『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

115 / 125
第112話「呪いの終焉」

――朝。

 

無惨が消えた世界に、静かな朝が訪れていた。

 

鬼殺隊の隊士たちは、まだ完全には現実を受け入れられていなかった。

 

千年以上。

 

人々を喰らい続けた鬼舞辻無惨。

 

その恐怖が、今はもう存在しない。

 

「……本当に、終わったんだな」

 

錆兎が朝日を見ながら呟く。

 

「うん」

 

真菰も頷いた。

 

「もう、夜を怖がらなくてもいいんだね」

 

その言葉に、義勇が静かに目を閉じる。

 

「……そうだな」

 

隣にいた蔦子が、弟の肩へそっと手を置いた。

 

「義勇」

 

「何?」

 

「これからは、夜に外へ出てもいいのよ」

 

「……」

 

義勇は少しだけ考え。

 

「そういうものなのか」

 

「ふふっ」

 

蔦子は笑った。

 

「そういうものよ」

 

その光景を少し離れた場所から見ていた十兵衛は、静かに頷いていた。

 

「……平和になったな」

 

「ええ」

 

隣には、しのぶ。

 

「ですが」

 

しのぶの表情が、少しだけ曇る。

 

「鬼が消えたからといって、すべての傷が消えるわけではありません」

 

「そうだな」

 

十兵衛は即答した。

 

「心に刻まれたものは、刀では斬れない」

 

「……はい」

 

しのぶは胸元に手を当てた。

 

姉を失う恐怖。

 

鬼への憎しみ。

 

自分もいつか死ぬという覚悟。

 

それらは、一晩で消えるものではない。

 

だが。

 

「でも」

 

しのぶは顔を上げる。

 

「もう、憎しみに縋って生きる必要はありません」

 

十兵衛は微笑んだ。

 

「ああ」

 

「それが、一番嬉しいです」

 

 

その頃。

 

産屋敷邸では、鬼殺隊の今後について話し合いが行われていた。

 

「無惨が滅びた以上」

 

産屋敷耀哉が穏やかな声で告げる。

 

「鬼殺隊の存在理由も、終わりを迎えます」

 

柱たちが静かに聞いている。

 

「……長い戦いでした」

 

悲鳴嶼が目を閉じる。

 

「はい」

 

耀哉は頷く。

 

「ですが、これでようやく――」

 

一度、言葉を止める。

 

「子供たちを、戦場へ送らなくて済みます」

 

その言葉に、誰もが黙った。

 

これまで。

 

鬼殺隊は多くの少年少女を戦場へ送り出してきた。

 

家族を失った者。

 

鬼に人生を奪われた者。

 

復讐を胸に抱いた者。

 

そして。

 

未来を奪われた者。

 

その連鎖が。

 

今日、終わる。

 

「……呪いのようでしたね」

 

カナエが静かに言う。

 

「え?」

 

蜜璃が振り向く。

 

「鬼と戦うことだけではありません」

 

カナエは目を伏せる。

 

「憎しみが、次の憎しみを生んでいたんです」

 

鬼に家族を殺される。

 

復讐する。

 

その復讐のために命を懸ける。

 

そして誰かが死ぬ。

 

残された者がまた憎しみを抱く。

 

「それが、ずっと続いていた」

 

しのぶも黙って聞いている。

 

「けれど」

 

カナエが十兵衛を見る。

 

「もう終わります」

 

十兵衛は静かに頷いた。

 

「終わらせる」

 

「……はい」

 

「鬼がいなくなったから終わるんじゃない」

 

十兵衛は言った。

 

「憎しみを次へ渡さないことで、本当の意味で終わる」

 

全員が彼を見る。

 

「誰かを失ったからといって、その悲しみを別の誰かへぶつける必要はない」

 

「…………」

 

「死んだ人間は戻らない」

 

十兵衛は拳を握る。

 

「だからこそ、生きている人間が幸せにならなければならない」

 

その言葉に。

 

しのぶの瞳が揺れた。

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「あなたは、本当に……」

 

「?」

 

「いえ」

 

しのぶは小さく笑う。

 

「なんでもありません」

 

 

そして。

 

一人の少女が、静かに手を挙げた。

 

カナヲだった。

 

「……私は」

 

全員が彼女を見る。

 

「これから、何をすればいいんでしょう」

 

その問いに。

 

誰もすぐには答えなかった。

 

カナヲはこれまで。

 

命令されるままに生きてきた。

 

鬼を殺す。

 

任務を遂行する。

 

生き残る。

 

それだけだった。

 

けれど。

 

鬼がいなくなった。

 

命令される理由もなくなった。

 

「……分からない」

 

カナヲは呟く。

 

すると。

 

十兵衛が歩み寄った。

 

「なら、自分で決めればいい」

 

「……自分で?」

 

「ああ」

 

十兵衛は微笑む。

 

「これからは、自分が何をしたいのかを考えればいい」

 

カナヲは黙って十兵衛を見る。

 

「……何をしてもいいんですか?」

 

「もちろんだ」

 

「……隣にいても?」

 

「ん?」

 

カナヲの顔が少し赤くなる。

 

「十兵衛さんの……隣に」

 

「もちろん」

 

十兵衛は即答した。

 

「仲間だからな」

 

「…………」

 

カナヲは少しだけ頬を膨らませる。

 

しのぶがそれを見て。

 

「ふふっ」

 

と笑った。

 

「カナヲ」

 

「はい?」

 

「まだまだ先は長いですよ」

 

「……はい」

 

カナヲも微笑んだ。

 

 

一方。

 

蝶屋敷。

 

そこでは、竈門禰豆子が縁側に座っていた。

 

「……ん」

 

彼女は朝日を眺める。

 

もう。

 

夜を恐れる必要はない。

 

禰豆子は隣にいる十兵衛の袖を掴んだ。

 

「んー」

 

「どうした?」

 

禰豆子は首を傾げる。

 

そして。

 

十兵衛の腕に抱きついた。

 

「…………」

 

しのぶが無言で見る。

 

蜜璃も見る。

 

カナエも見る。

 

真菰も見る。

 

「……禰豆子ちゃん?」

 

蜜璃が恐る恐る声を掛ける。

 

「ん!」

 

禰豆子は十兵衛から離れない。

 

十兵衛は不思議そうに首を傾げる。

 

「禰豆子は今日も甘えん坊だな」

 

「んー」

 

「まあ、いいか」

 

しのぶの笑顔が僅かに引きつる。

 

「……本当に」

 

「?」

 

「本当に、鈍感ですね」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

しのぶは微笑んだ。

 

「呪いが終わっても、そこだけは変わらないようですね」

 

「何のことだ?」

 

「なんでもありません」

 

 

その夜。

 

十兵衛は一人、屋敷の外へ出た。

 

満月が空に浮かんでいる。

 

これまでなら。

 

この時間は鬼の時間だった。

 

だが。

 

もう違う。

 

風が吹く。

 

虫の声が聞こえる。

 

遠くから人々の笑い声が聞こえる。

 

十兵衛は刀を見つめた。

 

「……」

 

そして。

 

ゆっくりと鞘から抜いた。

 

月光を受けた刃が輝く。

 

「長かったな」

 

彼は呟いた。

 

雷の呼吸。

 

日の呼吸。

 

何度も振るった刀。

 

何度も敵を斬った。

 

何度も仲間を守った。

 

そして。

 

今日。

 

その必要がなくなった。

 

十兵衛は刀を見つめる。

 

「……もう」

 

ゆっくりと鞘へ戻す。

 

「これを抜く必要はないのかもしれないな」

 

その瞬間。

 

「――そうですね」

 

背後から声がした。

 

振り返る。

 

しのぶだった。

 

「しのぶ」

 

「こんばんは」

 

「眠れないのか?」

 

「十兵衛さんもでしょう?」

 

「俺は少し考え事をしていた」

 

「私もです」

 

しのぶは隣へ並ぶ。

 

「今日で、本当に終わったんですね」

 

「ああ」

 

「鬼殺隊もなくなる」

 

「ああ」

 

「もう、私たちは戦わなくていい」

 

「ああ」

 

しのぶは空を見上げる。

 

「……少し、寂しいですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

少し笑う。

 

「戦うことが好きだったわけではありません」

 

「分かっている」

 

「でも、私の人生のほとんどは、鬼と戦うためにありましたから」

 

「…………」

 

「明日から何をすればいいのか、まだ分かりません」

 

十兵衛は少し考えた。

 

そして。

 

「なら」

 

「はい?」

 

「一緒に考えればいい」

 

しのぶが目を見開く。

 

「……一緒に?」

 

「ああ」

 

十兵衛は笑う。

 

「これから何をしたいのか」

 

「…………」

 

「どんな暮らしをしたいのか」

 

「…………」

 

「誰と過ごしたいのか」

 

しのぶの頬が僅かに赤くなる。

 

「……誰と?」

 

「ああ」

 

十兵衛は何も気づいていない。

 

「俺は、みんなと過ごしたい」

 

「……みんな」

 

「もちろん、しのぶも」

 

「…………」

 

しのぶはしばらく黙って。

 

「……ずるいですね」

 

「何が?」

 

「なんでもありません」

 

そして。

 

小さく笑った。

 

「でも……今は、それでいいです」

 

十兵衛も笑う。

 

二人の頭上で。

 

月が静かに輝いている。

 

もう。

 

鬼はいない。

 

血に濡れた夜もない。

 

復讐に生きる必要もない。

 

憎しみを次へ渡す必要もない。

 

千年以上続いた悲劇は。

 

ここで終わった。

 

鬼舞辻無惨という「恐怖」が消えたことで。

 

人々はようやく、自分自身の人生を歩き始める。

 

――呪いの終焉。

 

それは、鬼の滅亡だけを意味するものではない。

 

憎しみの連鎖。

 

復讐の連鎖。

 

犠牲の連鎖。

 

そして。

 

「死ななければならない」という運命。

 

そのすべてを断ち切った瞬間だった。

 

十兵衛は朝とは違う夜空を見上げる。

 

そして静かに呟いた。

 

「……これからだな」

 

しのぶが微笑む。

 

「はい」

 

「俺たちの、本当の人生は」

 

「……はい」

 

月明かりの下。

 

二人は並んで歩き始めた。

 

もう、戦場へ向かうためではない。

 

明日を生きるために。

 

――千年の呪いは、終わった。

 

そして。

 

新しい時代が、始まる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。