【解析】を発動した瞬間、相良さんから送られてきた資料だけでは分からなかった情報が流れ込んできた。
能力、身体構造、【虚素】の流れ。
そこまでは人間の探索者として異常はない。
問題は、そのさらに奥だった。
(やっぱり入ってる)
本人が生まれながらに持っていた情報とは明らかに異なるものが、筋肉や血管へ馴染むように定着している。
悪魔由来の因子だ。
『あの男か。気に入らぬな。悪魔の情報を人間の身体へ埋め込み、まるで自分たちの道具のように扱っておる』
(本人が望んだとは限らないよ。怒るなら、やった連中の方にしておいて)
アスモダイへ返しながら、何気なく隣に立つ女性へも【解析】を向ける。
「……ん?」
「皇牙様、どうかなさいました?」
「ちょっと待って。相良さんが見つけた人だけじゃないみたいだ」
女性の身体にも、人間とは異なる情報がある。
最初の男とは性質が違う。
さらに隣の男にも【解析】を向けると、そこにも別種の悪魔由来因子が確認できた。
俺は【アルケオン】の五人を順番に調べていく。
「少なくとも複数人に入ってる。それぞれ違う悪魔の因子みたいだね」
「では、あの方々全員が【
「そこまではまだ分からないよ。本人たちが事情を知ってるのかも確認できてないし、今は余計なことをしない方がいい」
依織が【アルケオン】へ目を向けた。
「普通に笑ってますね。自分の身体にそんなものが入ってるようには見えません」
「だから怖いんだよ。本人も知らないなら、いつ何が起きるか分からないからね」
監視対象が一人から一チームへ増えた。
それだけ覚えておけばいい。
ちょうどその時、攻略開始を告げる放送が拠点全体へ響いた。
◆
豊橋ダンジョンへ入ってしばらくすると、景色は完全に地下森林へ変わった。
巨大な樹木が天井近くまで伸び、その枝から垂れ下がる蔓や淡く発光する苔が周囲を照らしている。太い根の間には透明な水が流れ、見たことのない花や菌類が至るところに群生していた。
「地下なのに、本当に森みたいですね。新宿とも横浜とも全然違います」
依織が興味深そうに周囲を見回す。
「いいね。これだけ環境が違えば、新宿に持ち帰れそうな情報もかなりありそうだ」
『攻略開始早々、既に自分のダンジョンへ持ち帰ることを考えておるのか』
「せっかく来たんだから、使えるものは覚えて帰らないともったいないだろ?」
そんな話をしている間にも、先行したチームの方角から何度も戦闘音が響いていた。
端末を確認すると、開始直後から【アルケオン】が大量の討伐点を稼ぎ、一気に首位へ出ている。
「ものすごい勢いですわね。このままですと、かなり差をつけられそうです」
「能力を試す場所としてはちょうどいいんだろうね。俺たちは俺たちのやり方で進もう」
「では、急いで追いかけますか?」
依織が歩調を速めようとする。
「いや。なるべくゆっくり見ていこう。急いで通り過ぎたら、せっかくの知らないものを見落とすだろ?」
「皇牙さんが一番この攻略を楽しんでる気がしてきました」
否定はしない。
最初に見つけたのは、木々の間を漂う黄色い光だった。人間の頭ほどある巨大な蛾が何匹も飛び、その腹部が提灯のように明滅している。
「【ランタンモス】。討伐対象に登録されていますわ」
「近づいてきます。倒した方がいいですか?」
「いや、少し待って。こいつら、俺たちじゃなくて照明を追ってる」
試しに携帯照明を消す。
詩乃と依織にも消してもらうと、それまでこちらへ向かっていたランタンモスが進路を変え、近くで明るく光っている植物へ集まり始めた。
【解析】すれば、理由もすぐに分かる。
「強い光へ寄ってくる習性があるみたいだ。それと鱗粉には睡眠作用があるから、倒そうとして撒き散らされる方が面倒だね。照明を落として通り過ぎよう」
「戦えば討伐点は入りますけれど、眠らされて時間を失う方が損ということですわね」
「そういうこと。全部倒さなくても、通れるならそれでいいよ」
近くを先行していたチームが、ランタンモスへ攻撃を仕掛けている。
直後、大量の鱗粉が舞い、慌てて薬を取り出していた。
「……皇牙さんの言う通りにしてよかったです」
「でしょ?」
依織が素直に頷く横で、詩乃がどこか得意そうにしている。
どうして詩乃まで誇らしそうなのかは分からない。
さらに進むと、今度は三体の犬型モンスターが茂みから現れた。
身体は蔓や硬い葉で形成され、脚を地面へ沈めると細い根が周囲へ広がっていく。
「【グラスハウンド】です!」
依織が小型の【
ところが地面へ伸びた根が淡く光った直後、失われた部分が急速に再生していった。
「今の傷、もう治ってます」
「なるほど。依織、もう一度攻撃する前に、少し地面から離してみようか」
俺は飛びかかってきたグラスハウンドの顎を蹴り上げ、その身体を地面から浮かせる。
伸びていた根がまとめて千切れた。
「今なら大丈夫だよ」
「分かりました!」
依織の黒球が胴体へ食い込み、今度は削られた部分が戻らない。
「根を通じて地面から【虚素】を補給してる。接地させなければ再生能力は使えないみたいだ」
「でしたら、残りはわたくしにお任せくださいませ」
詩乃が二体へ手を向ける。
「【
グラスハウンドの四肢が地面から離れ、空中でもがき始めた。
「これでよろしいでしょうか?」
「完璧。詩乃はこういう応用、本当に上手くなったね」
「皇牙様からお褒めいただけるのでしたら、もっと難しい注文でも歓迎いたしますわ」
嬉しそうに微笑む詩乃を見ていると、横から依織が俺の袖を引いた。
「皇牙さん。最初に弱点を確認したのは私なので、私のことも忘れないでくださいね」
「もちろん。依織が試してくれたから、再生条件をすぐ確認できたんだよ。二人とも頼りにしてる」
「それならいいです」
依織は満足そうに笑い、詩乃も特に張り合わなかった。
褒め方を間違えると面倒になるらしい。
それからも、俺たちは先頭争いへは加わらなかった。
触れると皮膚を痺れさせる蔓。
果実を傷つけると周囲のモンスターを呼び寄せる低木。
逆に、止血成分を含んだ苔。
見つけるたびに【解析】し、使えそうなものは端末へ登録していく。
当然、進行速度は遅い。
「十九位まで下がりましたわね。他のチームはかなり先まで進んでいるようです」
「討伐数だけなら全然稼いでないからね。でも、そろそろ面白そうなものがありそうだよ」
「何か見つけたんですか?」
「こっちに空気が流れてる」
俺は本道を外れ、巨大な樹木の根元へ向かう。
絡み合った蔓をどかすと、その奥に人一人が通れるほどの隙間があった。
地面には、小型モンスターが何度も通った跡も残っている。
「地図には道がありませんわ」
「人間が使ってないだけだよ。この先に空間がある」
三人で隙間を抜けると、小さな谷のような場所へ出た。
そこには地図に登録されていない青い草花や、淡い紫色の実をつけた低木が一面に群生している。
「これ……全部、まだ登録されていない植物ですか?」
「少なくとも管理局のデータにはないね。せっかくだから全部調べようか」
未踏区域。
新素材。
地図更新。
【解析】した情報を登録するたび、端末へ次々と加点通知が表示される。
さらに奥には、不自然なほど四角く膨らんだ植物があった。
「宝箱……ではないですよね?」
「よく分かったね、依織」
「皇牙さんといると、素直に宝箱を信じちゃいけない気がしてきたので」
【解析】すると、見た目だけでは分からなかった内部構造が見えてくる。
「【ミミックブルーム】っていう巨大花みたいだ。近づいた生物を箱の中へ誘い込んで、捕まえて溶かす」
「まったく開けたくならない説明ですわね」
「でも内部にかなり濃度の高い蜜がある。捕食器官だけ止めれば取れそうだよ」
詩乃に花弁の動きを封じてもらい、依織が牙状の器官だけを【暴食無月】で削る。安全を確認してから内部へ手を入れると、底に金色の蜜が溜まっていた。
採取して登録した瞬間、端末が震える。
【希少資源・新規登録】
続けて大量のポイントが加算された。
「皇牙さん、順位が……十九位から四位まで上がってます」
「思ったよりくれたね」
「最初から新規発見を狙っていらしたのですか?」
「いや。気になるものを調べてただけだよ。結果的に点数になっただけ」
詩乃が小さく笑う。
「その方が皇牙様らしいですわね。順位より、見たことのないものを見つけた時の方が嬉しそうですもの」
「否定できないな」
◆
最初の中間順位が、参加者全員の端末へ配信された。
一位【アルケオン】。
二位【白銀旅団】。
そして討伐点がほとんどない俺たちが四位。
通信回線から、驚いた探索者たちの声まで聞こえてくる。
『あのGランクがいる三人組、四位まで上がってるぞ。何を見つけたんだ?』
『討伐数は下の方だろ。新規発見と地図更新だけで、あそこまで稼いだのかよ』
『ただの偶然、ラッキーなだけだろ』
「随分と注目されるようになりましたわね。先ほどまで皇牙様を補助要員だと思っていた方々も、少しは見方を変えるかもしれません」
「別に変えてくれなくてもいいけど、二人が頑張ってくれた結果が評価されるのは嬉しいかな」
「でしたら私、もっと頑張ります。皇牙さんが見つけたいものを全部見つけられるくらい」
「わたくしも負けてはいられませんわね。皇牙様がお望みなら、どこまでもお供いたします」
「二人とも頼りにしてるよ」
そう答えて本道へ戻ろうとした時だった。
俺は隠し通路の手前で足を止める。
外から複数の気配が近づいていた。
「皇牙様?」
「二人とも、少し静かにして。外に何かいる」
根の隙間から覗く。
グラスハウンド。
背中に巨大な菌類を生やした猿型モンスター。
さらに、まだ見たことのない植物型まで混ざっている。
それぞれ別の場所で生息していてもおかしくない種類が、俺たちの使った隠し通路を塞ぐように集まっていた。
「……この道、登録したのはついさっきだよね?」
「ええ。わたくしたちが通るまで、管理局の地図にも存在しておりませんでしたわ」
それなのに、まるで俺たちがここから出てくることを知っていたような配置だ。
偶然で片づけるには、少し出来すぎている。
「せっかく見つけた道なのに、ずいぶん早くお客さんが来たね」
俺は出口を囲むモンスターたちへ【解析】を向ける。
順位よりも、希少素材よりも。
今度はこっちの方が、ずっと気になった。