『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

11 / 22
第9話 救済という選択

 ――藤襲山、最終選別六日目。

 

 夜。

 

 森の中を、竜牙十兵衛、錆兎、真菰の三人が進んでいた。

 

 最終選別も、残すところあと一日。

 

 本来ならば、この頃には生き残っている参加者はごく僅かになっている。

 

 だが。

 

「……おかしい」

 

 錆兎が呟いた。

 

「何が?」

 

 十兵衛が振り返る。

 

「生存者が多すぎる」

 

「そうだな」

 

「俺たち以外にも、かなりの人数が残っている」

 

「ああ」

 

 十兵衛は淡々と頷いた。

 

「良いことだ」

 

「……」

 

 錆兎は十兵衛を見る。

 

「お前がやったんだろ?」

 

「何を?」

 

「鬼の誘導」

 

 十兵衛は否定しなかった。

 

「その通りだ」

 

「やっぱりな」

 

 錆兎が苦笑する。

 

「お前は本当に、最終選別そのものを変えるつもりなんだな」

 

「当然だ」

 

「どうして?」

 

 十兵衛は歩みを止めた。

 

「……救えるからだ」

 

 短い答えだった。

 

 ◇

 

 少し前。

 

 十兵衛は山の地図を広げていた。

 

 鬼の位置。

 

 参加者の位置。

 

 地形。

 

 水場。

 

 藤の花が多い場所。

 

 すべてを書き込んでいく。

 

「ここ」

 

 十兵衛が地図の一点を指す。

 

「この区域は危険だ」

 

「鬼が多い?」

 

 真菰が尋ねる。

 

「ああ」

 

「じゃあ、近づかない方がいいね」

 

「いや」

 

 十兵衛は首を横に振った。

 

「逆だ」

 

「え?」

 

「ここへ鬼を集める」

 

 錆兎が目を見開く。

 

「なぜ?」

 

「鬼を分散させれば、参加者が不意に遭遇する」

 

「……」

 

「なら、ある程度まとめておけばいい」

 

 十兵衛は地図上の道筋を指でなぞる。

 

「鬼をこの谷へ誘導する」

 

「そこには?」

 

「戦える参加者を配置する」

 

「危険すぎないか?」

 

「だから俺もいる」

 

 十兵衛は即答した。

 

「戦力差を管理すればいい」

 

「……」

 

 錆兎は黙り込んだ。

 

 普通なら。

 

 最終選別とは。

 

 生き残るための戦いだ。

 

 他の参加者を助ける義務などない。

 

 ましてや。

 

 自分から鬼を探し出し。

 

 他の参加者を助けるなど。

 

 狂気の沙汰と言っていい。

 

 それでも。

 

「俺は救う」

 

 十兵衛は言った。

 

「救える命を、見捨てる理由がない」

 

 ◇

 

 その夜。

 

 十兵衛たちは悲鳴を聞いた。

 

「助けて!」

 

 森の奥。

 

 複数の人間の声。

 

「行くぞ!」

 

 錆兎が走る。

 

 真菰も続く。

 

 十兵衛もその後を追った。

 

 だが。

 

「……」

 

 十兵衛は途中で足を止めた。

 

「どうした?」

 

 錆兎が振り返る。

 

「三人」

 

「え?」

 

「悲鳴は三人分」

 

「……」

 

「だが、足音は四人分ある」

 

 真菰が息を呑む。

 

「もう一人……?」

 

「ああ」

 

 十兵衛の目が鋭くなる。

 

「鬼が一体混じっている」

 

 ◇

 

「助けてくれ!」

 

 森の中。

 

 三人の剣士が鬼に追い詰められていた。

 

 その背後。

 

 木の陰から。

 

 一人の少年が姿を現す。

 

「大丈夫ですか!」

 

「来るな!」

 

 錆兎が叫ぶ。

 

「そいつは鬼だ!」

 

「え?」

 

 少年の顔が歪む。

 

「……気づいたか」

 

 次の瞬間。

 

 皮膚が裂ける。

 

 爪が伸びる。

 

「騙されるとは、愚かな人間だ!」

 

 鬼が襲いかかる。

 

「錆兎!」

 

「分かっている!」

 

 錆兎が刀を抜く。

 

 真菰も構える。

 

 十兵衛は。

 

「……」

 

 周囲を見る。

 

 鬼一体。

 

 参加者三人。

 

 全員、負傷。

 

 さらに。

 

「北東から別の鬼が接近している」

 

「何!?」

 

 錆兎が驚く。

 

「あと二十秒」

 

「二十秒!?」

 

「その前に終わらせる」

 

 十兵衛が踏み込んだ。

 

「雷の呼吸――」

 

 紫電。

 

「壱ノ型――霹靂一閃!」

 

 鬼の懐へ。

 

 ――ズバッ!

 

 腕を斬る。

 

「ぐあっ!」

 

「真菰!」

 

「はい!」

 

 真菰が斬り込む。

 

「錆兎!」

 

「ああ!」

 

 三人の連携。

 

 鬼が後退する。

 

「こいつら……!」

 

 その時。

 

 十兵衛が鬼の足元へ回り込んだ。

 

「逃がさない」

 

「なっ――」

 

 足を払う。

 

 鬼が転倒。

 

「今だ!」

 

 錆兎が刀を振る。

 

 ――ズバッ!

 

 鬼の首が落ちた。

 

 しかし。

 

 十兵衛が振り返る。

 

「来た」

 

 木々の向こう。

 

 新たな鬼。

 

「グルルル……!」

 

 負傷した参加者たちが怯える。

 

「もう……無理だ」

 

「俺たちじゃ……」

 

 十兵衛は刀を構えた。

 

「下がっていろ」

 

「でも……!」

 

「大丈夫だ」

 

 鬼が突進。

 

 十兵衛は一歩前へ。

 

「日の呼吸――」

 

 赫い刃。

 

「参ノ型――烈日紅鏡」

 

 左右から挟み込むような斬撃。

 

 鬼の両腕が落ちる。

 

「な――」

 

「終わりだ」

 

 続けて。

 

「拾弐ノ型――炎舞」

 

 二連撃。

 

 首が落ちる。

 

 灰が舞う。

 

 静寂。

 

 ◇

 

「……」

 

 三人の参加者は呆然としていた。

 

「助かった……?」

 

「ああ」

 

 十兵衛が頷く。

 

「立てるか?」

 

「はい……」

 

「なら歩け」

 

「どこへ?」

 

「藤の花が咲いている場所だ」

 

 十兵衛は地図を広げる。

 

「ここから東へ四百歩」

 

「……分かりました」

 

「途中で鬼が来たら?」

 

 参加者の一人が尋ねる。

 

「逃げろ」

 

「え?」

 

「戦わなくていい」

 

「でも最終選別は――」

 

「生き残ることが目的だ」

 

 十兵衛は真っ直ぐに言う。

 

「無理に鬼を倒す必要はない」

 

 その言葉に。

 

 参加者は目を見開いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 彼らは走り去っていった。

 

 ◇

 

「十兵衛」

 

 錆兎が声をかける。

 

「なんだ?」

 

「どうしてそこまで他人を助ける?」

 

「……」

 

 十兵衛は少し考える。

 

「俺が助けられるからだ」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

「見返りは?」

 

「いらない」

 

「感謝も?」

 

「別に」

 

 十兵衛は夜空を見る。

 

「命が助かるなら、それでいい」

 

 真菰が静かに尋ねる。

 

「十兵衛は……誰かを救えなかったことがあるの?」

 

 十兵衛の表情が。

 

 ほんの僅かに変わった。

 

「……ある」

 

「……」

 

「だから」

 

 拳を握る。

 

「次は救う」

 

 ◇

 

 それから。

 

 十兵衛たちは山を進んだ。

 

 負傷者を見つければ助ける。

 

 鬼に襲われていれば介入する。

 

 戦える者には戦わせる。

 

 戦えない者は安全な場所へ送る。

 

 それを繰り返した。

 

 やがて。

 

「……十兵衛」

 

 真菰が呟く。

 

「何人助けたのかな?」

 

「三十七人」

 

「……」

 

「正確には三十八人」

 

「そんなに?」

 

「ああ」

 

 錆兎が苦笑する。

 

「もはや最終選別じゃないな」

 

「そうか?」

 

「お前が救済活動してるからな」

 

「救済活動?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は少し考え。

 

「……悪くない名前だ」

 

 真菰が笑う。

 

「十兵衛らしいね」

 

 ◇

 

 その頃。

 

 藤襲山の管理をしていた者たちも異変に気づき始めていた。

 

「……生存者数がおかしい」

 

「どういうことだ?」

 

「例年より明らかに多い」

 

「鬼の数は変わっていないはずだ」

 

「なら、なぜ?」

 

「……」

 

 誰も答えられない。

 

 だが。

 

 その原因は。

 

 山の中にいる一人の男だった。

 

 ◇

 

 夜。

 

 十兵衛は一人、森の中に立っていた。

 

「……」

 

 遠くから。

 

 鬼の声。

 

 そして。

 

 人間の悲鳴。

 

 十兵衛は刀を握る。

 

「……行くか」

 

 その瞬間。

 

 後ろから声。

 

「十兵衛」

 

「真菰?」

 

「一人で行くの?」

 

「ああ」

 

「私も行く」

 

「危険だ」

 

「分かってる」

 

 真菰は微笑む。

 

「でも」

 

 一歩近づく。

 

「私も救いたい」

 

「……」

 

「十兵衛がしていることを、私も手伝いたい」

 

 十兵衛は真菰を見る。

 

「……分かった」

 

「ありがとう」

 

「ただし」

 

「うん?」

 

「無理はするな」

 

「十兵衛もね」

 

「俺は大丈夫だ」

 

「……それ」

 

 真菰は少し笑う。

 

「一番信用できない言葉だよ」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 ◇

 

 その夜。

 

 十兵衛は一人の少年を救った。

 

 その少年は。

 

 本来ならば。

 

 この最終選別で命を落とすはずだった。

 

 だが。

 

「立てるか?」

 

「……はい」

 

「なら行け」

 

「あなたは?」

 

「俺は残る」

 

「どうして?」

 

「まだ救える人間がいる」

 

 少年は振り返る。

 

「……ありがとうございます!」

 

 走っていく。

 

 十兵衛はその背中を見送った。

 

 そして。

 

「救済……か」

 

 小さく呟く。

 

 それは。

 

 単なる優しさではない。

 

 軍師としての判断でもない。

 

 竜牙魁陣という一人の人間が。

 

 この世界で選んだ生き方だった。

 

「死ぬはずだった人間を、生かす」

 

「失われるはずだった未来を、残す」

 

「それが可能なら――」

 

 十兵衛は刀を抜く。

 

「俺は迷わない」

 

 その言葉の先に。

 

 彼はまだ知らない。

 

 救うことになる命の中に。

 

 後に鬼殺隊の運命そのものを変える少女がいることを。

 

 そして。

 

 彼自身の人生を大きく変える少女たちが待っていることを。

 

 ――胡蝶カナエ。

 

 ――胡蝶しのぶ。

 

 ――栗花落カナヲ。

 

 彼女たちの運命は。

 

 この瞬間から。

 

 少しずつ、本来とは違う道へ進み始めていた。

 

 救済という選択。

 

 それはやがて。

 

 この世界そのものを変える選択へと繋がっていく。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。