『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第113話「救われた命」

――鬼舞辻無惨が消滅してから、数日。

 

世界は、驚くほど静かだった。

 

鬼がいない。

 

夜道を歩いても、命を奪われる恐怖がない。

 

朝になれば、誰もが当たり前のように太陽を浴びることができる。

 

それは、これまでの鬼殺隊にとって――決して当たり前ではなかった。

 

「……静かですね」

 

蝶屋敷の縁側。

 

胡蝶しのぶが庭を眺めながら呟く。

 

「そうだな」

 

隣に座る竜牙十兵衛が答える。

 

「鬼の気配がない」

 

「はい」

 

しのぶは目を細めた。

 

「今までなら、夜が明けても『次の任務がある』と思っていました」

 

「俺もだ」

 

「でも、今日はありません」

 

「ああ」

 

「……不思議な気分です」

 

十兵衛は庭を見る。

 

そこでは、カナヲが花に水をやっていた。

 

少し離れたところでは、真菰と蜜璃が何かを話している。

 

そして。

 

縁側の反対側では、禰豆子が十兵衛の羽織を握っていた。

 

「……」

 

しのぶの視線が禰豆子へ向く。

 

「禰豆子」

 

「ん?」

 

「十兵衛さんの羽織、そんなに気に入ったんですか?」

 

「ん!」

 

禰豆子は嬉しそうに頷く。

 

十兵衛は首を傾げる。

 

「ずっと掴んでいるが、何か理由があるのか?」

 

「……」

 

しのぶは微笑んだ。

 

「さあ?」

 

「そうか」

 

また気づかない。

 

しのぶは小さくため息をついた。

 

「本当に、鈍感ですね」

 

「何の話だ?」

 

「なんでもありません」

 

――いつもの光景。

 

だが。

 

以前とは違う。

 

そこに「死」がない。

 

誰かが明日いなくなるかもしれないという恐怖がない。

 

それだけで。

 

世界はこんなにも穏やかだった。

 

 

「十兵衛!」

 

庭から声がする。

 

振り返ると、錆兎が立っていた。

 

「どうした?」

 

「ちょっと来てくれ」

 

「分かった」

 

十兵衛が立ち上がる。

 

しのぶも後を追う。

 

庭の奥。

 

そこには、真菰、義勇、蔦子、煉獄、カナエ、蜜璃たちも集まっていた。

 

「何かあったのか?」

 

十兵衛が尋ねる。

 

錆兎は首を横に振った。

 

「いや、何もない」

 

「……?」

 

「だからこそ、見てほしいんだ」

 

錆兎が指差す。

 

そこにいたのは。

 

一人の少年だった。

 

まだ十歳にも満たないような、小さな少年。

 

少年は緊張した表情で十兵衛を見る。

 

「……この子は?」

 

カナエが答える。

 

「先日の戦いのあと、保護された子です」

 

「鬼に襲われたのか?」

 

「はい」

 

少年は小さく頷いた。

 

「家族を……鬼に……」

 

言葉が途切れる。

 

十兵衛は黙って少年の前にしゃがみ込んだ。

 

目線を合わせる。

 

「名前は?」

 

「……春樹」

 

「春樹か」

 

「はい……」

 

「怖かったな」

 

春樹は黙って頷く。

 

「……もう、鬼は来ない?」

 

「ああ」

 

十兵衛は迷いなく答えた。

 

「もう来ない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「どうして分かるの?」

 

「俺たちが倒したからだ」

 

春樹は十兵衛を見る。

 

「……お兄ちゃんが?」

 

「俺だけじゃない」

 

十兵衛は後ろを見る。

 

「ここにいる全員で倒した」

 

春樹は一人ずつ見ていく。

 

錆兎。

 

真菰。

 

義勇。

 

蔦子。

 

煉獄。

 

蜜璃。

 

カナエ。

 

しのぶ。

 

そして。

 

カナヲ。

 

みんなが生きている。

 

「……みんな、強いの?」

 

煉獄が胸を張る。

 

「うむ!」

 

蜜璃も笑う。

 

「もちろん!」

 

錆兎が笑う。

 

「でも、これからは戦わなくていい」

 

春樹が驚く。

 

「……戦わないの?」

 

「ああ」

 

錆兎が答える。

 

「鬼はいなくなったからな」

 

その言葉を聞いて。

 

春樹の目に涙が浮かぶ。

 

「……よかった」

 

小さな声。

 

「よかった……」

 

そして。

 

春樹は泣き出した。

 

声を上げて。

 

今まで我慢していたものを、全部吐き出すように。

 

「お父さん……お母さん……」

 

誰も止めなかった。

 

誰も「泣くな」と言わなかった。

 

カナエが静かに少年の背中を撫でる。

 

「泣いていいのよ」

 

「……うっ……」

 

「悲しい時は、悲しんでいいんです」

 

しのぶも優しく声を掛ける。

 

「我慢する必要はありません」

 

少年は泣き続けた。

 

十兵衛は黙って見守った。

 

やがて。

 

春樹が顔を上げる。

 

「……僕」

 

「ん?」

 

「これから、どうすればいいの?」

 

十兵衛は少し考えた。

 

「生きればいい」

 

「……生きる?」

 

「ああ」

 

「それだけ?」

 

「それだけでいい」

 

十兵衛は優しく笑った。

 

「君は生き残った」

 

「…………」

 

「それは、君がこれから幸せになるためだ」

 

春樹の瞳が揺れる。

 

「……幸せに?」

 

「ああ」

 

「お父さんとお母さんがいなくても?」

 

十兵衛は少しだけ黙った。

 

「……寂しいだろう」

 

「うん」

 

「それでも、生きていい」

 

「…………」

 

「笑っていい」

 

「…………」

 

「好きなことをしていい」

 

「…………」

 

「誰かを好きになってもいい」

 

「…………」

 

「夢を持ってもいい」

 

春樹は涙を拭った。

 

「……僕も?」

 

「ああ」

 

十兵衛は即答する。

 

「君にも、その権利がある」

 

その言葉に。

 

しのぶが静かに目を伏せた。

 

――自分も。

 

かつては「復讐するために生きる」と決めていた。

 

姉を失う未来しか考えていなかった。

 

けれど。

 

十兵衛が現れた。

 

カナエが生きた。

 

そして。

 

自分も生きている。

 

「……救われた命」

 

しのぶが呟く。

 

十兵衛が振り向く。

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ」

 

しのぶは笑った。

 

「少し、嬉しくなっただけです」

 

 

その日の夕方。

 

春樹は蝶屋敷の庭で遊んでいた。

 

真菰が一緒に遊び。

 

蜜璃がお菓子を持ってきて。

 

カナヲが静かに見守っている。

 

禰豆子も嬉しそうに近くにいる。

 

「元気になりましたね」

 

カナエが微笑む。

 

「はい」

 

しのぶも頷く。

 

「数日前まで、あんなに怯えていたのに」

 

十兵衛は庭を見る。

 

春樹が笑っている。

 

その笑顔を見て。

 

十兵衛も小さく笑った。

 

「これが、俺たちが戦った理由だ」

 

「……はい」

 

「鬼を倒すことが目的じゃない」

 

「…………」

 

「こういう笑顔を守ることが目的だった」

 

しのぶは十兵衛を見る。

 

「だから……あなたは強かったんですね」

 

「?」

 

「何百人を守るために戦うこともできた」

 

「…………」

 

「でも、本当は」

 

しのぶは庭を見る。

 

「目の前にいる一人を守ることを、ずっと考えていた」

 

十兵衛は少し考えた。

 

「そうかもしれない」

 

「ふふっ」

 

しのぶは笑った。

 

「やっぱり、あなたらしいです」

 

 

夜。

 

春樹は眠りについた。

 

布団の中で。

 

もう鬼が来ないと知って。

 

安心して眠っている。

 

その寝顔を見ながら、十兵衛は静かに立っていた。

 

「……眠ったか」

 

「はい」

 

しのぶが頷く。

 

「良かったですね」

 

「ああ」

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「これから、こういう子が増えるんでしょうか」

 

「そうなるだろう」

 

「鬼に家族を奪われた子供たち」

 

「……ああ」

 

「その子たちを、どうします?」

 

十兵衛は少し考えた。

 

そして。

 

「居場所を作ろう」

 

「居場所?」

 

「ああ」

 

「安心して暮らせる場所を」

 

しのぶの瞳が大きくなる。

 

「学校も必要だ」

 

「学校?」

 

「読み書きや算術を教える場所」

 

「……」

 

「それだけじゃない」

 

十兵衛は続ける。

 

「武術を学びたい者には武術を」

 

「…………」

 

「医者になりたい者には医学を」

 

「…………」

 

「農業をしたい者には農業を」

 

「…………」

 

「それぞれが、自分の未来を選べるようにする」

 

しのぶは静かに聞いていた。

 

「鬼殺隊がなくなっても」

 

十兵衛は言う。

 

「俺たちがやることは、まだある」

 

「……救済は終わらない」

 

「そういうことだ」

 

しのぶは微笑む。

 

「本当に……あなたはどこまでも軍師なんですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「戦争が終わった後のことまで考えている」

 

「……」

 

十兵衛は窓の外を見る。

 

「戦いに勝つだけなら簡単だ」

 

「え?」

 

「でも、勝った後の世界を作る方が難しい」

 

「…………」

 

「だから」

 

十兵衛は静かに言った。

 

「ここからが、本当の仕事だ」

 

 

翌朝。

 

春樹が目を覚ます。

 

窓を開ける。

 

朝日が差し込む。

 

「……朝だ」

 

昨日までなら。

 

夜が怖かった。

 

鬼が来ると思っていた。

 

でも。

 

今は違う。

 

朝が来る。

 

太陽が昇る。

 

そして。

 

「おはよう!」

 

庭から声が聞こえた。

 

春樹が窓から顔を出す。

 

真菰が手を振っている。

 

蜜璃もいる。

 

カナヲもいる。

 

禰豆子もいる。

 

そして。

 

少し離れた場所には十兵衛としのぶ。

 

「おはよう!」

 

春樹は笑った。

 

その笑顔を見て。

 

十兵衛は静かに頷く。

 

「……救われたな」

 

しのぶが隣で微笑む。

 

「ええ」

 

一人。

 

また一人。

 

救われた命が。

 

未来へ歩き始める。

 

鬼に奪われるはずだった人生。

 

憎しみに染まるはずだった人生。

 

絶望で終わるはずだった人生。

 

それらすべてに。

 

もう一度、未来が与えられていく。

 

――救われた命。

 

それは単に「生き残った」という意味ではない。

 

「生きていていい」と誰かに言ってもらえること。

 

「幸せになっていい」と教えてもらえること。

 

そして。

 

自分自身の未来を、自分で選べること。

 

それこそが。

 

竜牙十兵衛が守りたかったものだった。

 

長い戦いは終わった。

 

だが。

 

救済の物語は――

 

まだ、終わらない。

 

 

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