『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第8話 錆兎の違和感

 ――藤襲山、最終選別六日目。

 

 夜明け。

 

 薄紫色の空が、藤襲山の木々を静かに照らしていた。

 

 最終選別も残すところ、あと一日。

 

 本来ならば、参加者たちは一人でも多く生き残るため、鬼との戦いを続けているはずだった。

 

 しかし――。

 

「……静かだな」

 

 錆兎が呟いた。

 

 隣を歩く真菰が首を傾げる。

 

「そうだね」

 

「鬼の気配が少ない」

 

「うん」

 

 そして。

 

 二人の前を歩く竜牙十兵衛は、いつも通りだった。

 

 一定の呼吸。

 

 一定の歩幅。

 

 周囲への警戒。

 

 だが――。

 

「……」

 

 錆兎は十兵衛の背中を見つめていた。

 

 何かがおかしい。

 

 昨日からずっと。

 

 いや。

 

 もっと前から。

 

「……十兵衛」

 

「なんだ?」

 

「少し聞きたいことがある」

 

「ああ」

 

 十兵衛が振り返る。

 

「どうした?」

 

「お前は……」

 

 錆兎は言葉を選ぶ。

 

「この最終選別で、何をするつもりなんだ?」

 

「鬼を倒す」

 

「それだけか?」

 

「それ以外に何かあるのか?」

 

「……」

 

 錆兎は黙った。

 

 やはり。

 

 何かがおかしい。

 

 ◇

 

 少し前。

 

 錆兎が十兵衛と初めて出会った時。

 

 その男は強かった。

 

 異常なほどに。

 

 剣技。

 

 体術。

 

 判断力。

 

 呼吸。

 

 どれを取っても、最終選別に挑む少年とは思えない。

 

 だが。

 

 それだけなら、まだ理解できた。

 

 問題は――。

 

「お前は、鬼の動きを先読みしすぎる」

 

「そうか?」

 

「ああ」

 

 錆兎は真剣な表情になる。

 

「昨日の鬼もそうだった」

 

「……」

 

「俺たちが見つける前に、お前は鬼の位置を知っていた」

 

「音を聞いただけだ」

 

「それだけじゃない」

 

 錆兎は続ける。

 

「鬼の攻撃パターンを見ただけで、次の動きを予測していた」

 

「戦いでは普通だ」

 

「普通じゃない」

 

 即答だった。

 

「少なくとも俺にはできない」

 

 十兵衛は少し考える。

 

「経験の差だろう」

 

「……」

 

「俺は君より長く戦っている」

 

「それも気になっている」

 

「何が?」

 

「お前の戦い方だ」

 

 錆兎は刀を抜いた。

 

「剣士の動きじゃない」

 

 十兵衛の眉が僅かに動く。

 

「……ほう」

 

「剣術だけじゃない」

 

 錆兎が続ける。

 

「投げ。

 

 関節技。

 

 急所への打撃。

 

 足払い。

 

 相手の視界を潰す動き。

 

 全部使う」

 

「武術だからな」

 

「鬼に対しても?」

 

「ああ」

 

「刀がなくても?」

 

「倒せる」

 

 即答。

 

 錆兎の顔が引きつった。

 

「……やっぱり」

 

「何がだ?」

 

「お前は普通じゃない」

 

「よく言われる」

 

「誰に?」

 

「真菰に」

 

「…………」

 

 後ろから。

 

「ふふっ」

 

 真菰が笑った。

 

「だって、本当に普通じゃないもの」

 

「真菰まで……」

 

 錆兎はため息をついた。

 

 ◇

 

 昼。

 

 三人は川辺で休んでいた。

 

 真菰が水を汲み。

 

 十兵衛が食事を作る。

 

 錆兎は少し離れた場所に座っていた。

 

 そして。

 

 じっと十兵衛を見ている。

 

「……」

 

「……」

 

 十兵衛も気づいていた。

 

「錆兎」

 

「なんだ?」

 

「さっきから俺を見ているな」

 

「ああ」

 

「何かついているか?」

 

「そういう問題じゃない」

 

「では?」

 

 錆兎は腕を組んだ。

 

「お前は、何者なんだ?」

 

 空気が止まった。

 

 真菰も手を止める。

 

「……」

 

 十兵衛は黙っていた。

 

 やがて。

 

「竜牙魁陣」

 

「え?」

 

「俺の本名だ」

 

 錆兎が目を見開く。

 

「竜牙……魁陣」

 

「ああ」

 

「じゃあ、十兵衛っていうのは?」

 

「通称だ」

 

「なぜ?」

 

「ある場所で、そう呼ばれるようになった」

 

「ある場所?」

 

 十兵衛は少しだけ空を見た。

 

「遠い場所だ」

 

「……故郷か?」

 

「そうとも言える」

 

「随分と曖昧だな」

 

「説明が難しい」

 

 十兵衛は困ったように笑った。

 

「俺自身、どう説明すればいいのか分からない」

 

 これは嘘ではない。

 

 並行世界を渡ったことを。

 

 異世界で生きてきたことを。

 

 すべて話すわけにはいかない。

 

 錆兎は十兵衛を見つめる。

 

「……そうか」

 

 それ以上は追及しなかった。

 

 だが。

 

 違和感は消えない。

 

 むしろ。

 

 大きくなった。

 

 ◇

 

 夕方。

 

 三人は山道を歩いていた。

 

 すると。

 

「――助けて!」

 

 悲鳴。

 

「行くぞ!」

 

 錆兎が走り出す。

 

 真菰も続く。

 

 しかし。

 

「待て」

 

 十兵衛が止めた。

 

「え?」

 

「罠だ」

 

「罠?」

 

 錆兎が耳を澄ます。

 

「悲鳴が一度しか聞こえない」

 

「……」

 

「本当に襲われているなら、もっと物音がする」

 

 十兵衛が地面を見る。

 

「足跡もない」

 

「……!」

 

「鬼が人間の声を真似ている」

 

 直後。

 

 木の上から。

 

「ケケケケ……!」

 

 鬼が飛び降りた。

 

「よく分かったなぁ!」

 

 錆兎が驚く。

 

「……」

 

 十兵衛は刀を抜く。

 

「簡単だ」

 

「どこがだ!」

 

 鬼が襲いかかる。

 

 錆兎も構える。

 

「俺も戦う!」

 

「任せる」

 

「え?」

 

 十兵衛は一歩下がった。

 

「この鬼は君に任せる」

 

「……!」

 

 錆兎は刀を構え直す。

 

「分かった!」

 

 鬼が突進。

 

 錆兎が迎え撃つ。

 

「水の呼吸――」

 

 ――ザンッ!

 

 鬼の腕を斬る。

 

「いいぞ!」

 

 十兵衛が声をかける。

 

「右へ!」

 

「――!」

 

 錆兎が右へ跳ぶ。

 

 鬼の爪が空を切る。

 

「今だ!」

 

 ――ズバッ!

 

 錆兎の刀が鬼の首を斬った。

 

 鬼が崩れ落ちる。

 

「……やった」

 

「見事だ」

 

 十兵衛が頷く。

 

 錆兎は息を整えながら十兵衛を見る。

 

「お前……」

 

「なんだ?」

 

「わざと俺に戦わせたな?」

 

「ああ」

 

「なぜ?」

 

「君なら勝てると思ったからだ」

 

「……」

 

 錆兎は刀を握る。

 

 そして。

 

 気づいた。

 

 十兵衛は。

 

 自分を強くしようとしている。

 

 ただ鬼を倒すだけではない。

 

 仲間が自分の力で鬼を倒せるように。

 

 そのために。

 

 十兵衛は戦場を選んでいる。

 

「……そういうことか」

 

「何が?」

 

「いや」

 

 錆兎は笑った。

 

「お前が何を考えているのか、少し分かった気がする」

 

「そうか」

 

 ◇

 

 夜。

 

 焚き火。

 

 真菰が薪を入れる。

 

 錆兎は十兵衛の隣に座った。

 

「十兵衛」

 

「ああ」

 

「一つ約束してくれ」

 

「何を?」

 

「無茶をするな」

 

「……」

 

「お前は強すぎる」

 

 錆兎は真剣だった。

 

「だから、自分一人で全部背負おうとするな」

 

「俺は――」

 

「分かってる」

 

 錆兎が遮る。

 

「お前が俺たちを守ろうとしていることは」

 

「……」

 

「でも、俺たちもお前を守る」

 

 真菰も頷く。

 

「うん」

 

「だから」

 

 錆兎が手を差し出す。

 

「三人で生き残ろう」

 

 十兵衛はその手を見る。

 

 そして。

 

「……ああ」

 

 手を握った。

 

「約束する」

 

 真菰も二人の手に自分の手を重ねる。

 

「三人で」

 

「三人で」

 

 ◇

 

 だが。

 

 その夜。

 

 十兵衛が眠った後。

 

 錆兎は真菰に話しかけた。

 

「真菰」

 

「なに?」

 

「俺はまだ、十兵衛のことが分からない」

 

「うん」

 

「でも」

 

 錆兎は焚き火を見る。

 

「あいつは悪い奴じゃない」

 

「私もそう思う」

 

「むしろ……」

 

 錆兎は少し笑う。

 

「俺たちより、ずっと優しいのかもしれない」

 

 真菰は十兵衛を見る。

 

 眠っている。

 

 それでも。

 

 呼吸は一定だった。

 

 すう――。

 

 はあ――。

 

 全集中・常中。

 

「でも」

 

 真菰が小さく呟く。

 

「私は十兵衛が何者でもいいよ」

 

「……」

 

「十兵衛は十兵衛だから」

 

 錆兎はその言葉を聞いて。

 

「……そうだな」

 

 頷いた。

 

 その時。

 

 十兵衛が目を開けた。

 

「……二人とも」

 

「「えっ?」」

 

「何の話をしている?」

 

「……」

 

「……」

 

 錆兎と真菰は顔を見合わせる。

 

「起きてたのか?」

 

「ああ」

 

「いつから?」

 

「最初から」

 

「全部聞いてたのか!?」

 

「何か問題が?」

 

「……」

 

 錆兎は頭を抱えた。

 

「やっぱり、お前は分からん!」

 

「そうか?」

 

「そうだ!」

 

 真菰が笑う。

 

「ふふっ」

 

 十兵衛は不思議そうに二人を見る。

 

「……?」

 

 ――天才軍師。

 

 異世界の武術を極めた達人。

 

 雷と日の呼吸を操る剣士。

 

 その実力は疑いようがない。

 

 しかし。

 

 人の感情だけは。

 

 恐ろしいほどに鈍い。

 

 それが。

 

 錆兎が感じた、もう一つの「違和感」だった。

 

 そして。

 

 この違和感こそが。

 

 後に胡蝶しのぶたちをも大いに悩ませることになる。

 

 ――竜牙十兵衛。

 

 彼は。

 

 戦場では誰よりも鋭い。

 

 なのに。

 

 恋心だけは。

 

 誰よりも鈍かった。

 

 

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