病院で応急手当と検査を受けた。
幸いにも打撲と湿布で済む軽傷で、骨折はしておらず二人で胸を撫でおろした。
病院を出ると、空はすっかり群青色から深い夜の闇へと移り変わっていた。
せっかくの初デートは、見る影もなく台無しになってしまった。
ぽつりと街灯の下を歩きながら、俺は申し訳なさで胸を痛めた。
「……せっかくのデート、台無しにしてごめん、あまねちゃん」
だが、隣を歩くあまねちゃんの反応は、俺が予想していたものとは違っていた。
「デートのことなどどうでもいい!! なぜあんな無茶をしたんだ!!」
あまねちゃんは足を止め、怒りと悔しさを孕んだ強い声で俺を叱責した。
「あんな大男が相手だ、下手をしたら死んでいたかもしれないんだぞ!? 助けるにしても……警察が来るまで時間を稼ぐとか、周りに助けを求めるとか、他にも方法はあったはずだ!!」
正論だった。
感情に任せて飛び出した俺の行動は、今思えば無謀以外の何物でもない。
ぐうの音も出ない俺は、小さく視線を落とす。
「確かに、あまねちゃんの言う通りだ。だけど……あの時見捨てたら、俺はあまねちゃんの隣に立つ資格がないと思って」
「そんな資格など、いらない!!」
あまねちゃんの叫ぶような声が夜の街に響いた。
「私はただ……カイトに笑っていてほしい!!幸せになってほしいだけなんだ!!君に傷ついてほしいわけじゃない!!」
ハッとして顔を上げると、あまねちゃんの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
その泣き顔を見た瞬間、俺の脳裏に忘れていた幼い頃の記憶が鮮明に蘇った。
昔、大きな犬に追いかけられて動けなくなっていた幼いあまねちゃん。
助けようとして飛び出し、派手に転んで膝をすりむいた俺。
怪我をした俺を見て、あの時のあまねちゃんも、今と同じようにボロボロと涙を流して泣いていたのだ。
(そうか……どんなに成長して凛々しくなっても、生徒会長になっても……あまねちゃんは、昔と変わらないあまねちゃんなんだ)
自分勝手に「格好いい男」を目指して、一番大切な彼女の気持ちを置き去りにしていた自分に気づく。
「……俺、間違えてばっかりだな。ごめん」
俺は溢れる愛おしさと反省を込め、そっと腕を伸ばしてあまねちゃんの華奢な身体を抱きしめた。
「カ、カイト!?」
突然の抱擁に、あまねちゃんが息を飲み込んで身体を硬くする。
「ごめんなあまねちゃん。俺、自分のかっこいい姿を見せようとして……あまねちゃんの気持ち、全然考えられてなかった」
耳元で素直に謝罪を口にすると、腕の中の身体から徐々に緊張が抜けていった。
あまねちゃんは俺の胸にそっと顔を埋める。
「バカ者……君がかっこいいことなど、私は最初から知っている」
照れくささを隠すように、少しだけ力を込めて俺の背中に手を回してくるあまねちゃん。
その温もりに包まれながら、俺は二度と彼女を悲しませないと、心の中で静かに誓うのだった。
あまねちゃんを家の近くまで送った後、俺はすっかり遅くなった夕飯を食べるために『なごみ亭』を訪れた。
「いらっしゃーい……って、一文字くん!?」
暖簾をくぐり店に入るなり、注文を取ろうとした和実が目を丸くして固まった。
店内にはちょうどローズマリーさんと品田先輩もおり、俺の顔や腕に巻かれた包帯を見るや否や、慌てて駆け寄ってくる。
「カイトくん、その包帯どうしたの!? 一体何があったのよー!?」
「一文字、お前……デートだったんじゃないのか?ケガなんてして、何かトラブルに巻き込まれたのかよ?」
顔を強張らせて本気で心配してくれる三人に、俺は事の顛末をかみ砕いて説明した。
あまねちゃんとのデート中、パパ活おじさんに遭遇したこと。
一年前の事件の女子生徒を助けるために無謀にも飛び出し、返り討ちにあったこと。
一通り聞き終えると、ローズマリーさんは腕を組んで深く頷いた。
「なるほどね……。カイトくん、あまねが君を叱ったのは当然よ。今回はあまねの言うことが正しいわ」
「あたしもそう思うよ、一文字くん、困ってる人を助けようとしたのはすごいと思うけど……一文字くんがボロボロになっちゃったら、あまねちゃんもすごく悲しいよ。無茶しちゃダメだよ!!」
和実も真剣な表情で俺を見つめ、諭すように言ってくれた。
二人とも俺の体を案じて言ってくれているのが痛いほど伝わってきて、俺は「すみません」と小さく縮こまる。
だが、それまで黙って話を聞いていた品田先輩が、ふっと口元を緩めて俺の肩をぽんと叩いた。
「まあ待てよ。……やり方は確かに良くなかったし、無謀だったとは思う。けどさ、俺は一文字の気持ちも分かるぜ」
「拓海先輩?」
思わぬ援護射撃に俺が顔を上げると、品田先輩はどこか照れくさそうに視線を泳がせながら言った。
「誰だって……好きな女の前ではカッコつけたくなるのが男だろ。一文字は菓彩に恥ずかしくない自分でいたかったんだよな?」
俺の情けない意地や背伸びしたかった本音を、拓海先輩はあっさりと理解してくれた。
「……拓海先輩、ありがとうございます」
そんな男二人のやり取りを見届けると、ローズマリーさんはハァと大げさにため息をつきながら、どこか愛おしそうに頬に手を当てた。
「もう……まったく男の子ってやつは、いくつになってもそうなのねぇ」
ローズマリーさんは呆れつつも温かい眼差しを向けてくるのだった。
◇
(アマネ視点)
カイトと別れ、自宅の部屋に戻った私は、静まり返った室内でベッドのフチに腰掛けていた。
カイトに抱きしめられたときの優しい温もりと、手のひらに残る痛々しい包帯の感触が蘇る。
胸を締め付けるその記憶に、私は深く、重い息を吐き出した。
(私は……なんて勝手なことを言ってしまったのだ)
今日、カイトに対して投げかけた言葉が頭の中で何度も渦巻く。
『なぜあんな無茶をしたんだ』
『下手をしたら死んでいたかもしれない』
怒りに任せて彼を問い詰め、責め立ててしまった。
だが、冷静になった今、胸を刺すのは激しい自己嫌悪だった。
プリキュアとして、日々危険な戦闘へ身を投じているこの私が一体どの口で彼に「無茶をするな」などと言えたのだろうか。
それだけではない。
私はかつてブンドル団の「ジェントルー」として操られ、この街のレシピッピを奪い、多くの人に多大な迷惑と傷を残した過去がある。
今のカイトは、そんな私の暗い過去を何一つ知らない。
プリキュアの秘密も、過去の過ちも、私だけの問題ではない以上、カイトに明かすことはできない。
大切な真実を何一つ打ち明けられないまま、傷ついて帰ってきた彼に一方的な正義論をぶつけてしまったのだ。
「……私は、本当にズルい女だな」
誰もいない部屋に、ぽつりと落とした自虐の呟きが寂しく響く。
自分の過去や立場を棚に上げて、ただカイトが傷つくのが怖くて取り乱してしまった。
私を安心させるために、包帯だらけの腕で優しく抱きしめてくれたカイトの笑顔を思い出すと、申し訳なさで胸がぎゅっと締め付けられる。
私の涙を拭ってくれたあの温かな手。
私の気持ちを考えられていなかったと謝ってくれた彼の誠実さ。
あんなに傷つきながらも、カイトは私を想ってくれていたのに……。
「カイト……」
ギュッと胸元の服を掴み締め、私は静かに瞳を閉じた。
言えない秘密があるのは変えられない。
けれど、彼に向けたあの言葉の数々は、あそこまで苛烈に伝えるべきではなかったと思う。
「明日カイトに会ったら……まずは昨日は言い過ぎたと、素直に謝ろう」
カイトをこれ以上不安にさせないために。
そして、私を想ってくれた彼の優しさに今度こそ正しく向き合うために……。