『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山、最終選別六日目。
夜。
森の中を、竜牙十兵衛、錆兎、真菰の三人が進んでいた。
最終選別も、残すところあと一日。
本来ならば、この頃には生き残っている参加者はごく僅かになっている。
だが。
「……おかしい」
錆兎が呟いた。
「何が?」
十兵衛が振り返る。
「生存者が多すぎる」
「そうだな」
「俺たち以外にも、かなりの人数が残っている」
「ああ」
十兵衛は淡々と頷いた。
「良いことだ」
「……」
錆兎は十兵衛を見る。
「お前がやったんだろ?」
「何を?」
「鬼の誘導」
十兵衛は否定しなかった。
「その通りだ」
「やっぱりな」
錆兎が苦笑する。
「お前は本当に、最終選別そのものを変えるつもりなんだな」
「当然だ」
「どうして?」
十兵衛は歩みを止めた。
「……救えるからだ」
短い答えだった。
◇
少し前。
十兵衛は山の地図を広げていた。
鬼の位置。
参加者の位置。
地形。
水場。
藤の花が多い場所。
すべてを書き込んでいく。
「ここ」
十兵衛が地図の一点を指す。
「この区域は危険だ」
「鬼が多い?」
真菰が尋ねる。
「ああ」
「じゃあ、近づかない方がいいね」
「いや」
十兵衛は首を横に振った。
「逆だ」
「え?」
「ここへ鬼を集める」
錆兎が目を見開く。
「なぜ?」
「鬼を分散させれば、参加者が不意に遭遇する」
「……」
「なら、ある程度まとめておけばいい」
十兵衛は地図上の道筋を指でなぞる。
「鬼をこの谷へ誘導する」
「そこには?」
「戦える参加者を配置する」
「危険すぎないか?」
「だから俺もいる」
十兵衛は即答した。
「戦力差を管理すればいい」
「……」
錆兎は黙り込んだ。
普通なら。
最終選別とは。
生き残るための戦いだ。
他の参加者を助ける義務などない。
ましてや。
自分から鬼を探し出し。
他の参加者を助けるなど。
狂気の沙汰と言っていい。
それでも。
「俺は救う」
十兵衛は言った。
「救える命を、見捨てる理由がない」
◇
その夜。
十兵衛たちは悲鳴を聞いた。
「助けて!」
森の奥。
複数の人間の声。
「行くぞ!」
錆兎が走る。
真菰も続く。
十兵衛もその後を追った。
だが。
「……」
十兵衛は途中で足を止めた。
「どうした?」
錆兎が振り返る。
「三人」
「え?」
「悲鳴は三人分」
「……」
「だが、足音は四人分ある」
真菰が息を呑む。
「もう一人……?」
「ああ」
十兵衛の目が鋭くなる。
「鬼が一体混じっている」
◇
「助けてくれ!」
森の中。
三人の剣士が鬼に追い詰められていた。
その背後。
木の陰から。
一人の少年が姿を現す。
「大丈夫ですか!」
「来るな!」
錆兎が叫ぶ。
「そいつは鬼だ!」
「え?」
少年の顔が歪む。
「……気づいたか」
次の瞬間。
皮膚が裂ける。
爪が伸びる。
「騙されるとは、愚かな人間だ!」
鬼が襲いかかる。
「錆兎!」
「分かっている!」
錆兎が刀を抜く。
真菰も構える。
十兵衛は。
「……」
周囲を見る。
鬼一体。
参加者三人。
全員、負傷。
さらに。
「北東から別の鬼が接近している」
「何!?」
錆兎が驚く。
「あと二十秒」
「二十秒!?」
「その前に終わらせる」
十兵衛が踏み込んだ。
「雷の呼吸――」
紫電。
「壱ノ型――霹靂一閃!」
鬼の懐へ。
――ズバッ!
腕を斬る。
「ぐあっ!」
「真菰!」
「はい!」
真菰が斬り込む。
「錆兎!」
「ああ!」
三人の連携。
鬼が後退する。
「こいつら……!」
その時。
十兵衛が鬼の足元へ回り込んだ。
「逃がさない」
「なっ――」
足を払う。
鬼が転倒。
「今だ!」
錆兎が刀を振る。
――ズバッ!
鬼の首が落ちた。
しかし。
十兵衛が振り返る。
「来た」
木々の向こう。
新たな鬼。
「グルルル……!」
負傷した参加者たちが怯える。
「もう……無理だ」
「俺たちじゃ……」
十兵衛は刀を構えた。
「下がっていろ」
「でも……!」
「大丈夫だ」
鬼が突進。
十兵衛は一歩前へ。
「日の呼吸――」
赫い刃。
「参ノ型――烈日紅鏡」
左右から挟み込むような斬撃。
鬼の両腕が落ちる。
「な――」
「終わりだ」
続けて。
「拾弐ノ型――炎舞」
二連撃。
首が落ちる。
灰が舞う。
静寂。
◇
「……」
三人の参加者は呆然としていた。
「助かった……?」
「ああ」
十兵衛が頷く。
「立てるか?」
「はい……」
「なら歩け」
「どこへ?」
「藤の花が咲いている場所だ」
十兵衛は地図を広げる。
「ここから東へ四百歩」
「……分かりました」
「途中で鬼が来たら?」
参加者の一人が尋ねる。
「逃げろ」
「え?」
「戦わなくていい」
「でも最終選別は――」
「生き残ることが目的だ」
十兵衛は真っ直ぐに言う。
「無理に鬼を倒す必要はない」
その言葉に。
参加者は目を見開いた。
「……ありがとうございます」
彼らは走り去っていった。
◇
「十兵衛」
錆兎が声をかける。
「なんだ?」
「どうしてそこまで他人を助ける?」
「……」
十兵衛は少し考える。
「俺が助けられるからだ」
「それだけ?」
「ああ」
「見返りは?」
「いらない」
「感謝も?」
「別に」
十兵衛は夜空を見る。
「命が助かるなら、それでいい」
真菰が静かに尋ねる。
「十兵衛は……誰かを救えなかったことがあるの?」
十兵衛の表情が。
ほんの僅かに変わった。
「……ある」
「……」
「だから」
拳を握る。
「次は救う」
◇
それから。
十兵衛たちは山を進んだ。
負傷者を見つければ助ける。
鬼に襲われていれば介入する。
戦える者には戦わせる。
戦えない者は安全な場所へ送る。
それを繰り返した。
やがて。
「……十兵衛」
真菰が呟く。
「何人助けたのかな?」
「三十七人」
「……」
「正確には三十八人」
「そんなに?」
「ああ」
錆兎が苦笑する。
「もはや最終選別じゃないな」
「そうか?」
「お前が救済活動してるからな」
「救済活動?」
「ああ」
十兵衛は少し考え。
「……悪くない名前だ」
真菰が笑う。
「十兵衛らしいね」
◇
その頃。
藤襲山の管理をしていた者たちも異変に気づき始めていた。
「……生存者数がおかしい」
「どういうことだ?」
「例年より明らかに多い」
「鬼の数は変わっていないはずだ」
「なら、なぜ?」
「……」
誰も答えられない。
だが。
その原因は。
山の中にいる一人の男だった。
◇
夜。
十兵衛は一人、森の中に立っていた。
「……」
遠くから。
鬼の声。
そして。
人間の悲鳴。
十兵衛は刀を握る。
「……行くか」
その瞬間。
後ろから声。
「十兵衛」
「真菰?」
「一人で行くの?」
「ああ」
「私も行く」
「危険だ」
「分かってる」
真菰は微笑む。
「でも」
一歩近づく。
「私も救いたい」
「……」
「十兵衛がしていることを、私も手伝いたい」
十兵衛は真菰を見る。
「……分かった」
「ありがとう」
「ただし」
「うん?」
「無理はするな」
「十兵衛もね」
「俺は大丈夫だ」
「……それ」
真菰は少し笑う。
「一番信用できない言葉だよ」
「そうか?」
「そうだよ」
◇
その夜。
十兵衛は一人の少年を救った。
その少年は。
本来ならば。
この最終選別で命を落とすはずだった。
だが。
「立てるか?」
「……はい」
「なら行け」
「あなたは?」
「俺は残る」
「どうして?」
「まだ救える人間がいる」
少年は振り返る。
「……ありがとうございます!」
走っていく。
十兵衛はその背中を見送った。
そして。
「救済……か」
小さく呟く。
それは。
単なる優しさではない。
軍師としての判断でもない。
竜牙魁陣という一人の人間が。
この世界で選んだ生き方だった。
「死ぬはずだった人間を、生かす」
「失われるはずだった未来を、残す」
「それが可能なら――」
十兵衛は刀を抜く。
「俺は迷わない」
その言葉の先に。
彼はまだ知らない。
救うことになる命の中に。
後に鬼殺隊の運命そのものを変える少女がいることを。
そして。
彼自身の人生を大きく変える少女たちが待っていることを。
――胡蝶カナエ。
――胡蝶しのぶ。
――栗花落カナヲ。
彼女たちの運命は。
この瞬間から。
少しずつ、本来とは違う道へ進み始めていた。
救済という選択。
それはやがて。
この世界そのものを変える選択へと繋がっていく。