『……我の命令が通らぬだと?』
フォルネウスの声に動揺が混じる中、白く濁った目をしたモンスターたちが一斉にこちらへ向かってきた。
「詩乃、依織。まだ殺さないで」
「承知いたしました」
「えっ、この数をですか?」
「できればね。ちょっと調べたい」
先頭を走ってきたのは、さっき水路で戦ったものと同系統の水棲モンスターだった。
ただし様子が違う。
首筋や背中の鱗を突き破るように白い結晶が伸び、そこから細い筋が全身へ広がっている。
俺は飛びかかってきた一体を横へ避け、その胴体へ手を触れた。
「【解析】」
情報が一気に流れ込んでくる。
元々持っていた身体情報。
水中行動に適した能力。
フォルネウスの管理下に置かれていたことを示す情報。
そして、その上から別の命令が付け足されている。
「やっぱりだ」
「何か分かりまして?」
「こいつらがフォルネウスを無視してるんじゃない。別の命令を優先するように書き換えられてる」
『我の眷属を奪ったというのか』
「完全に奪われたわけじゃないよ。元の情報も残ってる」
そこが重要だった。
以前、人工的に精神を改変された【凶行者】を元へ戻した時と似ている。
本人が最初から持っていた情報と、外から付け足された情報。
それを見分けられるなら、やることも同じだ。
「【保存】」
まず元の個体情報を確保する。
続いて、後から追加された命令だけを切り分ける。
「【複写】」
異物側の情報を独立させた瞬間、身体へ食い込んでいた白い結晶が強く光った。
モンスターが激しく暴れる。
「皇牙様!」
「落ち着いて。詩乃の能力で、押さえてもらえるかな?」
詩乃が即座に動いた。
「【
振り回された尾が彼女へ届く直前、その勢いが抜ける。
依織も小型化した【
「殺さないって、結構メンドイんだけど!」
「あと少し!」
「なら早くしてよね!」
分離した情報と元の状態を比較し、壊された接続部分を組み直す。
「【構築】」
白い結晶が根元から砕けた。
直後、それまで暴れていたモンスターの力が抜ける。
俺の前で身体を伏せ、荒い呼吸を繰り返した。
『……命令が通る』
フォルネウスが呟く。
『我の管理下へ戻った』
「成功だね」
『貴様、今何をした?』
「後から足された情報だけ外して、元に戻した」
『そのようなことが可能なのか?』
「今できたから、可能みたい」
『実験する前に分かっていなかったのか!?』
アスモダイの叫びは無視する。
一体戻せたなら、残りも同じだ。
詩乃と依織に足止めしてもらいながら、順番に【解析】し、改変部分を切り離していく。
三体。
五体。
最後の一体から白い結晶を取り除いたところで、通路が静かになった。
「これ、新宿でも使えそうだな」
「また何か思いつかれましたの?」
「敵にモンスターを奪われた時の復旧方法。それに、逆もできるかもしれない」
「逆?」
「元の情報を残したまま、必要な性質だけ足すとか」
『待て。今は我の眷属で試すな』
フォルネウスが即座に止めてきた。
「しないよ。許可なく改造したら怒るだろ?」
『当然だ』
「じゃあ新宿に帰ってから試そう」
『結局やるのか』
アスモダイが呆れている。
その時、奥から低い音が響いた。
水が動く音ではない。
重いものが床を引きずるような振動が、少しずつ近づいてくる。
「まだいるみたいですね」
依織が前方へ視線を向けた。
暗い通路の奥から、巨大な影が現れる。
「……何、あれ」
依織の口から声が漏れた。
一体のモンスターではなかった。
魚類のような頭部。
甲殻に覆われた胴体。
左右で形の違う四本の脚。
背中からは半透明のヒレが何枚も伸び、その付け根を白い結晶が覆っている。
別々の生物を無理やり一つへまとめたような姿だった。
「気持ち悪いですわね」
「でも、面白い」
『感心している場合か!』
アスモダイに怒鳴られながら、俺は【解析】を通す。
思った通りだった。
一体の生物が変異したわけではない。
複数の水棲モンスターが持つ情報を切り出し、一つの個体へ組み込んでいる。
硬い甲殻。
水流を発生させる器官。
高い再生能力。
水中で速度を上げる能力。
全部、元は別々のものだ。
「こういう組み方もできるのか」
『だから嬉しそうにするな!』
「俺が考えてたモンスター改造と方向は近いよ。こっちの方がかなり雑だけど」
異形が口を開いた。
圧縮された水が一直線に放たれる。
「皇牙様!」
詩乃が俺の前へ出ようとしたので、肩を引いて一緒に横へ避けた。
水流が背後の石壁を大きく削る。
「危ないな」
「皇牙様こそ、わたくしの前へ出ないでくださいませ」
「それ、今言う?」
「今だから申し上げております」
すぐ隣では依織が黒球を浮かべていた。
「二人だけで話してないで、こっちも見てよ!」
「ごめんごめん」
「アタシがあいつを削る。皇牙は調べるんでしょ?」
「頼める?」
「そのために連れてきたんでしょ?」
依織が笑う。
詩乃も俺の前から離れ、異形へ向き直った。
「でしたら、わたくしが攻撃を逸らします。皇牙様は存分に【解析】なさってください」
「二人とも頼もしいね」
「今さらですわ」
「もっと褒めてもいいけど!」
異形が突進してくる。
詩乃の【言実化】で軌道を乱し、その隙に依織の黒球が背中のヒレだけを消し飛ばす。
俺は攻撃には加わらない。
知りたいのは、こいつを構成している情報の方だ。
一つずつ。
能力と接続部分を追っていく。
「依織、右の前脚。そこだけ食べて」
「りょーかい!」
「詩乃、次の水流を逸らして」
「お任せくださいませ」
二人が作ってくれた時間で、さらに深く【解析】する。
外から追加された能力。
天使側と思われる白い構造。
そのさらに奥。
「……ん?」
一つだけ、性質が違う。
白い構造物とも、このモンスター本来の情報とも一致しない。
もっと古く、横浜ダンジョンの管理系統に近い情報。
『どうした』
フォルネウスが尋ねてくる。
「これ……天使だけの技術じゃない」
『何?』
俺は中心部に埋め込まれた情報をさらに読み取った。
そこにあるのは、明らかに悪魔側の管理情報だった。