 

「ずいぶん都合のいい被害者みたいに聞こえるね」

 

 詩乃がちらりと俺を見る。

 依織も黙っている。

 

『疑うなら好きにしろ』

 

「そうするよ」

 

 フォルネウスが嘘をついている可能性は残っている。

 取引相手を利用していたのも事実だし、何かまだ隠しているかもしれない。

 

 なにより、いまだにフォルネウスが姿を見せないのも気になるし……。

 

 

『それでも調査を続けるのか?』

 

「続ける」

 

 白い結晶へ近づき、もう一度【解析】を通す。

 

「確かに怪しい……でも、この技術は調べたい」

 

 表面だけでは分からなかった情報が、少しずつ見えてくる。

 

 【虚素】の吸収。

 自己維持。

 管理領域への接続。

 情報の上書き。

 

 一つずつ構造を【保存】していく。

 

 

「皇牙さんって……危ないものを見ると嬉しそうですよね」

 

 依織に言われて顔を上げた。

 

「そう?」

「はい。さっきからずっと」

「昔からでございます」

 

 詩乃が即答する。

 

「昔からなんですか?」

「ええ。普通の方なら近づかないものほど、皇牙様は中身を確かめたがりますもの」

 

「言い方が悪いなあ」

「事実ですわ。よくその調子で今まで命を落とさずに済んだと、不思議に思っております」

 

 詩乃が少し得意そうに微笑む。

 

 

「ま、そういうわけで皇牙様についてでしたら、依織さんよりずっと長く存じておりますわ」

 

「……それ、また言います?」

 

 依織が詩乃を見る。

 

「事実ですから」

「でも今の皇牙さんについては、私もこれから知れます」

 

「あら」

「一生一緒にいるつもりなので」

 

 依織は言い切ったあと、自分で口にした意味に気づいたのか、少しだけ俺から視線を外した。

 

 詩乃の微笑みが深くなる。

 

 

「でしたら、競争ですわね」

「競争になるんだ?」

 

「皇牙様は黙っていてくださいませ」

「なんで?」

 

 俺だけ会話から外された。

 

『女どもまで呑気だな』

 

(平和でいいだろ?)

 

『敵地の深部で言う台詞ではない!』

 

 その直後だった。

 目の前の白い構造物が強く発光した。

 

 

「下がって!」

 

 俺が声を上げると同時に、通路の奥から水が激しく跳ねる音が響く。

 

『何だ?』

 

 フォルネウスの声にも初めて明確な動揺が混ざった。

 

 水路の奥から、何体ものモンスターが姿を現す。

 

 さっき見た水棲種とは違う。

 目が白く濁り、身体の一部へ同じ結晶が食い込んでいる。

 

 

『止まれ』

 

 フォルネウスが命令する。

 だが、一体も止まらない。

 

『……我の命令が通らぬだと?』

 

 白い結晶が、さらに明るく輝いた。

 どうやら侵食されているのは、壁や床だけじゃなかったらしい。

 

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