(あまね視点)
デート前日の昼休み。
私は再びゆい、ここね、らんの三人を生徒会室へと呼び出していた。
「みんな、集まってくれて感謝する。ゆいのアドバイスのおかげで、今度こそ完璧な計画が完成したんだ。ぜひ見てほしくてな」
晴れやかな気持ちでデートプランが書かれた栞を手渡そうとした、まさにその時だった。
トントン、と遠慮がちなノックの音が響き、ドアが開いた。
入ってきたのは一人の女子生徒――あの休日の街で、大男に絡まれていた生徒だった。
そして何より……一年前、嘘をついてカイトを罠に嵌め、不登校へと追いやった張本人。
「あの……生徒会長。先日は、助けていただいて本当にありがとうございました」
頭を深々と下げる女子生徒。
さらには自嘲気味に言葉を続けた。
「あの後、警察沙汰になって……パパ活のことが親や学校にもバレちゃって。私、別の学校に転校することになりました。だから最後にお礼だけでもと思って……」
自分のしでかした行いを棚に上げ、被害者のように肩を落とすその姿を見た瞬間、私の中で冷たい何かが弾けた。
「お礼を言う相手が、違うのではないか?」
「えっ?」
私の低い声に、女子生徒が呆然と顔を上げる。
私は彼女へ一歩踏み込み、鋭い眼差しで射抜いた。
「君が頭を下げるべきは私ではない。君の理不尽な嘘で傷つき、未来を奪われかけながらも、あの場で命がけで君を守ったカイトに対してだろう!!」
「あ、あれは……私だってあの時は必死で……」
「必死だと!? 自分が振られた腹いせに嘘をつき、一人の人間の人生を狂わせておいて……今度は大人の金に目がくらんでトラブルを起こし、助けられたら自分だけ転校して逃げるのか!!
どこまで身勝手なら気が済むんだ!!」
抑えきれない憤怒が破裂した。
説教の域を超え、剥き出しの怒りが生徒会室を圧迫する。
怪我を負いながらも私を思いやってくれたカイトの笑顔が脳裏に浮かび、血が逆流するようだった。
「ひっ…… ご、ごめんなさい!!」
女子生徒は私の凄絶な気迫に気圧され、ボロボロと大粒の涙をこぼして怯え震え出した。
だが、激情に呑まれた私は問い詰める手を開緩めない。
「泣いて済む問題ではない!!君の身勝手な嘘が、どれほどカイトの心を踏みにじったかっ!!」
「あまねちゃん、落ち着いて!!」
「あまね、もうやめて……!」
異様な雰囲気を察したゆいとここねが、慌てて私の身体を両側から抱きとめた。
らんも青ざめた顔で私の前に立ち、私を制止する。
ゆいたちの温かい体温に触れ、ハッと我に返った。
荒い息を吐きながら周囲を見渡すと、怯えきった女子生徒と、心配そうに私を見つめる後輩たちの姿があった。
「……すまない。取り乱した」
冷静になった私は息を整え、視線を女子生徒へと向ける。
「も、申し訳ありませんでした!!私……一文字くんにも、ちゃんと謝りますからっ!!」
女子生徒はそう叫ぶと、逃げ出すように生徒会室を飛び出していった。
バタンと重く閉まるドアの音を背に、私は自分の愚かさに小さく吐息を漏らすのだった。
静まり返った生徒会室。
彼女が走り去った後の扉を見つめたまま、私はゆっくりと自分の手を見つめた。
怒りに任せて感情を爆発させてしまった。
生徒会長として、そして何より一人の人間として、あまりにも見苦しい振る舞いだったと激しい自己嫌悪が押し寄せてくる。
「すまない、みんな……見苦しいところを見せた。いくら彼女のしたことが許せなかったとはいえ、感情に任せて責め立てるなど……私もまだ未熟なようだ」
深々と頭を下げ、ガクリと肩を落とす私に、三人は優しく寄り添ってくれた。
「あまねちゃん、自分を責めないで。あまねちゃんが怒ったのは、自分のためじゃなくて一文字くんを大切に想っているからでしょ? その気持ちは、絶対間違ってないよ」
ゆいがまっすぐな瞳で私の手を取り、温かく微笑みかけてくれる。
「うん。あまねがどれだけ一文字くんのことを心配していたか……私たちにはよく分かっているから」
ここねも静かに頷き、そっと背中に手を添えてくれた。
二人の優しさが、痛んでいた胸の奥にじんわりと染み渡っていく。
「そうだよ、あまねん!!明日は大事なデートなんだから……そんな暗い顔してたら、一文字くんに余計な心配かけちゃうよ?」
らんは努めて明るい声を響かせると、太陽が弾けたような満面の笑みを浮かべながら、そう言ってくれた。
「っ!!」
らんの言葉に、ハッと目が覚める思いだった。
そうだ、私が暗い顔をしていては、カイトを安心させるどころか、また彼に気を遣わせてしまう。
カイトが望んでいるのは、私が心から楽しんでいる姿なのだから。
「……ふふ、みんなの言う通りだな。ありがとう、ゆい、ここね、らん。おかげで心が晴れたよ」
顔を上げ、しっかりと微笑んで見せると、三人も安心したように表情を緩めた。
私は気持ちを切り替えるようにポンと一回手を叩き、机の上に栞を広げた。
「よし!!それでは気を取り直して、明日のデートプランの最終確認を行おう。カイトに最高の笑顔になってもらうために、抜かりなくチェックを頼む!!」
「おーっ!!任せてあまねちゃん!!」
気合を入れ直した私の言葉に、ゆいたちが弾んだ声で応えてくれる。
カイトとの大切なデートへ向けて、生徒会室には再び温かく活気のある時間が戻っていた。
◇
(カイト視点)
授業が終わり、カバンを肩に担いで教室を出ようとした時だった。
廊下の影から、おどおどとした様子で一人の女子生徒が俺の前に姿を現した。
一年前、俺に振られた腹いせに嘘をつき、冤罪を着せて不登校へ追いやった張本人。
そしてこの間、あの街でパパ活おじさんに絡まれていた例の女子生徒だ。
「……何の用だ?」
思わず声が冷たくなる俺に対し、彼女はびくっと身体を震わせ、深々と頭を下げた。
「一文字くん……この間は、助けてくれて本当にありがとうございました。それと……一年前、嘘をついて一文字くんを傷つけて……本当に、ごめんなさいっ!!」
唐突な平謝りに、俺は思わず毒気を抜かれてまばたきをした。
震える声で話を聞けば、どうやらパパ活の件が公になり転校することになったらしい。
そして生徒会室で、あまねちゃんに、こっぴどく叱られたのだという。
(あまねちゃんが……そこまで怒ってくれたのか)
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、俺は眼前の彼女を見つめた。
「正直、お前を許すつもりはないよ。……だけど、今更お前を責め立てるつもりもない」
ため息交じりに言葉を続ける。
「ただ……もう二度と、嘘をついて誰かを不幸にするような真似はするな。それから、パパ活なんて危険な真似も二度とやるなよ。自分の命も人生も、安売りするもんじゃない」
「はい、分かりましたっ!!本当に、ごめんなさい!!」
彼女はポロポロと涙をこぼしながら頷き、最後にもう一度頭を下げて逃げるように去っていった。
去りゆく背中を見送りながら、俺は長かった不登校の原因に、ようやく一つの区切りがついたような気がしていた。
その日の帰り道。
俺はあまねちゃんと並んで、橙色に染まる通学路を歩いていた。
「……あまねちゃん」
「ん? どうした、カイト」
「さっき、例の女子生徒が俺のところに謝りに来たよ」
俺がそう告げると、あまねちゃんはぴくっと眉を跳ねさせ、気まずそうに視線を泳がせた。
「そうか、知られてしまったか。彼女に余計なことを言って、かえって君に気遣いをさせてしまったな……」
苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうにするあまねちゃん。
けれど、自分のためにそこまで本気で怒ってくれたことが、俺にはたまらなく嬉しかった。
「ううん。お礼を言いたかったんだ。……ありがとう、あまねちゃん。あまねちゃんが俺のために怒ってくれたって聞いて、すごく救われたよ」
「カイト……」
俺がまっすぐ目を見て礼を言うと、あまねちゃんは少し照れたように頬を赤らめ、嬉しそうに目を細めた。
「……俺、明日がもっと楽しみになったよ。あまねちゃんが考えてくれたデートプラン、楽しみにしてるからな」
「ふふ、任せておけ!!明日は君を絶対に後悔させない最高の休日にしてみせる!!」
胸を張るあまねちゃんの凛々しい笑顔に、俺の胸は高鳴る。
明日が来るのが待ち遠しくてたまらないまま、俺たちは並んで家路についた。