あれは腹痛の薬ではなかったのかと不死人は言う 作:カズヤミサワP
星々は、少しも動いていなかった。
伴真継《とものまつぐ》は暗黒の中に浮かび、遠く散らばる無数の光を眺めていた。上も下もない。ただ闇があり、その中に無数の光が瞬いている。
美しいと思ったこともあった。もっとも、それがいつのことだったのかは、もう思い出せない。
胸の奥が苦しくなってきた。真継は目を閉じた。肺に残っていたものが失われ、身体が空気を求め始める。喉が引きつり、胸が激しく収縮した。息を吸おうとしても、そこには何もない。
知っている。もう幾度となく経験した。やがて意識が薄れ、星々の光が遠ざかっていった。真継は死んだ。
♢
どれほど経ったのかは分からない。再び意識が戻った。最初に見えたものは、やはり星だった。身体も元に戻っている。
失われた血肉は再生し、凍りついた眼球も、壊れた内臓も、何事もなかったかのように形を取り戻している。
そして、また胸が苦しくなってきた。
「……そうであったな」
声にはならなかった。空気がないのだから当然だった。真継は再び目を閉じた。死んだ。
また目を覚ました。死んだ。
目を覚ました。死んだ。
いつからこうしているのか、真継自身にも分からなかった。年月を数えることには、とうの昔に意味がなくなっている。地球にいたころならば、まだ時間を測るものがあった。
太陽が昇り、沈んだ。月が満ち、欠けた。
春が来て、夏が来て、秋が過ぎ、冬になった。
人が生まれ、人が老い、人が死んだ。
真継はそれを見ていた。やがて人は海を越え、空を飛び、地を掘り、星へ手を伸ばした。それも見ていた。そして、それらがすべて失われていくところまで見た。
故郷はもうない。日本という国もない。かつて峰に雪を戴いていた富士もない。人間もいない。地球さえ、とうに失われた。それでも伴真継は生きていた。生きている、という言葉が正しいのかどうかは、本人にも分からなかった。
死んではいる。何度も死んでいる。数えることをやめたのがいつだったか、それすら覚えていない。ただ、死ぬたびに身体は元へ戻った。焼かれても戻った。凍りついても戻った。肉が崩れても戻った。骨が砕けても戻った。
何もない宇宙へ投げ出されてからは、こうして息ができずに死に、身体が戻り、また死ぬ。それを延々と繰り返していた。
死ねない。それだけだった。
真継は何度目かも分からぬ覚醒を迎えた。眼前には変わらぬ暗黒があった。星々の位置は、以前とは違っているのかもしれない。だが、それを確かめる術もなかった。
かつてなら分かった。星を観測する技術も、その光を読み解く知識も持っていた。人類が宇宙へ進出した時代には、真継自身も多くを学んだ。
時間だけはいくらでもあった。書物を読み、学問を修め、幾度となく職を変えた。兵であったこともある。百姓であったこともある。商いをしたことも、船に乗ったことも、人を教えたこともあった。医術を学び、機械を扱い、星々の間を行き交う術について学んだ時代さえあった。
だが、今は何一つ持っていない。衣服すら、とうの昔に失われた。知識だけを抱えて、裸のまま宇宙を漂っている。
胸が苦しくなった。またか、と真継は思った。
死への恐怖はない。そんなものは遥かな昔に擦り切れていた。ただ苦しいものは苦しい。死に慣れたところで、苦痛まで消えてくれるわけではなかった。
意識が沈んでいく。
そのとき、真継はふと思った。なぜ自分は、こんなことになったのだったか。あまりにも昔のことである。人の一生ならば、神話と呼ぶほかないほど遠い昔だった。
だが、覚えている。忘れようにも忘れられなかった。国も、人も、言葉さえ変わった。最初に仕えた主人の顔は、もう思い出せない。共に酒を飲んだ者たちの名も忘れた。初めて斬った男の顔も、初めて抱いた女の声も、もはや記憶の中には残っていない。
それでも、あの日の腹の痛みだけは覚えていた。
ひどい腹痛だった。
あれは確か、富士へ向かっていた日のことである。