昼食を終えると、あまねちゃんは参考書を手早く片付けた。
「よし、それじゃあ出かけるぞ」
「は?午後も勉強じゃないのか?」
てっきり夕方まで机に向かわされると思っていたのだが……。
「勉強も大事だが、友人たちと遊ぶ時間も同じくらい大切だ。今日はゆい達と約束してある」
(別にあいつらは友達じゃないんだが……)
心の中でそう呟きつつも、諦めて上着を羽織った。
指定された広場で合流すると、和実、芙羽、華満の3人が笑顔で出迎えてくれた。
「一文字くん、こんにちは!!今日はおいしいお団子を食べに行こうって話をしてたんだよ!!」
和実が嬉しそうに目を輝かせる。
どうやら目的地はおいしいお団子が食べられる有名な甘味処らしい。
通りを賑やかに歩きながら、和実たちは自分たちのおすすめの店を教えてくれた。
「あっちのラーメン屋さんもすごく美味しいんだよ!」
「こっちのベーカリーのクロワッサンも絶品だから、今度食べてみて」
笑顔で語る和実や芙羽の言葉を聞きながら歩いていると、不意に華満が振り返った。
「ねえねえ一文字くん!!一文字くんのオススメのお店はないの?」
「えっ、俺のオススメ?」
中学一年の時に、おいしーなタウンに戻ってきてからは外食など、ほとんどしていない。
だが、記憶の糸を手繰り寄せるうちに、ふと幼い頃の風景が脳裏に浮かんだ。
「そういえば……昔、あまねちゃんとよく行ってた駄菓子屋がこの近くにあったな。みんなが教えてくれた店とはだいぶ雰囲気が違うけど……」
「言われてみれば、確かにあった気がするな」
どうやらあまねちゃんも憶えているようだ。
「じゃあ、そこに行ってみようよ!!」
俺の案内で路地裏へと向かった一同。
しかし、たどり着いた場所に目的の駄菓子屋はなく、そこには真新しいコインパーキングが広がっているだけだった。
「あっ……なくなってる」
拍子抜けした俺は、苦笑いを浮かべてみんなに向き直った。
「すまん、昔過ぎて潰れてたみたいだ。ここにさ、幼い頃のあまねちゃんと来たことがあったんだよ」
すると、和実と華満が興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「えっ! 昔のあまねちゃん!?」
「聞きたい聞きたい! 昔のあまねん、どんな感じだったの!?」
「おい、カイト!!余計な話はしなくていいぞ!!」
俺は焦るあまねちゃんを無視して話始める。
「今のあまねちゃんはこんなに凛々しい生徒会長だけどさ、昔はもう、めちゃくちゃ可愛かったんだ。
初めて会ったときは『この世にこんな可愛い女の子が存在するのか!?』って本気で衝撃を受けた。
今まで出会ったどんな女の子も一瞬で過去にしてしまうようなレベルだったね。
見た目が最高なのは言うまでもないんだけど、声とか話し方まで可愛くてさ。ずーっと聞いていたいって思ったのを覚えてる。
あと性格も今とは全然違って、守ってあげたくなるような、純真無垢な天使!!あの頃の俺にとって理想の女の子そのもので……」
俺はここぞとばかりに、幼い頃のあまねちゃんが、いかに可憐で可愛らしかったかをみんなに説明する。
「も、もうやめてくれ、カイトっ!!」
横で顔を耳まで真っ赤にしたあまねちゃんが、恥ずかしさのあまり頭を抱えて抗議する。
それを見た和実達は「ふふっ」「あまねちゃんにもそんな頃があったんだねぇ」と楽しそうに笑っていた。
その後、俺達は目的のお団子屋に到着し、焼きたてのみたらし団子や三色団子に舌鼓を打った。
「ん~、デリシャスマイル~!!お餅がすっごく柔らかくて、お米の甘みが噛むほどに広がるよ!!」
「お上品な甘さのあんこが、お口の中で優しく溶けていく。お茶との相性も抜群ね」
「はにゃ~、みたらし団子も最高だよ~!!」
「うむ、この三色団子、見た目も味も素晴らしいぞ!!」
香ばしい醤油の香りとモチモチの食感、そして……みんなで賑やかにテーブルを囲む時間。
たまにはこういのも悪くないか……。
そんな風に思っていると、華満がふと真面目な表情になり俺に話しかけてきた。
「一文字くん……らんらんね、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「えっ?華満が……なんだよ?」
「らんらんね、一年前の噂を聞いて……一文字くんのこと、ちょっと怖い人なんじゃないかって誤解してたの。
でも、今日こうやって一緒に遊んで、話してみて分かったよ。
一文字くんは、本当は優しくて良い人なんだね、誤解してごめんなさい!!」
俺に向かって頭を下げ、まっすぐに反省の言葉を口にする華満。
今まで、俺の言葉を信じてくれるクラスメイトなんて一人もいなかった。
だけど、華満は違った。
自分が誤解していたのだと、まっすぐに頭を下げてくれたんだ。
そのことが素直に嬉しくて……俺はなんだか救われた気がした。
「おまえみたいな奴もいるんだな」
俺はぽつりと呟く。
「はにゃ?」
「気にすんな、噂なんてそんなもんだろ。それに……話して分かってくれたなら、それで十分だ」
「一文字くん……ありがとう!!」
華満の表情がぱっと明るくなり、和実と芙羽も温かい笑顔を浮かべた。
それを見たあまねちゃんも嬉しそうに微笑んでいた。
そして……。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば辺りの空はすっかり濃い群青色に染まっていた。
「じゃあね、一文字くん!!また明日、学校で……ううん、また一緒に遊ぼうね!!」
「えぇ、いつでも連絡して」
「一文字くん、今日は楽しかったよー!!」
手を振る和実、芙羽、華満の3人と別れ、俺は昨日と同じようにあまねちゃんの隣を歩き出した。
しばらく無言のまま静かな夜道を並んで歩いていたが……。
「今日は、その……それなりに楽しかった。ありがとな、あまねちゃん」
俺が照れながら感謝を伝えると……あまねちゃんは、ぱっと表情を明るくさせた。
「ふふっ……そう言ってもらえると、連れ出した甲斐があったというものだ」
あまねちゃんは前を見据えながら、弾んだ声で言葉を続けた。
「明日もまた、君の家に行くからな」
「あまねちゃん、俺のことを気にかけてくれるのは正直嬉しいけどさ、あんまり無理はするなよ。受験生なんだし、自分の時間だってあるだろ」
すると……あまねちゃんはピタリと足を止めた。
そして、まっすぐな瞳で俺を見つめ返す。
「無理などしていない。私は自分がしたいから……カイトと一緒にいたいから、そうしてるんだ」
あまねちゃんの向けてくれる、まっすぐで純粋な好意。
それが今の俺には眩しすぎて、同時に「自分にそんな価値はない」と、どうしても思ってしまう。
「だけど……俺は、一年前から止まったままだ。
学校にも行ってないし、親にも見捨てられて、将来のことだって何一つ決まってない。
そんな俺に、あまねちゃんがここまで肩入れする価値なんて――」
その言葉を遮るように、あまねちゃんは一歩踏み出し、俺の冷たくなった手を両手で優しく包み込んだ。
「あまねちゃん?」
暖かく柔らかいぬくもりに驚き、俺は顔を上げる。
あまねちゃんの瞳には、夜空の星をも映し出すような、澄み切った力強い光が宿っていた。
「カイト……過去は変えられない。だが、未来はこの瞬間から作っていける」
「未来?」
「そうだ。立ち止まったままの時間を動かすのは、いつだって今の自分の選択だ。……私は、カイトと一緒に未来を作りたい」
一緒に未来を作りたい。
その一言が、俺の胸の奥底に届いた。
誰も信じられなくなり、ずっと一人で閉じこもっていた暗い世界。
そこに、あまねちゃんは真っ直ぐな光を携えて踏み込んできてくれた。
じわじわと胸を満たしていく熱い衝動に、俺は言葉を失い、ただあまねちゃんの顔を見つめ返すことしかできなかった。
すると……あまねちゃんは急に握っていた俺の手をバッと放す。
「そ、それじゃあ、私はここで……ちゃんと夜更かししないで寝るんだぞっ!!」
「あっ、おい!!」
照れくささが限界突破したのか、あまねちゃんは真っ赤な顔で脱兎のごとく走り去っていった。
取り残された俺は、ぽつんと道端に立ち尽くす。
あまねちゃんの手のぬくもりが残る自分の右手を見つめながら、俺は夜空を見上げた。
「未来、か……」
そう呟くのだった。