異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第32話 悪魔を宿した探索者

 

「悪魔から仕入れた材料を、人間に入れてるってことか」

 

 相良さんから送られてきた探索者の検査資料を端末へ表示しながら、俺は横浜で見た情報と照合していく。

 

 対象は二十代の男性探索者。

 

 通常の人間を上回る身体能力と【虚素】出力を持ち、能力そのものも高水準。ただ、それだけなら上位探索者の中には似た数値を出す人間もいる。

 

 問題は血液と筋組織だった。

 

 

「【解析】」

 

 直接身体に触れているわけではないから、読み取れる情報には限界がある。それでも、横浜ダンジョンで回収した悪魔由来の情報と似ていることは分かった。

 

『……間違いない』

 

 アスモダイの声がいつもより低い。

 

『その人間の中には、我らに近い情報が存在している』

 

「やっぱりそうなんだ」

 

「では、以前の【凶行者(クルーエル)】とは別の研究なのですか?」

 

 隣に座った詩乃が端末を覗き込む。

 

 

「いや、別の研究じゃない。【凶行者】と同じだ」

 

 依織も俺の反対側から身を寄せてきた。

 

「どういうことですか?」

 

「【凶行者】にされた人たちは、能力を増幅されて、精神や攻撃性まで人工的に弄られてたよね」

 

「はい……」

 

 依織の表情が少し曇る。

 研究施設へ侵入してきた九人。殺人への抵抗すら削られ、人間を壊すことを前提に調整されていた。

 

 俺たちはこれまで、それ自体が研究の最終目的だと思っていた。けれど今回の資料を見る限り、違う。

 

 

「人間の身体に悪魔の因子をそのまま入れたら、たぶん耐えられないんだ」

 

『当然だ。我らと人間では、肉体も魂も【虚素】への適応力も異なる』

 

「だから先に、人間の方を作り替えた」

 

 能力を増幅する。

 【虚素】への耐性を上げる。

 精神へ介入して、異常な変化にも適応させる。

 

 人体そのものを、人間以外の情報を受け入れられる状態へ近づけていく。

 

「【凶行者】は兵器の完成形じゃない。悪魔の因子を埋め込むための素体を作る、基礎研究だったんだ」

 

 詩乃の表情から柔らかさが消えた。

 

 

「つまり、あの方々へ施されていた改造は……」

 

「その先があったってことだね」

 

 俺は検査資料の一部を拡大する。

 

 筋肉の一部に通常の人間とは異なる組織構造。

 高密度の【虚素】を流しても崩壊しない血管。

 

 さらに、その奥には本人が持っていないはずの情報がある。

 

「人間を改造した【凶行者】へ、さらに悪魔由来の因子を追加する。二段階の改造ってところかな」

 

「……趣味が悪いですね」

 

 依織が吐き捨てるように言った。

 

 【凶行者】を越える人造探索者。

 悪魔の情報まで取り込んだ存在か……。

 

 

「名付けるなら【超凶行者(ネオ・クルーエル)】……とか?」

『安直だな』

 

「うるさいな。こういうのは分かりやすい方がいいんだよ」

「皇牙様が勝手に命名してよろしいのですか?」

 

「正式名称が分かったら直すよ」

「では、それまでは仮称ですわね」

 

 

 相良さんへも分析結果を送る。

 

 以前の【凶行者】研究と無関係ではない可能性が高いこと。

 

 むしろ【凶行者】を素体とし、悪魔由来情報を定着させるための次段階である可能性。

 

 可能なら対象本人を直接【解析】したいこと。

 

 送信を終えたところで、今度は迷宮管理局から別の通知が届いた。

 

 

「忙しいね、今日は」

 

 開くと、愛知県の【豊橋ダンジョン】で開催される大規模攻略作戦への参加要請だった。

 

 正式名称は【豊橋深層特別攻略作戦】。

 全国から選抜した探索者を集め、数日かけて未踏区域を開拓するらしい。

 

「俺、Gランクなんだけど」

 

「皇牙様が今さら何を仰いますの」

 

「いや、表向きの話」

 

 参加理由には第五等級【解析】による未確認生物、未知構造の調査補助と記載されている。

 

 詩乃にも正式な参加要請。

 依織は俺の補助探索者として特例参加が認められていた。

 

 

「私も行けるんですか?」

 

「嫌じゃなければね」

 

「行きます」

 

 即答だった。

 

「知らないダンジョンでも、皇牙さんが一緒なら……たぶん、大丈夫ですから」

 

「それは責任重大だね」

 

 そう返すと、依織は少し気まずそうに目を伏せた。

 すると反対側から詩乃が、俺の腕へ自分の腕を絡めてくる。

 

 

「でしたら、わたくしも皇牙様から離れないようにいたしますわ」

「詩乃は普通に一人でも強いだろ?」

 

「強さの問題ではございません」

「じゃあ何の問題?」

 

「場所の問題です。皇牙様のお隣は空けていただかなくては困ります」

「じゃあ私は反対側で」

 

 依織までこちらの袖を掴む。

 

「いつの間に席取りになったの?」

『くだらんことで張り合うな!』

 

 アスモダイが一番うるさかった。

 

 

 

 その日の夕方、天御門家へ戻ると、姉さんと雛菊も同じ攻略作戦の資料を受け取っていた。

 

「政府から天御門家にも協力要請が来ているわ」

 

 紫苑姉さんはソファへ腰掛け、資料へ目を落としている。落ち着いた仕草は普段と変わらないが、仕事に関わる話になると視線が鋭い。

 

 対照的に、雛菊は向かい側から身を乗り出した。

 

 

「お兄ちゃんも出るんでしょ? じゃあ久しぶりに一緒に探索できるじゃん」

「遊びじゃないよ」

 

「分かってるって。別に旅行気分じゃないし」

「その割には楽しそうね」

 

 姉さんに言われ、雛菊は誤魔化すように笑った。

 

 俺は資料を受け取る。

 

「でも、急だね」

「私もそこが気になっているわ」

 

 全国規模で探索者を集めるには、準備期間が短すぎる。

 

 

 紫苑姉さんは別の資料を差し出した。

 

「本当の理由はこちららしいわ。現職大臣の娘が原因不明の病気で、かなり容体が悪いそうよ」

 

「その治療に豊橋が関係してる?」

 

「深層にあるとされる【命樹花】。その成分に治療効果が期待されている」

 

 だから精鋭を一気に集めた。

 娘を助けるために使える権力を使ったというなら、少なくとも俺には責める理由はない。

 

「見つけられるなら、見つけてあげたいね」

 

「意外と素直ね、お兄ちゃん」

 

「俺だって人助けくらいするよ」

 

 ただ、一つだけ気になる。

 

 

「ずっと攻略されてきた豊橋で、どうして今になって【命樹花】の情報が出たんだろう」

 

 姉さんも同じ疑問を持っていたらしく、わずかに目を細める。

 

 その時、端末へ相良さんから追加連絡が届いた。

 

『天御門さん。先ほどの探索者についてですが。所属していた探索チームが確認できました』

 

 表示されたチーム名は、管理局推薦の若手探索者チーム。

 

 【アルケオン】。

 

 続く一文を読んで、俺は思わず笑った。

 

 

『そのチームは【豊橋深層特別攻略作戦】へ参加予定らしいです』

 

 

 【凶行者】の先に作られたと思われる【超凶行者】。

 

 突然現れた【命樹花】の情報。

 

 そして全国から探索者が集まる豊橋ダンジョン。

 

 

「これら全部が偶然だったら、それはそれで面白いけど――まぁ、行けば分かるか」

 

 病気の女の子を助ける。

 未知のダンジョンを調べる。

 

 ついでに、人間へ悪魔を混ぜた連中が何を作ろうとしているのか確かめる。

 

 豊橋へ向かう理由は、それだけあれば十分だった。

 

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