(あまね視点)
翌朝、私はいつものようにカイトの家へと向かった。
玄関の前で深呼吸を一つ。
昨夜胸に抱いた葛藤と反省をもう一度噛み締め、緊張で強ばる手でインターホンを押す。
ガチャリとドアが開き、姿を現したカイトを見て、私は思わず目を見張った。
「おはよう、あまねちゃん」
「あ、カイト……おはよう」
顔や腕にはまだ痛々しい湿布や包帯が残っている。
それを見た瞬間、胸の奥がギュッと締め付けられ、私は深々と頭を下げた。
「昨日は申し訳なかった!!君のことを心配するあまり、酷い言い方をしてしまった……本当にすまない!!」
言葉を詰まらせながら謝罪を口にする私に対し、カイトは一瞬驚いたように目を丸くし、やがて困ったように苦笑いを浮かべた。
「おいおい、頭を上げてくれよあまねちゃん。俺の方こそ無茶して怪我して、心配かけて悪かったよ。あまねちゃんの言ってることは何一つ間違ってないんだから、謝る必要なんてないって」
「だが!!」
なおも食い下がろうとする私を制するように、カイトはふっと表情を和らげ、どこかすっとぼけたような笑みを浮かべた。
「……そんなに気にしてくれてるならさ。次の休日、もう一回俺とデートしてくれないか?」
「えっ?」
思いがけない提案にパチクリと目を丸くする私に、カイトは少し照れくさそうに頭を掻きながら続けた。
「昨日は途中で台無しになっちゃっただろ? だからリベンジさせてほしいんだ。あまねちゃんと、もう一度ちゃんと出かけたい」
まっすぐに自分を見つめてくる優しい瞳。
その温かさに触れ、私の胸の奥に広がっていた暗い迷いが、すうっと晴れていくのを感じた。
隠し事がある後ろめたさは消えない。
けれど、この優しさに応えたいという強い想いが込み上げてくる。
私は胸の前でぎゅっと拳を握り締め、真っ直ぐにカイトを見返した。
「分かった、だが次は……今度は私がデートプランを考える!!」
「えっ、あまねちゃんが?」
「そうだ!!私が絶対にカイトを楽しませてみせる!!」
自信たっぷりに胸を張って宣言すると、カイトは拍子抜けしたように瞬きをした後、「ふっ」と優しく吹き出した。
「頼もしいな。それじゃあ期待させてもらうよ」
「ふふっ……生徒会長の企画力を見せてやろう」
こうして、私は次のデートプランを考えることになったのだった。
その日の夜、夕食と入浴を済ませた私は、自室の机でタブレット端末と向き合っていた。
「絶対にカイトを楽しませる」と大口を叩いた手前、手を抜くわけにはいかない。
「さて……中学生の理想的なデートプランとは、どのようなものなのだろうか」
検索フォームに『中学生 デート おすすめスポット』と打ち込み、次々と画面に表示される情報を精査していく。
水族館、映画館、話題のカフェ……どれも魅力的だが、カイトの好みに合うかどうかは慎重に見極める必要がある。
メモ帳にペンを滑らせ、熱心にノートをまとめていた、その時だった。
画面の隅に表示された、ある関連記事のリンクが目に留まった。
『もっと親密になりたいカップルへ――少し大人なデートの心得』
「お、大人な……デート……だと?」
ほんの軽い好奇心だった。
カイトと過ごす時間をより特別なものにしたいという純粋な探究心から、そのリンクを指先でタップしてしまう。
そこに書かれていたのは、私の想像を遥かに超える世界だった。
『自然なスキンシップの取り方』
『二人きりの空間で作るムード』
『初キスを成功させるタイミング』
――といった、過激で刺激的なワードが画面を埋め尽くす。
「なっ!?」
読み進めるにつれ、顔が一気に熱くなった。
思わずタブレットをバタンと伏せ、両手で耳まで真っ赤になった自分の頬を押さえる。
胸の鼓動が早鐘のように打ち鳴らされていた。
「な、ななな何を調べているんだ私は!?破廉恥な……不潔だぞ菓彩あまね!!」
一人で部屋の中を右往左往し、必死に平常心を取り戻そうとする。
(そうだ、こんなものは生徒会長として……いや、健全な中学生として調べるべきものではない!!即刻ブラウザを閉じるべきだ!!)
そう自分に言い聞かせ、タブレットの画面を恐る恐る戻した。
……だが。
「二人きりの空間、か……」
先ほど目に入った言葉が、脳裏から離れてくれない。
カイトと二人きりになった時のことを想像してしまう。
(い、いかん!!いけないとは分かっているのだが……)
「ほんの参考までに……カイトを退屈させないための知識として、一応目を通しておくだけだからなっ!!」
自分に苦しい言い訳をしながら、吸い寄せられるように再び画面を開く。
『手をつなぐ理想的なタイミング』
『相手をドキッとさせるしぐさ』
『雰囲気を高める夕暮れのロケーション』――。
「ふむ、手をつなぐのは、まだ早いような……しかし、カイトがそれを望んでいるとしたらっ!?」
赤面しながらも、ページをスクロールする指は止められない。
私は深夜遅くまで、未知の『大人なデート知識』をひたすら検索し続けてしまうのだった。
翌日の昼休み。
私はカイトに悟られないよう、静かにゆい、ここね、らんの三人を放課後のような誰もいない生徒会室へと呼び出した。
「あまねちゃん、どうしたの? 急に呼び出したりして……」
不思議そうに首をかしげるゆいに、私はコホンとひとつ咳払いをする。
昨夜ネットの海を彷徨い続けた結果、何が正解なのか完全に分からなくなってしまったのだ。
生徒会長としての冷静な判断力はどこかへ吹き飛んでいた。
「……実は、次の休日にカイトと出かける件について、相談があるんだ」
そう前置きし、昨夜ノートに書き留めた『大人なデートプラン』のメモを三人の前に差し出した。
「カイトを絶対に楽しませると約束した手前、ネットで色々と調べたのだが……みんなの意見を聞かせてほしい」
メモを覗き込んだここねとらんの顔が、瞬く間にリンゴのように真っ赤に染まっていく。
そこにはネットの情報に毒された過激な内容がビッシリと書かれていた。
「あっ、あまね!?これ、ちょっと大人っぽすぎない!?」
ここねは耳まで赤くしながら、指をプルプルと震わせて苦言を呈した。
「ま、まだ二人は正式に付き合ってるわけじゃないし……いきなりこれは、やりすぎなんじゃ?」
「そうだよあまねんっ!!刺激が強すぎて、一文字くんもどうしていいか困っちゃうかも?」
らんもぶんぶんと手を振って焦りを見せる。
後輩二人の反応を見て、私は「やはりそうかっ」とガクリと肩を落とした。
生徒会室の机に突っ伏しそうになる。
そんな私を、ゆいは優しく、けれどどこか楽しそうに微笑みながら見つめていた。
「あまねちゃん、一生懸命考えたんだね」
「……笑わないでくれ、ゆい。私は本気なのだ」
「うん、分かってるよ!!でもね、おばあちゃんが言ってた。『ごはんは、気取ったごちそうよりも、大好きな人と分け合って食べるおむすびが一番おいしい』って」
ゆいはまっすぐ私の目を見つめ、温かい言葉を紡いでくれた。
「難しく考えなくていいんだよ、あまねちゃん。特別な場所に行かなくても、カイトくんが一番嬉しいのは、あまねちゃんが隣で楽しそうに笑ってくれることなんじゃないかな?」
「私が……笑うこと……?」
「うん!!カイトくんはね、あまねちゃんと一緒にいられるだけで、もう絶対に楽しいんだよ。だから、あまねちゃんが本当に行きたい場所や、カイトくんに見せたい景色を一緒に楽しめばいいと思うな!」
ゆいの飾らない、けれど芯の通ったアドバイスが、私の迷っていた胸にストンと落ちてきた。
ネットの薄っぺらい情報に惑わされ、背伸びをしようとしていた自分が恥ずかしくなる。
カイトが見たかったのは、私が作った「完璧なデート」ではなく、私自身の素顔だったはずだ。
「そうか……ゆい、ここね、らん、ありがとう。目が覚めたよ」
三人に心からの感謝を伝えると、私の胸にはすうっと爽やかな風が吹き抜けた。
カイトと心から笑顔になれる、私たちらしい最高の休日計画を、もう一度練り直そうと決意するのだった。