異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第29話 奪われたモンスター

 

『……我の命令が通らぬだと?』

 

 フォルネウスの声に動揺が混じる中、白く濁った目をしたモンスターたちが一斉にこちらへ向かってきた。

 

 

「詩乃、依織。まだ殺さないで」

「承知いたしました」

 

「えっ、この数をですか?」

「できればね。ちょっと調べたい」

 

 先頭を走ってきたのは、さっき水路で戦ったものと同系統の水棲モンスターだった。

 

 ただし様子が違う。

 

 首筋や背中の鱗を突き破るように白い結晶が伸び、そこから細い筋が全身へ広がっている。

 

 俺は飛びかかってきた一体を横へ避け、その胴体へ手を触れた。

 

「【解析】」

 

 情報が一気に流れ込んでくる。

 

 元々持っていた身体情報。

 水中行動に適した能力。

 

 フォルネウスの管理下に置かれていたことを示す情報。

 

 そして、その上から別の命令が付け足されている。

 

 

「やっぱりだ」

 

「何か分かりまして?」

 

「こいつらがフォルネウスを無視してるんじゃない。別の命令を優先するように書き換えられてる」

 

『我の眷属を奪ったというのか』

 

「完全に奪われたわけじゃないよ。元の情報も残ってる」

 

 そこが重要だった。

 

 以前、人工的に精神を改変された【凶行者】を元へ戻した時と似ている。

 

 本人が最初から持っていた情報と、外から付け足された情報。

 

 それを見分けられるなら、やることも同じだ。

 

 

「【保存】」

 

 まず元の個体情報を確保する。

 続いて、後から追加された命令だけを切り分ける。

 

「【複写】」

 

 異物側の情報を独立させた瞬間、身体へ食い込んでいた白い結晶が強く光った。

 

 モンスターが激しく暴れる。

 

 

「皇牙様!」

 

「落ち着いて。詩乃の能力で、押さえてもらえるかな?」

 

 詩乃が即座に動いた。

 

「【暖簾に腕押し(のれんにうでおし)】」

 

 振り回された尾が彼女へ届く直前、その勢いが抜ける。

 

 依織も小型化した【暴食無月(バアルディア)】を飛ばし、モンスターの前脚付近だけを削って動きを鈍らせた。

 

 

「殺さないって、結構メンドイんだけど!」

 

「あと少し!」

 

「なら早くしてよね!」

 

 分離した情報と元の状態を比較し、壊された接続部分を組み直す。

 

 

「【構築】」

 

 白い結晶が根元から砕けた。

 直後、それまで暴れていたモンスターの力が抜ける。

 

 俺の前で身体を伏せ、荒い呼吸を繰り返した。

 

『……命令が通る』

 

 フォルネウスが呟く。

 

『我の管理下へ戻った』

「成功だね」

 

『貴様、今何をした?』

「後から足された情報だけ外して、元に戻した」

 

『そのようなことが可能なのか?』

「今できたから、可能みたい」

 

『実験する前に分かっていなかったのか!?』

 

 アスモダイの叫びは無視する。

 

 

 一体戻せたなら、残りも同じだ。

 

 詩乃と依織に足止めしてもらいながら、順番に【解析】し、改変部分を切り離していく。

 

 三体。

 

 五体。

 

 最後の一体から白い結晶を取り除いたところで、通路が静かになった。

 

 

「これ、新宿でも使えそうだな」

 

「また何か思いつかれましたの?」

 

「敵にモンスターを奪われた時の復旧方法。それに、逆もできるかもしれない」

 

「逆?」

 

「元の情報を残したまま、必要な性質だけ足すとか」

 

『待て。今は我の眷属で試すな』

 

 フォルネウスが即座に止めてきた。

 

 

「しないよ。許可なく改造したら怒るだろ?」

『当然だ』

 

「じゃあ新宿に帰ってから試そう」

『結局やるのか』

 

 アスモダイが呆れている。

 

 

 その時、奥から低い音が響いた。

 

 水が動く音ではない。

 

 重いものが床を引きずるような振動が、少しずつ近づいてくる。

 

「まだいるみたいですね」

 

 依織が前方へ視線を向けた。

 暗い通路の奥から、巨大な影が現れる。

 

 

「……何、あれ」

 

 依織の口から声が漏れた。

 一体のモンスターではなかった。

 

 魚類のような頭部。

 甲殻に覆われた胴体。

 左右で形の違う四本の脚。

 

 背中からは半透明のヒレが何枚も伸び、その付け根を白い結晶が覆っている。

 

 別々の生物を無理やり一つへまとめたような姿だった。

 

 

「気持ち悪いですわね」

 

「でも、面白い」

 

『感心している場合か!』

 

 アスモダイに怒鳴られながら、俺は【解析】を通す。

 

 思った通りだった。

 一体の生物が変異したわけではない。

 

 複数の水棲モンスターが持つ情報を切り出し、一つの個体へ組み込んでいる。

 

 硬い甲殻。

 水流を発生させる器官。

 

 高い再生能力。

 水中で速度を上げる能力。

 

 全部、元は別々のものだ。

 

 

「こういう組み方もできるのか」

 

『だから嬉しそうにするな!』

 

「俺が考えてたモンスター改造と方向は近いよ。こっちの方がかなり雑だけど」

 

 

 異形が口を開いた。

 圧縮された水が一直線に放たれる。

 

「皇牙様!」

 

 詩乃が俺の前へ出ようとしたので、肩を引いて一緒に横へ避けた。

 

 水流が背後の石壁を大きく削る。

 

「危ないな」

 

「皇牙様こそ、わたくしの前へ出ないでくださいませ」

 

「それ、今言う?」

 

「今だから申し上げております」

 

 すぐ隣では依織が黒球を浮かべていた。

 

 

「二人だけで話してないで、こっちも見てよ!」

 

「ごめんごめん」

 

「アタシがあいつを削る。皇牙は調べるんでしょ?」

 

「頼める?」

 

「そのために連れてきたんでしょ?」

 

 依織が笑う。

 詩乃も俺の前から離れ、異形へ向き直った。

 

 

「でしたら、わたくしが攻撃を逸らします。皇牙様は存分に【解析】なさってください」

 

「二人とも頼もしいね」

 

「今さらですわ」

 

「もっと褒めてもいいけど!」

 

 

 異形が突進してくる。

 詩乃の【言実化】で軌道を乱し、その隙に依織の黒球が背中のヒレだけを消し飛ばす。

 

 俺は攻撃には加わらない。

 知りたいのは、こいつを構成している情報の方だ。

 

 一つずつ。

 能力と接続部分を追っていく。

 

 

「依織、右の前脚。そこだけ食べて」

 

「りょーかい!」

 

「詩乃、次の水流を逸らして」

 

「お任せくださいませ」

 

 二人が作ってくれた時間で、さらに深く【解析】する。

 

 外から追加された能力。

 天使側と思われる白い構造。

 

 そのさらに奥。

 

 

「……ん?」

 

 一つだけ、性質が違う。

 

 白い構造物とも、このモンスター本来の情報とも一致しない。

 

 もっと古く、横浜ダンジョンの管理系統に近い情報。

 

 

『どうした』

 

 フォルネウスが尋ねてくる。

 

「これ……天使だけの技術じゃない」

 

『何?』

 

 俺は中心部に埋め込まれた情報をさらに読み取った。

 

 そこにあるのは、明らかに悪魔側の管理情報だった。

 

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