あれから一週間。
特に大きな問題もなく、俺は毎日学校に通っていた。
和実たちのおかげで、今ではクラスの中で俺に敵意を向ける生徒はいなくなった。
他クラスのヤツらも、生徒会長のあまねちゃんや和実たちと親しそうに過ごす俺を見て、変な噂に対する認識を改めてくれたみたいだ。
未だに教師のことは信用できないが、トラブルを起こしてあまねちゃんに迷惑をかけたくないから、その感情はなるべく表に出さないように我慢している。
あまねちゃんは毎朝、俺を迎えに来てくれ放課後も一緒に帰るのが、すっかり日課になっていた。
オレンジ色に染まるいつもの帰り道、隣を歩くあまねちゃんがニコニコと嬉しそうに俺を見上げてきた。
「最近のカイトは、本当に頑張っているな」
「いや、まだスタートラインに立ったところだ」
俺はぽつりと返した。
不登校を脱して授業を受け、普通に過ごす。
今の自分は、やっと普通の中学生になれただけに過ぎない。
文武両道で完璧な彼女の隣に立つには、まだまだ程遠い。
「俺、もっと頑張って……あまねちゃんに相応しい男になるよ」
今のままじゃ足りない。
もっと努力しないと、あまねちゃんの隣を胸を張って歩ける男にはなれない――そう焦る俺に対し、あまねちゃんはふっと足を止めた。
「カイトは、もう十分に私に相応しい男になっているよ」
「でも……」
食い下がろうとした俺を制するように、あまねちゃんは視線を泳がせながら、恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「私は別に特別な人間じゃない。君が思っているような完璧な存在でもない、ただの普通の女の子なんだぞ……」
照れくさそうに俯く姿を見て、俺はハッとした。
完璧な生徒会長、立派な幼馴染。
俺は知らず知らずのうちに、あまねちゃんを特別視して背伸びしすぎていたのかもしれない。
彼女も自分と同じように悩み、照れ、喜ぶ一人の女の子なんだと気づかされ反省した。
少しの沈黙の後、俺は決意を固めて口を開いた。
「じゃあさ……今度の休み、俺と一緒に二人だけで出かけないか?」
「ふ、二人だけで!?」
あまねちゃんがパチクリと目を丸くする。
俺は照れくささを必死に押し殺しながら、まっすぐ彼女の目を見つめた。
「つまり……その……俺とデートして欲しい、ってことだ」
言葉にした瞬間、あまねちゃんの顔が真っ赤に跳ね上がった。
そのまま湯気が吹き出しそうな勢いで硬直し、完全に黙り込んでしまう。
沈黙が痛くて、俺は急に不安になった。
「ダメか?」
「ダ、ダメじゃない!! 全然ダメじゃないぞ!!」
あまねちゃんは上ずった大声を上げ、慌ててぶんぶんと首を横に振った。
その必死な反応があまりにも可愛くて、胸がぎゅっと締め付けられる。
「そっか……それじゃあ今度の休日は二人でデートするってことで」
「う、うむ……約束だな!!」
真っ赤な顔のまま、誇らしげに胸を張るあまねちゃん。
こうして俺は、あまねちゃんと二人きりのデートの約束を交わしたのだった。
翌日、俺は自室のベッドで頭を抱えていた。
「どうすりゃいいんだ、マジで……」
勢いであまねちゃんとのデートを取り付けたものの、いざプランを考えようとすると完全に手詰まりを起こしていた。
今まで女の子と二人でデートなんてしたことがない。
スマホで「中学生 デート おすすめプラン」と片っ端から検索してみたが、映画館だのショッピングモールだの、どれがあまねちゃんに喜んでもらえる「正解」なのかさっぱり分からなかった。
うだうだと悩み続けているうちに外はすっかり暗くなり、腹の虫が盛大に鳴り響く。
「……ダメだ、考えても拉致があかねぇ。とりあえずメシでも食いに行くか」
俺は気分転換と空腹を満たすために『なごみ亭』へ向かった。
暖簾をくぐると、店内にはちょうどローズマリーさんと品田先輩の姿があった。
二人はカウンター寄りの席で何やら話している。
「あらカイトくん、こんばんは~!!なんだか浮かない顔をして、どうしたの?」
「よう一文字、何かあったのか?」
俺は注文を済ませて二人の近くの席に腰を下ろすと、少し迷ってから意を決して口を開いた。
「あの……お二人に、ちょっと相談したいことがあって」
「相談?俺たちに?」
品田先輩が不思議そうに眉をひそめる。
俺は周りに知り合いがいないかを確認し、絞り出すような声で打ち明けた。
「実は……今度の休みに、あまねちゃんと二人で出かけることになって。どこに連れて行けばいいのか、全然分からなくて困ってるんです」
「「えっ!?」」
一瞬の静寂の後、ローズマリーの目が輝いた。
「それって、つまり……あまねとデートするってことかしら!?」
「お、おい一文字!!お前、あの菓彩とデートするのか!?」
「声が大きいですよ!!」
俺は慌てて手で制するが、ローズマリーは「まあまあ素晴らしいじゃないの~!!」と両手を叩いて大はしゃぎする。
「でも、そういう相談なら歳も近い女の子のゆい達に聞いた方がいいんじゃない?あまねの好みもよく知ってるでしょうし」
それは俺も考えた、考えたが……。
「いや、和実たちに相談するのは、なんていうか、その……恥ずかしくて……。同世代の女の子に『デートどこ行けばいい?』なんて聞くの、無理ですって」
すると品田先輩はフッと呆れ混じりの苦笑をこぼした。
「なるほどな。まあ、同級生の女子に聞くのが気恥ずかしいのは分からなくもないけどさ」
「だからお願いです!!ローズマリーさんと品田先輩、俺に知恵を貸してください!!」
そう言って俺が深々と頭を下げると……。
「いいわ、カイトくん!!その男気、私が全力でバックアップしてあげる!!」
ローズマリーさんはバッと立ち上がると、力強く胸をたたいた。
その隣で、品田先輩もどこか呆れつつも頼もしい笑みを浮かべ、腕を組む。
「まあ、お前がそこまで真剣なら、俺も一肌脱いでやるよ」
「ローズマリーさん……品田先輩!!」
救いの神を見るような目で二人を見つめる。
「まずは大前提として、あいつはああ見えて甘いものが大好きなんだ。パフェはもちろんだけど、美味しそうなスイーツのある店に連れて行けば、まず間違いないと思う」
品田先輩の言う通り、あまねちゃんはパフェやおはぎなど、甘いものが大好きだ。
だけど、どの店に連れていけば喜んでもらえるのか……それが悩みどころだ。
「ただ、いきなりハードルの高いおしゃれすぎるカフェとかだと、菓彩も気恥ずかしくなって身構えるかもしれない。だから、まずは落ち着いて話ができるような、開放的な場所がいいんじゃないか? たとえば、見晴らしのいい公園のベンチで美味しいテイクアウトのスイーツを食べるとかさ」
「なるほど……店内にこだわる必要はないってことですね」
品田先輩の提案に、俺は深く頷く。
そこへ、ローズマリーさんが待ってましたと言わんばかりに情熱的な声で割り込んできた。
「拓海くんの案も素敵だけど、もっと大切なのは『雰囲気』よ、カイトくん!!」
「ふ、雰囲気ですか?」
「そう……デートで一番大事なのは、お互いがどれだけ特別感を感じられるかなの。最初は少しぶらぶら街を散策しながら、景色のきれいな場所や、二人でゆっくり過ごせるスポットを挟むのよ。そしてね……最後が肝心!!」
ローズマリーさんは俺の肩をポンと叩き、ぐっと顔を近づけてウィンクした。
「楽しい時間の締めくくりに、ちゃんと『今日は楽しかった、ありがとう』って相手の目を見て伝えること!!女の子はね、そういう誠実な言葉に一番ときめくのよ~!!」
「あまねちゃんの目を見て……誠実な言葉……」
想像しただけで顔が熱くなるが、ローズマリーさんの言葉には温かみと説得力があった。
その後も二人からいくつかアドバイスをもらう。
「どう?少しは参考になったかしら?」
「はい、参考になりました!!拓海先輩、ローズマリーさん、本当にありがとうございます!」
俺が深々と頭を下げると、拓海は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「礼なんていいって……ま、頑張れよ」
「カイトくん、あまねをいっぱい笑顔にしてあげてね!!」
二人の温かいエールを受け、俺の胸の中にあった不安は消え去り、あまねちゃんとのデートに向けた楽しみと決意が大きく膨らんでいくのだった。