待ちに待ったデート当日。
俺は約束の三十分も前に、待ち合わせ場所である公園の噴水前に着いていた。
今日のために新調した私服の袖を何度も引っ張り、変じゃないか確かめてはソワソワと落ち着かない時間を過ごす。
「カイト!!」
聞き慣れた澄んだ声に振り返ると、そこに立っていたあまねちゃんの姿に俺は息をのんだ。
制服姿や普段の凛とした装いとは違う、少し控えめで可愛らしい私服に身を包んだあまねちゃん。
いつもより少し大人っぽく見えるその姿があまりにも眩しくて、胸が大きく跳ね上がる。
「待たせたな、カイト」
「あっ……いや、全然待ってない!!あのさ、あまねちゃん」
「ん?」
「……すごく、かわいいよ。めちゃくちゃ似合ってる」
素直に思ったことを口にすると、あまねちゃんは目を見開き、一瞬で耳まで真っ赤になった。
「 か、かわいいとか……いきなり何を言っているんだっ!!」
恥ずかしそうに視線を泳がせ、咳払いをひとつ入れたあまねちゃんは、俺の服装をじっと見つめ返してきた。
「君こそ、すごく似合っている。格好いいぞ、カイト」
「あ、ありがとう」
お互いに顔を赤くしながら、俺たちは並んでおいしーなタウンの街へと歩き出した。
品田先輩とローズマリーさんから貰ったアドバイスを頼りに、俺が考え抜いたデートプランを展開していく。
まずは賑やかな商店街をのんびり散策し、見晴らしのいい広場へ向かった。
拓海先輩の言っていた通り、評判のテイクアウトスイーツを二人で買ってベンチに腰かける。
美味しい甘味を口にしたあまねちゃんの表情が、ふっと柔らかい笑みに変わるのを見て、胸の奥が温かくなった。
風が心地よく吹き抜ける広場で、俺はあまねちゃんの横顔を見つめた。
「……あまねちゃん」
「どうした、カイト?」
「改めて、言わせてほしい。……ありがとう」
「えっ?」
不思議そうに首をかしげるあまねちゃんに、俺は真っ直ぐ視線を合わせた。
ローズマリーさんが言っていた言葉『自分の誠実な気持ちを、目を見て伝える』というアドバイスが背中を押してくれる。
「俺がこうして前を向いて、学校にも戻れて……変わることができたのは、全部あまねちゃんのおかげだ。
あまねちゃんが俺の手を引っ張ってくれたから、俺はもう一度やり直せた」
あの日、絶望の中にいた俺を救ってくれたのは間違いなく彼女だった。
俺の言葉をじっと聞いていたあまねちゃんは、優しく首を振る。
「違うぞ、カイト。きっかけを作ったのは私かもしれないが……踏み出したのも、今日まで諦めずに努力したのも、全部カイト自身の力だ。君が頑張ったからこそ、今があるんだ」
「あまねちゃん……」
「私は……君が自分自身を取り戻してくれて、本当に嬉しい」
愛おしそうに俺を見つめるあまねちゃんの瞳には、どこまでも温かい光が宿っていた。
秋の穏やかな日差しの中、二人を包む空気が静かに重なり合っていく。
言葉はいらなくて、ただ隣にいるだけで胸がいっぱいになるような……。
そんな甘く愛おしい雰囲気が、俺とあまねちゃんの間を満たしていった。
その時……甘酸っぱい静寂を破るように、広場の奥から品のない怒鳴り声が響きわたった。
「ふざけるな!!金を払ったのに逃げ出すとはどういうことだ!!」
穏やかな雰囲気が台無しになり、俺とあまねちゃんは眉をひそめて声のする方へと視線を向けた。
そこにいたのは、以前あまねちゃんに絡んでいた身長190センチ近くあるマッチョな男だった。
男は大柄な体を揺らし、俺たちと同じくらいの年格好の女子生徒の腕を強引に掴んで詰め寄っている。
嫌な予感がしてその女子生徒の顔をよく凝視した瞬間、俺の血がすっと凍りついた。
「あ、あいつは……」
「カイト?知っている生徒か?」
あまねちゃんが不審そうに尋ねてくる。
俺は奥歯をガリッと噛み締め、低く歪んだ声を漏らした。
「一年前のあの事件……俺に告白して振られた腹いせに嘘をついた……あの女だ!!」
「なっ!?」
あまねちゃんが驚愕で目を見開く。
男と女子生徒のやり取りを聞く限り、どうやらあの女はパパ活でお金だけを受け取り、ホテルからそのまま逃げてきたらしい。
男は「騙し取った金を返せ」と激昂し、髪を引っ張り上げようとしていた。
「まずは警察を呼ぶ……カイト、助けに行くぞ!!」
正義感の強いあまねちゃんが即座に踏み出そうとした。
俺はその手首を強く掴んで引き留める。
「……放っておけよ」
「カイト!?」
「あんなやつ、ひどい目にあって当然だろ!!俺の人生を狂わせたんだ、自業自得だ!!」
憎しみが胸の底から湧き上がり、冷酷な言葉が口をついて出た。
あまねちゃんは息を飲み、そんな俺を哀しそうに見つめ返す。
その真っ直ぐな瞳を見た瞬間――俺の頭に雷が落ちたような衝撃が走った。
あんな女、どうなったっていい。
不幸になればいいとすら思っていた。
だけど……ここで私怨を優先して見捨てたら、俺はただ小物のままだ。
そんな奴が、優しいあまねちゃんの隣に立てるわけがない。
俺はあまねちゃんに相応しい男になるって、決めたんだ!!
「……だけど!!」
「えっ?」
俺は自分を繋ぎ止めていた葛藤を振り払い、掴んでいたあまねちゃんの手を優しく離した。
「ここで見捨てたら……あまねちゃんに相応しい男になれねぇよ!!」
「カイト、待て!!」
あまねちゃんの制止を振り切り、俺は全力で駆け出した。
少女へ振り下ろされようとしていた男の太い腕。
俺はその間に割り込み、必死の思いでその腕を両手で掴み取った。
「な、なんだお前は?ガキが首を突っ込んでんじゃねえ!!」
「逃げろ!!」
俺は後ろで怯える女子生徒に向かって叫んだ。
だが、相手は体格差がありすぎる大人の男だ、力比べで勝てるはずもない。
「邪魔だ、失せろ!!」
ぐいっと腕を振り払われ、胸元を強く殴りつけられる。
激痛と共に地面へ吹き飛ばされた。
視界がグラリと揺れる。
立ち上がろうとした瞬間、男の容赦ない拳や蹴りが容赦なく襲いかかってきた。
(ぐっ!!痛ぇ!!)
ガードするのが精一杯で、ボコボコに痛めつけられる。
あんな女のために身体を張るなんてバカみたいだ。
だけど、不思議と後悔はなかった。
自分の意志で、あまねちゃんの誇れる男であるために立ち向かったんだから。
「そこまでだ!!」
鋭い笛の音と、複数の足音が迫ってくる。
あまねちゃんが即座に通報してくれたおかげで、駆けつけた警察官たちが男を取り押さえてくれた。
「カイト!!」
男が取り押さえられるのと同時に、あまねちゃんが俺のもとへと駆け寄ってくる。
血と土に汚れた俺の体を抱きかかえる彼女の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。