異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第4話 地図にない階層

 

『……お二人が現在いる場所ですが、こちらの地図には存在していません』

 

「存在していない?」

 

 俺が聞き返すと、通信の向こうで職員が慌ただしく何かを確認する音がした。

 

『はい。端末から送られてくる映像では通路にいることは確認できます。しかし座標上では、そこには壁しかありません。救助班を向かわせますので、その場から動かず――』

 

 そこで通信が途切れた。

 

 

「管理局?」

 

 詩乃が端末を操作する。

 

「こちら西園寺です。応答してください」

 

 返事はない。

 

 俺の端末も同じだった。通信だけでなく位置情報も消え、地図も読み込めなくなっている。

 

 振り返れば、さっきまで歩いてきた通路まで石壁に閉ざされていた。

 

 

「詩乃。こういうことって、ダンジョンではよくあるの?」

 

「ありませんわ」

 

 即答だった。

 いつも余裕を崩さない詩乃が、黒い金属杖を握ったまま周囲を何度も確認している。

 

「少なくとも、わたくしは初めてです。Dランクになり、中堅の探索者として扱われるようになってからも、このような現象は聞いたことがありません」

 

「ダンジョンの構造が変わること自体はあるんだよね?」

 

「ええ。迷宮変動や転移罠もあります。ただし、どちらにも予兆がありますわ。壁が動く、虚素が急激に乱れる、転移陣が現れるなど、何かしらの変化が起きます。先ほどまで普通に存在していた場所が、何の前触れもなく地図から消えるなど……」

 

 詩乃が言葉を切った。

 顔から血の気が引いている。

 

 

 なるほど。

 地球の探索者にとっても、これは異常らしい。

 

 俺は閉ざされた壁へ触れ、《解析》を深めた。

 

 壁を動かした痕跡はない。

 新しく岩を作ったわけでもない。

 通路だった場所そのものが、最初から壁だったかのように変わっている。

 

(やっぱりそうか)

 

 異世界でも、似た現象を何度か経験したことがある。

 

 岩を壊す。

 壁を作る。

 人間を別の場所へ飛ばす。

 

 その程度なら上級魔法でも可能だった。

 だが、空間や環境そのものへ直接手を加えるとなれば話は違う。

 

(魔王クラスの魔法使いか、それ以上の使い手がこのダンジョンに居るな)

 

 向こうの世界でも、そんな真似ができる存在は数えるほどしかいなかった。

 

 俺が少し楽しくなってきたところで、前方から重い音が響いた。

 

 

「皇牙様、下がってください!」

 

 詩乃が即座に俺の前へ出る。

 通路の先にある広間から、巨大な影が姿を現した。

 

 三メートルを超える甲虫型のモンスター。

 全身を黒い甲殻で覆い、頭部から太い角を伸ばしている。

 

「そんな……あれはアーマービートル!?」

 

「知ってるの?」

 

「中層以降に出現するモンスターで、Cランク探索者が数人で倒すレベルの強さですわ。初級区域にいるはずがありません」

 

 詩乃の声に余裕がない。

 アーマービートルが床を踏むたびに、石の通路へ重い振動が伝わってきた。

 

 

「皇牙様」

 

 詩乃が俺を振り返らないまま告げる。

 

「わたくしがここで足止めします。その間に逃げてくださいませ」

「逃げるって、後ろは壁だけど?」

 

「どこかに別の道があるかもしれません。わたくしが時間を稼ぎますから、皇牙様は【解析】で出口を探してください」

「詩乃は?」

 

「後から必ず追いつきます」

 

 嘘だな。

 握った杖がわずかに震えている。

 

 自分でも、この相手を一人で止められる保証がないと分かっているらしい。

 

 それでも俺を先に逃がそうとしている。

 

 

「詩乃」

「なんでしょう?」

 

「ここで見たことは、絶対に誰にも言わないって約束できる?」

「……皇牙様?」

 

 ようやく詩乃が振り返った。

 

「今は冗談を言っている場合ではありませんわ。あれは中層のモンスターです。皇牙様は戦闘能力をお持ちでは――」

 

「俺は本気だよ」

 

 俺が言うと、詩乃の言葉が止まった。

 

「約束できる?」

「……はい。皇牙様が秘密にしてほしいとおっしゃるのでしたら、わたくしは誰にも話しません」

 

「本当に?」

「もちろんです」

 

「もし俺に嘘をついたら、どうなるか分かるね?」

「え?」

 

 詩乃の首へ手を伸ばした。

 細い喉へ指を添え、そのまま少し力を込める。

 

 

「皇、牙……様?」

 

 詩乃の紫がかった瞳が大きく見開かれた。

 

 柔らかな首筋から脈が伝わってくる。

 さらに少しだけ指へ力を入れると、詩乃の肩が跳ねた。

 

 

「約束を破られるのは嫌いなんだ。詩乃が俺を裏切るとは思ってないけど、念のため確認してるだけだよ」

 

「は、い……絶対に、言いません……」

 

 身体が小さく震えている。

 

 背後では、中層のモンスターがこちらへ近づいているというのに、詩乃の視線は俺から離れなかった。どうやら今は、あの巨大な甲虫より俺の方が怖いらしい。

 

 頭のおかしいサイコパス?

 それでいい。

 

 常識や道徳?

 そんなもの、異世界に置いてきたさ。

 

 

「分かった。詩乃を信じるよ」

「けほっ、こほっ……」

 

 手を離す。

 詩乃が自分の首を押さえながら、一歩下がった。

 

「皇牙様……あなたは、一体……」

 

「前にも言っただろ。俺が【解析】しかできないっていうのは、世間ではそういうことになってるだけだよ」

 

 アーマービートルが頭を低くする。

 突進の構えだ。

 

 俺は詩乃の横を通り、その前へ出た。

 

 

「皇牙様、危険です!」

 

「大丈夫。あれくらいなら、向こうでは雑魚だったから」

 

「向こう……?」

 

 詩乃の困惑した声を背中で聞きながら、右手を持ち上げる。

 

 久しぶりに使うには、ちょうどいい相手だ。

 

 

「見せてあげるよ、詩乃」

 

 指先へ虚素が集まり始める。

 

「異世界の魔法っていうものを」

 

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