「まずは生活環境の改善だ。この部屋を片付けるぞ!!」
腕まくりをしたあまねちゃんの掛け声一発で俺の部屋の掃除が始まった。
「なんでこんなことに……」
俺は床に転がったゲームのコントローラーを拾い上げながら、ぼそりと愚痴をこぼす。
「無駄口を叩いていないで手を動かせ!!ほら、そこの漫画本も重ねて整理するんだ!!」
「へいへい……」
テキパキと指示を飛ばすあまねちゃんは、言葉だけでなく自分でもゴミ袋に不要なものを詰めていく。
生徒会長らしい手際の良さだ。
(昔のあまねちゃんは天使みたいで、あんなにかわいかったのになぁ)
ここでそんなことを口にすれば怒られるのは目に見えているので、黙って大人しく掃除を続ける。
床に散らばっていた服やゴミを片付け、本棚を整理し、仕上げに掃除機をかける。
小一時間ほどで作業が完了した頃には、薄暗く乱雑だった部屋が見違えるように綺麗になっていた。
なんだか澄んだ空気が部屋を満たしている気がする。
「ふぅ……どうだ?部屋が綺麗になると、少しは気持ちもすっきりするだろう?」
あまねちゃんが誇らしげに胸を張る。
確かに胸の奥のモヤモヤが、少しだけ晴れたような気がした。
「まあ、確かに悪くないかも」
素直にそう認めると、あまねちゃんはどこか満足そうに笑みを浮かべた。
ふと窓の外に目をやると、いつの間にか陽はすっかり落ちていた。
「あっ……もうこんな時間か。長居してしまったな、私はそろそろ帰るとしよう」
あまねちゃんが制服の乱れを整え、バッグを手にする。
俺は玄関へ向かうあまねちゃんの背中を追うと、棚から上着を引っ張り出して羽織った。
「カイト?」
「夜に女の子を一人で帰すわけにはいかないだろ。途中まで送る」
「えっ……」
昨日、あまねちゃんが屈強なパパ活おじさんに絡まれていたことを考えれば、一人で帰せるはずがない。
「あ、ありがとう……、カイト」
顔を赤くしながら、照れくさそうに礼を言うあまねちゃん。
俺は顔を背けながら「……行くぞ」と短く促し、夜の街へと歩き出した。
夜風が頬を優しく撫でる暗い帰り道を、俺はあまねちゃんと静かに並んで歩いていた。
街灯の下を通るたび、二人の影が大きく伸びては消えていく。
「なあ……どうしてわざわざ、俺に会いに来たんだ?」
あまねちゃんは足を止めず、真っ直ぐ前を見つめたまま答える。
「言っただろ、昔のようにカイトと友達になりたいと」
「それだけか?」
「……」
あまねちゃんは少しだけ歩調を緩めると、寂しげに目を伏せた。
「……本当は、一年前の事件のことを知って、どうしても心配になってしまったんだ」
その言葉に俺は体がビクッとする。
「らんから聞いたんだ。カイトが学校に来なくなった理由を……。
だから生徒会長という立場を利用して、生徒名簿からカイトの家を調べてやってきた」
真面目で厳格な今のあまねちゃんが、権限を乱用してまで自分のために動いてくれた。
その事実に俺は胸を打たれる。
「強引で頑固だけど……優しいところだけは、昔と変わってないみたいだな」
あまねちゃんは足を止め、俺の方へと向き直った。
夜空の下、彼女の瞳は夜の闇を弾くように強く、真っ直ぐに澄んでいた。
「当たり前だ。私はカイトがそんなことをするはずがないと信じている」
一切の迷いも感じられない言葉。
本気で俺の事を信じているのが伝わってきた。
「バカか……何の根拠もないのに」
「根拠ならある。昨夜、カイトは身を挺して私を守ってくれた。そんな人間が、無抵抗の女子生徒を突き飛ばすわけがない」
毅然と言い切るあまねちゃん。
胸の奥が熱くなり、俺は思わず視線を泳がせた。
街灯が明るく照らす大きな交差点に差し掛かったところで、あまねちゃんが立ち止まる。
「ここまででいい。ここから先はすぐ家だ」
「そうか……」
もう少しだけ一緒にいたいような、早く別れたいような……複雑な気持ちになる。
「明日もまた来るからな。覚悟しておけよ」
「えっ……おいおい、冗談だろ!?」
焦る俺の反応にあまねちゃんは「ふふっ」と可愛らしく笑った。
「またな、カイト」
優しく手を振ると、あまねちゃんは軽やかな足取りで夜の街へと帰っていった。
遠ざかっていく彼女の背中を俺は黙って見送った。