異世界帰還者は迷宮を喰らう   作:ぽんたぬ

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第9話 地図にない当たり部屋

 

「集団の中に一人だけ、妙な探索者が混じってる」

 

 俺がそう言うと、詩乃が首を(かし)げた。

 

「妙、とは?」

「まだ分からない。ただ、新人に紛れてCランクの探索者がいる」

 

 ダンジョンの管理者であるアスモダイの力を使えば、探索者がどこにいるのか大まかに把握できるようだ。

 

 さらに《解析》を重ねれば、その人物のステータスまで読める。

 

 ただし、何でも好きなだけ見られるわけではない。

 離れた場所ほど精度は落ちるし、細かな情報を得ようとすれば俺自身が意識を集中させる必要があるらしい。

 

 

『当然だ。管理者といえど、全知全能の神ではない』

 

(元神様に言われると説得力あるね)

 

『う、うるさいっ!』

 

 俺は騒ぐアスモダイを無視して、近づいてくる探索者たちへ意識を戻した。

 

 五人組。

 前衛が二人、後衛が二人、それから最後尾にもう一人。

 

 装備から判断すれば、全員それなりに経験を積んでいる。

 

 彼らは俺が開いた部屋の前で足を止めた。

 

 

「……ここ、こんな部屋あったか?」

 

 盾を持った大柄な男が、壁を調べながら言う。

 別の男が携帯端末に表示された地図を確認した。

 

「ない。昨日どころか、今朝更新された地図にも載ってねえぞ」

「未確認区画か!? お宝のチャンスじゃねーか!」

 

 俺の隣で詩乃がささやく。

 

「正確には、皇牙様が数分前に作った部屋ですけれど」

「彼ら、だいぶ興奮しているみたいだね」

「探索者にとっては大事件ですわ」

 

 

 四人は相談を始めた。

 本来なら未確認区画を見つけた時点で管理局へ報告するのが規則らしい。

 

 だが、そのうち一人が通路の奥を指差した。

 

「待て。あれ、ブルーリーフじゃないか?」

 

 俺が異世界の薬草を参考に作った植物だ。

 

 もちろん地球には存在しないのでブルーリーフではないのだが、見た目が似ている植物があるらしい。

 

「いや、葉の形が違うぞ。新種じゃねえか?」

「だったら余計に価値あるだろ」

 

 

 予想通りだった。

 

「報告せずに入るみたいだね」

『理解できぬ。未知のエリアなど、普通は警戒するものではないのか?』

 

「金になりそうなものを見つけちゃったからね」

『欲で危険へ踏み込むか。人という種は愚かだな』

 

「その愚かさでお前のダンジョンは育つんだろ?」

『……否定はせぬ』

 

 

 探索者たちが慎重に通路へ入る。

 俺は管理領域に蓄積されている虚素へ意識を向けた。

 

 歩くだけでは、生まれる虚素(ヴォイド)も微々たるものだ。

 なら、もう少し動いてもらおう。

 

 虚素を集めてストーンエイプを二体、部屋の入口へ生成するイメージ。

 

「……よし、成功」

 

 さっきはモンスターの死骸を虚素(ヴォイド)に戻したけど、今回はその逆。事前に情報があれば、俺でもちゃんとモンスターを誕生させられるみたいだ。

 

 

「皇牙様、何を?」

「客に少し遊んでもらおうかと思って」

 

「先ほど生かして帰すとおっしゃったばかりですわよね?」

「だから弱いのを選んだよ」

 

 二体の獣型モンスターが岩陰から飛び出した。

 探索者たちは一瞬驚いたものの、すぐに陣形を組んだ。

 

 

「ストーンエイプ二体! 石を投げられる前に止めろ!」

「分かってる!」

 

 前衛が盾を構え、後ろの女性が能力を発動する。

 

 虚素が活性化した。

 先ほどまでとは比較にならない速度で、迷宮側へ蓄積されていく。

 

(なるほど。やっぱり能力を使わせた方がいいな)

『ならばさらに魔物を送り込め』

 

(多すぎたら死ぬだろ)

『死ねば大量に得られるぞ』

 

(また最初から説明する?)

『いらぬ!』

 

 

 戦闘は数分で終わった。

 二体とも倒されたが、探索者側に大きな負傷はない。

 

「探索者のレベルに合った強さのモンスターを選ぶ……俺の【解析】と組み合わせたらちょうど良いバランスでできそうだね」

「本当に経営なさるおつもりですのね……」

 

 詩乃が何とも言えない表情をしている。

 

「どうせなら来た人にも喜んでもらった方がいいだろ?」

「おっしゃっていることだけ聞けば、とても善良なのですけれど」

 

「実際善良だよ」

「目的が虚素の回収なのを忘れれば、ですわね」

 

 ひどい評価だ。

 

 

「とはいえ、戦わせるだけでは駄目だな」

 

「どういう意味ですの?」

 

「危険だけ増やしても、そのうち誰も来なくなる。倒したら利益が出るとか、奥へ進めば珍しいものがあるとか、また入りたい理由が必要だ」

 

 俺は倒されたモンスターの片方だけをその場で虚素へ還元し、もう片方は残す。素材まで全部消したら、戦った側に得がないからね。

 

 さらに少し先へ薬草を三本。

 奥には地球側の鉱石を一つ配置する。

 

 こちらにも消費する虚素が必要なので、最初から豪華なものを大量に置くつもりはない。払った分以上に探索者が活動してくれなければ赤字だ。

 

 さて、彼らは喜んでくれるかな?

 

 

 五人は薬草を発見すると、目に見えて盛り上がった。

 

「やっぱり新種だぞ!」

 

「一本だけ採れ。残りは場所を記録して後で申請する」

 

「この奥も調べようぜ。今日とんでもない場所を引いたんじゃないか?」

 

 期待した通り、引き返す気配が消えた。

 

 

『なるほど。餌をすべて与えず、さらに奥があると思わせるのか』

 

(餌って言うと印象悪いな)

 

『貴様がやっていることを言い換えただけであろう』

 

 否定しづらい。

 

「ですけれど、これでは危険が続きませんこと?」

 

 詩乃に言われ、俺は通路の途中へ虚素を集中させた。

 

 モンスターが近づきにくい状態へ調整する。それと簡易的な水場を設置し、焚火に使えそうな小さめの岩をいくつか転がしておいた。

 

 

「ここは休めるようにしておく」

 

安全地帯(セーフティエリア)まで作ったのですか?」

 

「疲れ切ったところへ次を出して殺したら意味ないからね。それに休めば、その分長く滞在するだろ?」

 

「徹底しておりますわね……」

 

 探索者たちは俺が作った場所とは知らず、ちょうどいい岩場を見つけて休憩を始めた。

 

 その間にも少量だが虚素は入ってくる。

 

 悪くない。

 投入した分と戻ってきた分を比べれば、まだわずかに赤字。

 

 ただし彼らが地上へ情報を持ち帰れば、次は人数が増える可能性がある。

 

 経営として考えるなら、最初の一組だけで利益を出す必要はない。

 

 

「……面白いな」

「皇牙様、随分楽しそうですわね」

 

「自分で作った場所に人が入って、思った通り動いてくれると楽しいよ」

「そのお言葉だけですと、少々危ない方に聞こえますわ」

 

「首輪を嬉しそうにつけてる詩乃に言われたくないな」

 

 詩乃が反射的にチョーカーを手で隠した。

 

「こ、これは別のお話です!」

 

「気に入ってるんだろ?」

 

「……皇牙様からいただいた物ですから、大切にしているだけですわ」

 

 視線を逸らしながらも、外そうとはしない。

 からかいすぎると話が進まないので、探索者へ意識を戻した。

 

 

 

 その時だった。

 

 最後尾にいた男が、仲間から離れて壁際へ寄る。

 周囲を確認したあと、腰のポーチから小さな黒い装置を取り出し、迷宮の壁へ貼りつけた。

 

「……やっぱり、あいつだけ妙だな」

 

「何をしておりますの?」

 

 俺は装置へ【解析】を向けた。

 

 探索用の測定器ではない。

 虚素濃度や空間構造だけでなく、俺が変更した管理領域そのものを調べている。

 

 男の端末に、短い文字列が表示された。

 

《管理系反応を確認》

 

《研究区画への影響あり》

 

 

「研究区画?」

 

 俺が装置へ干渉しようとした瞬間、それは小さな音を立てて自壊した。

 

 男は残骸を回収すると、何事もなかったように仲間のもとへ戻っていく。

 

(アスモダイ。研究区画って知ってる?)

『……人間どもが、我の領域の端に施設を作っている』

 

(知ってたの?)

『害がなかったから捨て置いた。それなりに人も多く、虚素もよく吐き出していたからな』

 

 俺は少し黙った。

 

 

「皇牙様?」

「このダンジョンの中に、秘密の研究施設があるらしい」

 

「……初耳ですわ」

「俺も」

 

 しかも、俺がダンジョンを弄り始めた途端、向こうから調べに来た。

 

 なら、一度見ておいた方がいい。

 

 

「行ってみようか」

 

 そう言った直後だった。

 管理領域の端で、突然、大量の虚素が乱れた。

 

『待て、皇牙』

 

 アスモダイの声から、いつもの苛立ちが消える。

 

『今言っておった施設で何か起きたようだぞ』

 

 俺はその方向へ意識を向けた。

 

 

 白い部屋。

 防護壁。

 警報。

 

 そして中央には、銀白色の髪をした少女が一人。

 その周囲を、いくつもの黒い球体が浮かんでいた。

 

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