あまねたちに案内されたのは、最近オープンしたばかりというオシャレな洋食屋だった。
香ばしいデミグラスソースとバターの甘い香りが店内に満ちている。
テーブル席につき、料理が届くのを待っていると……。
「改めて自己紹介しよっか! あたしは2年の和実ゆい!」
「芙羽ここね。同じく2年」
「らんらんは華満らん!!よろしくね、一文字くん!!」
元気よく名乗る3人に続いて、あまねがどこかピンと背筋を伸ばして口を開いた。
「私は3年の菓彩あまねだ。生徒会長を務めている」
「3年生の生徒会長か……」
通りで昨夜も堂々とお説教をしてきたわけだ。
厳格で正義感の強そうな雰囲気にも納得がいく。
今度は和実がキラキラとした目でカイトを見つめてきた。
「一文字くんのことも教えてよ!!」
「俺? ……別に大した話はないぞ。
昔、このおいしーなタウンに住んでてさ。
親の都合で別の街に引っ越したんだけど、中学一年の時にまた戻ってきただけだ。」
「へぇ、昔おいしーなタウンに住んでたんだ、じゃあさ、その頃の思い出とかある?」
和実にそう聞かれた俺は……。
「そうだな……昔はこの近くの公園で、よく女の子と遊んでたっけ」
そんな思い出話を途切れ途切れに話していると、注文していた料理が運ばれてきた。
俺の前に置かれたのは、湯気が立つあつあつのハンバーグオムライスだ。
「お待たせいたしました」
運ばれてきた料理のビジュアルと香りに、俺は思わず喉を鳴らした。
スプーンを入れ、とろとろの卵とハンバーグ、ケチャップライスを一緒に口へ運ぶ。
「うまっ!!」
不登校になってからというもの、家で適当なインスタント食品ばかり食べていた身には、その温かく奥深い味わいが全身に染み渡るようだった。
無我夢中でパクパクと食べ進めてしまう。
ふと視線を感じて顔を上げると、和実と芙羽がニコニコとした温かい笑顔で自分を見つめていた。
「な、なんだよ……人の顔見てないで、おまえらも自分の分を食えよ」
ちなみに彼女たちが注文していたのは、色とりどりのフルーツと生クリームが盛られた豪華な同じパフェだった。
「だって、一文字くんがすごく美味しそうに食べるから」
「えぇ、美味しそうに食べる姿を見るのは嬉しいもの」
「では、私たちもいただこうか」
そう言って、目の前で美味しそうにパフェを食べる彼女たちを見て、ふと遠い記憶の断片が繋がった。
「そういえば……昔遊んでた女の子が、大きくなったらパフェになるとか言ってたな」
美味しい料理で口が軽くなっていたのか、ついそんな事を呟いてしまう。
「パフェ……になる?」
芙羽が首を傾げる。
「あぁ、みんなを笑顔にできるパフェみたいな人になる……そんな感じのことを言っていた気がする。子供の突拍子もない夢だけどな」
すると……コトン、と小さくグラスが揺れる音がした。
向かいに座っていたあまねが、目を見開き、信じられないものを見るような顔で俺を凝視していたのだ。
その顔には明らかな動揺が走っている。
「ん? どうした?虫でもいたのか?」
不思議に思って尋ねると……あまねは焦ったように視線を泳がせ、声を裏返らせた。
「な、なんでもない!!何でもないぞ!!」
あきらかに何かありそうだが……まあいいか。
「ねえ、一文字くん、その女の子ってどんな子だったの?」
芙羽がそんな質問をしてくる。
「どんな子って……」
俺は昔の淡い記憶を思い返しながら素直に口にした。
「そうだな、天使のようにかわいい女の子だったぞ、他に見た事ないくらいに……まあ、今どうしてるかは知らないけどな」
その瞬間、あまねの顔が耳の先端まで一気に真っ赤に染まった。
両手で頬を押さえてなぜか恥ずかしそうにしている。
「あ、あまねちゃん? 顔がすごく赤いけど、熱でもあるの?」
和実が心配そうに覗き込むが……。
「だ、大丈夫だ!! 少し店内が暑いだけだっ!!」
さっきから様子がおかしいが……本当に大丈夫なのだろうか?
少しだけ心配になりつつも、料理を食べ終わった俺は席を立つ。
「じゃあ、俺はこれで……ごちそうさま、助かったよ」
あまねたちに軽く手を振ると、俺は店を後にした。
◇
(あまね視点)
(一文字カイト……カイト。まさか、あの時のカイトなのか!?)
カイトが店を出て行った後も、私の胸の鼓動は激しく鐘を打ち続けていた。
最初に名前を聞いたときは昔と変わりすぎていて気付かなかったが……。
『大きくなったらパフェになるとか言ってたな』
『みんなを笑顔にできるパフェみたいな人になる……そんな感じのことを言っていた』
その言葉は、間違いなく幼い頃に私が口にしたものだ。
昨夜、私を助けてくれたあの少年は、かつて「将来、私に相応しい男になる」とまっすぐに言ってくれた、あのカイトだったのだ。
店を出て夕暮れの道を歩きながらも、私の頭はそのことでいっぱいだった。
だが、同時に拭い去れない違和感がある。
幼い頃の彼は、もっと素直で眩しい笑顔を浮かべる少年だった。
今の彼はどこか投げやりで、背中に深い孤独を背負っているように見えた。
「……ゆい、ここね、らん」
私は立ち止まり、一緒に歩いていた3人に問いかけた。
「君たちは一文字の……カイトのことについて、何か知っているか?」
ゆいとここねは顔を見合わせ、首を傾げた。
「ううん、あたしは今日初めて話したよ。でも、美味しそうにごはんを食べる良い子だなって思った」
「私も今日が初対面。口数は少なかったけれど、あまねを助けるために怪我をしたと聞いて、優しい人なのだと思ったわ」
二人はカイトに対して素直で良い印象を抱いているようだった。
だが、らんだけは気まずそうに視線を泳がせ、口をもごもごさせている。
「らん……何か知っているのか?」
私が尋ねると、らんは意を決したように小さく息を吐き、声を潜めて話し始めた。
「うん、らんらんは、一年の時に一文字くんと同じクラスだったんだ。だから……その時のこと覚えてて」
「その時のこと?」
「一文字くんね、一年前に転校してきて少し経ってから……女子生徒を階段から突き落として、大怪我をさせたって……そういう話を聞いたんだ」
「っ!?」
雷に打たれたような衝撃が走った。
言葉の意味を理解した瞬間、私の体から血の気が引いていくのが分かった。
それと同時に、胸の奥から激しい憤怒が湧き上がってきた。
「カイトがそんなことをするはずがない!!」
思わず強い声を張り上げていた。
自分でも驚くほどの怒声だった。
ゆいとここねが息を飲んで目を見開き、らんも「はにゃ!?」と肩を跳ねさせて怯えてしまう。
「あ、あまねん落ち着いて!!らんらんも実際に現場を見たわけじゃないの!!クラスでそういう噂になって……先生も一文字くんがやったって言ってたからっ!!」
らんの慌てる姿を見て、私はハッと我に返った。
頭に血を上らせ、友達を威圧してしまうなんて……。
「すまない、らん。急に怒鳴ったりして……。君に当たるような真似をして申し訳なかった」
「ううん、大丈夫だよ。でも、本当のところはらんらんにも分からなくて……」
らんは少し悲しそうな顔をして言葉を続けた。
「ただ、その事件があってから一文字くん、学校に来なくなっちゃったの。
否定しても先生に信じてもらえなかったみたいで……クラスにも彼を責める人達がいて……
それからずっと、学校を休んでるんだ」
――否定しても、信じてもらえなかった。
らんの言葉が、私の心に冷たく突き刺さった。
濡れ衣を着せられ、大人である先生やクラスメイトにも信じてもらえず、居場所を奪われた。
そうだとしたら……彼が浮かべていたあの冷めた瞳、皮肉めいた言葉。
そのすべての理由がわかった気がした。
それでも昨夜の彼は……見ず知らずの私を助けるために、巨漢の男へ泥臭く立ち向かった。
根底にある彼の優しさや正義感は何も変わっていない気がする。
(カイト……)
握りしめた拳にぐっと力がこもる。
彼の事を考えると、胸が痛くて締め付けられるようだった。