「これ……天使だけの技術じゃない」
異形モンスターの中心部にある情報を読み取りながら告げると、フォルネウスからの返事が止まった。
「悪魔側の管理情報が混ざってる。横浜のものとは違うけど」
『……その情報を読めるのか』
「少なくとも、出所が違うことくらいはね」
詳しく調べたいところだが、その前に目の前の相手を片づける必要がある。
「依織、もう一つ。腹の下に再生能力を維持してる部分がある」
「壊していいの?」
「そこだけなら」
「りょーかい!」
黒球が触れた部分だけが消失し、直後、それまで傷口を塞いでいた再生が止まる。
「詩乃、次で止める!」
「承知いたしましたわ!」
突進してきた巨体の勢いが鈍ったところへ踏み込み、俺は異形の頭部を横から蹴り抜いた。
巨体が壁へ叩きつけられ、白い結晶が何本も砕け散る。
それでも起き上がろうとするので、最後に依織が残った脚だけを【暴食無月】で削った。
「これでもう動けないね」
「殺さなくていいの?」
「中心部分をもっと調べたいから」
『貴様は本当にそればかりだな』
アスモダイが呆れた声を出す。
「知らないものが目の前にあるのに、壊して終わりの方がもったいないだろ?」
「皇牙様らしいですわね」
詩乃が俺の隣へ戻ってくる。
「お怪我は?」
「ないよ。二人が前で頑張ってくれたからね」
「では、ご褒美をいただいても?」
「今ここで?」
「言ってみただけですわ」
「アタシも頑張ったんだけど?」
反対側から依織が割り込んでくる。
「もちろん依織も。帰ったら何か考えるよ」
「ホント? じゃあアタシの方が詩乃よりいいやつね」
「なぜ勝手に差をつけておりますの?」
「先に倒した数、アタシの方が多いし」
「それは評価基準になりませんわ」
さっきまで怪物と戦っていたとは思えない会話を背後に聞きながら、俺は異形の中心核へ触れた。
白い構造物。
複数のモンスターから移された情報。
そして、その接続部へ混ぜられている悪魔由来の管理情報。
「フォルネウス。これ、誰のものか分かる?」
『断定はできない』
「心当たりは?」
少し間が空いた。
『……ある』
やっぱりか。
「それは誰?」
『今は話さない』
「また隠すんだ?」
『私が知る情報と完全に一致しているわけじゃない。曖昧な段階で名前を出して、余計な敵を増やす趣味はないよ』
それは一応筋が通っている。
俺も確証のない相手へ殴り込みをかける趣味はない。
「じゃあ、悪魔の誰かが天使側へ協力してる可能性は?」
『十分にある』
『馬鹿な』
アスモダイが低い声を漏らした。
『奴らへ与するなど、自ら首を差し出すようなものだ』
『その考え方が変わってないようで安心したよ、アスモダイ』
フォルネウスの気怠そうな返答に、アスモダイが露骨に不機嫌になる。
『どういう意味だ』
『そのままの意味。時が移ろいでこの世界が変わっても、キミは何も変わらない』
『貴様……!』
「その喧嘩は会ってからにしてよ」
『なら来ればいい。約束通り、私のところまで案内する』
異形を無力化したことで、奥を塞いでいた白い結晶の一部が力を失っている。
その先の壁が開き、さらに深部へ続く道が現れた。
◆
通路の先にあったのは、巨大な地下空洞だった。
中央には静かな水面が広がり、その上へ石造りの円形台が浮かんでいる。
その中央に、一人の女が立っていた。
(あれがフォルネウス……?)
まず目についたのは、その背の高さだった。
俺と大きく変わらないほどの長身に、すらりとした細身の身体。青い髪は顎に届かない程度の短さで無造作に切られており、片側の耳には銀色のピアスがいくつも並んでいる。
黒いベストジャケットの下は身体に沿った薄手のシャツ。下半身は短いパンツに、太腿まで覆う黒いニーハイソックスという格好だった。
かなりボーイッシュな服装なのに、顔立ちは意外なほど整っている。
少し眠そうな表情とは対照的に、金色の目は大きくぱっちりとしていて、黙って立っているだけならモデルか何かと言われても納得できそうな美形だった。
「フォルネウス?」
「そうだけど」
気の抜けた声だった。
通信越しに聞いていた低めの声と同じだが、実際に本人を前にすると、想像していた印象とはかなり違う。
「……女だったんだ」
「そこ気にする?」
「いや、勝手に男だと思ってた」
「へえ」
フォルネウスは興味がなさそうに短い青髪をかき上げる。
「人間相手なら、この姿が楽なんだよ。余計に怖がられないし」
『相変わらず人間臭い格好をしているな』
アスモダイの声が管理系統を通じて響いた。
フォルネウスはピアスの付いた耳を指で掻きながら、面倒そうに水面へ目を落とす。
「相変わらず時代へ適応できないね、アスモダイ」
『我を誰と心得る!』
「昔からその調子だから言ってるんだけど」
『貴様……!』
「そのやり取り、長くなる?」
「放っておけば朝までやるんじゃない?」
『誰が貴様などと!』
会話が終わりそうにないので、俺は近くに置かれている管理設備へ視線を移した。
横浜ダンジョンの水路、モンスター配置、資源区域が立体的に表示されている。
「私より管理設備の方が気になるんだ」
「悪魔に物珍しさはもう感じないかな。アスモダイとは毎日話してるからね」
『ありがたみがないように言うな!』
フォルネウスが俺を見た。
ぱっちりした金色の目を細め、ほんの少しだけ口元を緩める。
「なるほど。思っていた以上に変な人間だね」
「褒めてる?」
「まあね」
ずいぶん力の抜けた悪魔だ。
「ま、いいや。それよりフォルネウス。約束の話、聞かせてもらえる?」
「ああ。天使について、だったね」
「それと昔の戦争についても。アスモダイからは一応聞いてるんだけどさ」
「なら、最初に一つ訂正しておこうか」
フォルネウスは円形台の端へ腰を下ろした。
長い脚を組むと、短パンとニーハイソックスの間から覗く太腿に片手を置き、そのまま気怠そうにこちらを見る。
「アスモダイが語った歴史が嘘だとは言わない。でも、それが全部でもない」
『何を言い出す』
「外から来た神々が、この地にいた神々と争った。それ自体は事実。ただ、原住の神々が一つにまとまってたわけじゃないよ」
「仲間割れしてた?」
「そんな簡単な話でもない。原住神同士で領域を奪い合ってた者もいたし、外来神と手を結んだ者もいた。逆に、人間を守ろうとした天使だっていた」
『詭弁だ! 奴らが我らの領域を奪った事実は変わらぬ!』
「変わらないよ。でも、人間を餌として扱ってた悪魔がいた事実も変わらない」
アスモダイが黙る。
「戦争に勝った側と負けた側で、残す話は変わる。それは人間たちだって同じ。自分に都合の悪いことまで後世へ丁寧に残すほど善良じゃないでしょ?」
「あはは。たしかに、それはそうだね」
俺は笑いながら、今聞いた情報を頭の中で整理する。
どちらかが嘘をついていると決める必要はない。
二人とも、自分が見た事実を話している可能性だってある。
「じゃあ両方の話とも、参考程度に覚えておくよ」
「へえ? 私の話したことも疑うんだ?」
「どっちが正しいかは、もっと材料を集めてから決める。それまではアスモダイの話も、フォルネウスの話も同じくらい疑う」
『我まで疑うのか!?』
「最初から言ってるじゃん」
フォルネウスはしばらく俺を見つめていた。
それから大きな金色の目をわずかに細める。
「うん、気に入った」
「それはどうも」
「もしアスモダイの言葉だけ信じて、天使は全部敵、悪魔は全部味方なんて考えてる人間なら、ここで殺すつもりだった」
『やはり敵ではないか!』
「俺も変なことされたら普通に反撃するつもりだったよ」
「じゃあ、お互い様だね」
信用していない。
けれど、それでいい。
むしろ最初からその方が話は早い。
フォルネウスは円形台から立ち上がり、短パンのポケットへ両手を入れた。
「だから、一つ提案がある」
「聞こうか」
「新宿と横浜。互いの管理領域へ直接干渉しない」
さらに俺をまっすぐ見据える。
「天使側の動きについて得た情報を共有する。必要なら、互いの資源も交換する」
悪魔から持ちかけられたのは、服従でも仲間入りでもなかった。
「つまり同盟の提案ってこと?」
「そこまで仲良くする気はないけど」
「奇遇だね。俺もだよ」
だったら、条件を決めればいい。
敵にならずに済むように。